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71-2

【5月中旬】
 ガブリ島――(第41章参照)。
 ルブラン市の沖30キロほど、ルブラン湾に宝石のような小島が浮かぶ。
 穏やかな波と白い砂浜、燦々と降り注ぐ太陽と水面を吹き抜ける涼風、人々を魅了して止まないエリーシア中原随一の避暑地である。
 最も風光明媚な丘には、ぐるりと螺旋状に上流貴族達の別荘が並んでいる。その最澄部に、スピノザ伯爵家の新しい別荘が、夏の盛りに向けて突貫工事を行っていた。
 特徴は、回廊で囲まれた人工池である。池の底には、古代遺跡が沈んでいて、その上に、クラシックな船が浮んでいる。
 その回廊を、ふくよかな中年女性とその従者が歩く。
「丘の上の館に船とは、奇抜ですね」
「サリス人の考えることは、常に非合理だ」
「誰の趣味でしょう」
「決まっておるわ!」
 まるで、その名を口にするのも忌々しそうに顔を顰める。
 彼女は、臙脂のスーツにベレー帽を被っている。この格好は彼女のトレードマークとして広く世間に知られている。
 アルティガルドの著名な文学者である。また、熱心なエリース教の信者で、偏狭な人権主義の論客として知られていた。最近では、ジークフリードのサロンに入り浸りで、彼の取り巻きの中心的存在となっていた。
 彼女らは、半円形の花園に至る。その先の階段の上に、巨漢と小柄な男が並んで待っている。
「ようこそ、我が別荘へ」
 フリオは、大きく両手を広げて、歓迎の意思を示す。そして、『ブリュースト港湾総督待遇予備役特別顧問』と自己紹介し、続けて、マックスが『ブリュースト要塞防衛司令官代理補佐並』と告げる。
「女神エリースのご加護があらんことを」
 彼女は、エリースへの祈りの言葉を唱えて、二人の挨拶に応える。
 三人がいるのは、市松模様のタイルが敷かれた半円形のテラスである。ここからは、ルブラン湾の美しい風景が一望できる。
「主君の趣向を反映した見事な離宮ですな。あの船は、カール大帝時代の物ですか?」
「な、なな、な、何のことでしょう。こ、こ、ここは、私の夏の別荘ですよ」
 フリオは、目が泳がせながらも、必死に平静を装い、どうにか言葉を紡ぎだす。彼女は目の端でフリオの顔色を伺いながら、さらに言葉を続ける。
「私はアルティガルド王族からも評価を頂いて、後宮にも何度も招かれています」
「存じております」
「ですから分かるのですよ」
 ふっと口の端を上げる。
「完成すれば、ここは後宮の中心地。このテラスと花園を中心に、半円状に女たちの部屋が並ぶ設計でしょう」
「さぁ、私にはよく分かりません……」
「しかし、こればかりは――」
 そして、意味深に言葉を溜める。
「はい?」
 不意に途切れた声に、フリオは、怪訝そうに顔を傾げた。
「新興覇者では、やはり規模が物足りません」
「そうですか?」
 素直な声で問う。
「アルテブルグの王宮には、広大な敷地に3千人の美女が集められ、その華やかさは、神代にも見当たらぬほど。長い伝統に培われてこそ、質も量も充実するというものです」
 彼女は顎を上げて声を張っていた。
「そういうものですか」
「……ちぃ」
 気の抜けたフリオの返事に、イラついたように小さく舌打ちをして、その後、堅く口を噤んだ。
 この時、ようやく、サリスに対してアルティガルドの優位性を示したい余りに、己の発言が空回りしていること気付いた。
 手すりの傍のテーブルに、三人は、向かい合って坐る。
「そろそろセリアも雨の季節ですね」
 紅茶に砂糖をたっぷりと加えながら、低い声で呟く。
「ええ、しかし、ここに、雨の季節はありませんよ」
「ですね。本当に雅な場所です。なればこそ、崇高な話もできるというもの」
「左様ですね――」
 フリオは貴族的な優雅な笑みをたたえて、作法どおりに紅茶をすする。
「上帝陛下におかれましては、何よりも犯罪組織の撲滅を第一に願っておられます。これにアルティガルドが協力するのならば、大幅な譲歩も厭わないと」
「なるほど」
 彼女は、尊大にほくそ笑む。


 セリア――。
 鏡のような黒い床、輝くような白い天井、荒々しい砂岩の壁、黄金の柱は細く螺旋状にねじれている。
 上帝府の謁見室で、階の上の黄金張りの豪奢な椅子に、オーギュストが座っている。法衣に似た漆黒色のローブをまとい、膝の上にメルローズを抱いている。
「すごい、さすが、もっと教えて」
 メルローズは、オーギュストの首に手をまわして、然も楽しそうに「きゃきゃ」と黄色い声を上げている。
「場を弁えなさい!」
 そこへミカエラが入室し、早速、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「……」
 メルローズは、悪戯の見つかった子犬のように、ばつが悪そうにはにかむ。そして、照れた顔を少し俯き加減にしながら、さっと立ち上がり、ワンピースの裾を整えた。
「ごきげんよう、ミカエラ様」
 それから、平常の慎ましい面持ちで、裾をつまんで軽く持ち上げ、腰を曲げて頭を深々と下げる。
「パンツぐらい履きなさい。ここは後宮じゃないのよ!」
 再び一喝されると、不本意そうに、メルローズはすっと表情を消して、目をきつく細めた。そして、それ以後、ミカエラと視線を合わせず、オーギュストの耳元で「後でね」と囁いてから、奥へと下がっていく。
「やれやれ……」
 ミカエラは、一つ深いため息を落とした。
「これだから、セックスを覚えたての小娘は度し難いのです」
 大袈裟に横に首を振る。
「ミカも大して変わらなかったろう?」
 オーギュストが、にやにやと呟く。
「私はセックスと仕事をちゃんと両立させていました!」
 右手の甲を腰に手を上げて、右脚をやや引き、優艶に脚を交差させて立つ。そして、鋭い視線の下で、挑発的に口の端を上げて微笑む。
「そうだったね」
 苦笑しながら、鷹揚に頬杖をつく。
「あら、信じていないわね」
 首を傾げた後、階を上り、タイトなスカートをたくし上げて、その膝の間に跪いた。
「私の実力を見せてあげる」
 厭うことなくローブの裾を分けて、赤銅色に反り返った威容を取り出す。
「あらら、もうこんな。そんなに小娘の肌は気持ちよかったの?」
「どうだろう?」
 惚けるオーギュストを、上目使いに眺める。
「すぐに私の口で気持ちよくさせてあげる」
 そう告げると、だらだら、と上から涎を垂らして、さらに、舌先で万遍なく塗りつぶしていく。
 ぢゅちゅ、ぢゅるる、
 そして、嚢袋をぱくりと含んで、舌の腹の上で弄び、
 べろっ、べちゅ、べちゃ、
 それから、その筋目にそって、舌をねっとりと這い上がらせていく。
 ぬちゃ、ぬちゅ、ぬちゅっ、
「さあ、喉の奥を衝いて」
 紅い唇で、肉塊の先端を啄み、締め付けるように窄めて、ずるずると根元まで呑み込んでいく。
 がぼっ、ごぼ、ごぷっ、
 垂れ落ちる黄金の髪を後ろへ振り払う。
「むふん、うふん……」
 根元まで深々と咥え込み、苦しげに眉を寄せると、今度は、唇を窄めたまま、ゆっくりと吐き出していく。それを何度も何度も繰り返す。
「む、うんっ、むん、むふん……」
 次第に、口での奉仕に熱を帯びていく。指で玉袋を愛撫し、時に、根元をしごき上げた。
「んっ、ちゅ、ちゅるっ……」
 不意に、どっと強力な淫臭が口一杯に広がる。
 ぢゅる、ぢゅるる、じゅちゃ、
 すぐに頬を窪めて、そのすべてを吸い尽くす。
「ん、ぐ、ぷっ……ぷはあ!」
 大きく口を開いて、嗚咽とともに剛棒を吐き出す。喉の奥から、その先端へと太い唾液の糸がぶらりと伸びている。
「ミカは賢いなぁ」
「当然よ……」
 オーギュストは優しく頭を撫でた。ミカエラは顔中を真っ赤に染めながら、淫蕩に耽った瞳で見上げる。


 調度その頃、上帝府の特別謁見室の手前にある控え室の一つで、一つの会合が行われていた。
 金糸と銀糸で刺繍されたシルクの絨毯、重厚な真赤な壁、アーチ状の窓には深みのある緑のカーテンがかかり、同色の三つのアンティーク調の長椅子がU字形に配置されている。
「失礼致します。大使様をご案内いたしました」
 一人の初老の紳士が、侍従に案内されて入室する。堂々とした口髭をはやし、瞳は涼しげに静まっている。
「どうぞ」
「ご尊顔を拝し奉り、光栄の至りです」
 紳士は、中央の長椅子に座るクリスティーに恭しく挨拶する。そして、頭を下げたまま、視線を左右に素早く配って、顔を微かに顰めた。
 アフロディースが、長い脚を組んで優雅に紅茶を飲み、アポロニアが、頬杖をして睨んでいる。
「大使も、元気そうで何より」
「恐悦です」
 クリスティーが、労いの言葉をかける。
「アルティガルドのお話をゆっくり聞きたいところですが、今日は時間がありません」
「承知しております」
 紳士はアルティガルドの大使である。
 開戦して2ヶ月。戦局は膠着している。サリス軍は国境の要害を越えられず、各地で苦戦をしている。セリアに駐在するアルティガルドの大使は、ここが停戦のタイミングと動き出していた。
 サリス帝国の政治を担うのは、『詩の朗読会』という9人の女性である。
 そのメンバーは、
 クリスティー、
 ヴァレリー、
 カレン、
 アポロニア、
 ミカエラ、
 アフロディース、
 テレジア、
 エヴァ、
 エルザ=マリアである。
 大使は、アルティガルドに留学経験のあるミカエラとは旧知の仲だったが、それ故に接触さえも警戒されている。
 崩すならば、軍部を牛耳るクリスティーであろうと考えた。長年培った人脈と莫大な賄賂で、クリスティーに謁見する機会を得た。だが、ようやく実現したこの場に、敵対するロードレス神国とカイマルク王国の代表者である、アフロディースとアポロニアの二人が同席していることに狼狽を隠せない。
――この女もダメだ……。
 しかし、かと言って、彼女以外の女性たちでは、役不足なのは明らか。粘るしかない、と意を決する。
「上帝陛下の御意思に変化はありません。犯罪組織の討伐のために、租借地、関税権、治外法権の三つを認めてもらえればよいのです」
 クリスティーが、あくまでも柔らかな口調で言う。
 頑迷な、と大使は苦く思う。
「それは法外です。せめて、犯罪組織の調査のために共同作戦をとる、と言うのはどうでしょう」
「それでは到底、上帝陛下は納得なされないでしょう」
 クリスティーは徐に立ち上がり、大使へ背を向けた。
「お待ちを!」
 大使は必死に手を伸ばして、その裾に縋ろうとする。しかし、その前に、アフロディースが割って入った。
「止めなさい」
 鈴のような声で遮り、絵のように美しい微笑を浮かべる。
 大使は、不覚にも、思わず心を奪われて手を止めてしまった。3人の女性は、奥の扉から、隣の部屋へ消えていく。
「迂闊……」
 そして、大使は、深いため息を落とした。


「なるほど。そうか」
 オーギュストは、一段高い玉座で、穏やかに微笑んでいた。
「……」
 その前に立つミカエラは、書簡に目を通しながら、少し不機嫌そうな表情を浮かべていた。
「あら、お二人とも随分楽しそう」
「うん?」
 クリスティー、アフロディース、アポロニアの3人が近付き、ミカエラと列を成す。
「追っ払ったか?」
「はい――」
 先程とは違い、クリスティーが、冷たく厳しい顔で頷く。
「これで交渉の余地がないことを、本国に連絡することでしょう」
 オーギュストは満足そうに頷く。そして、用意していた書簡の写しを手渡した。
「フリオが立派な仕事をしてくれた」
「あら、珍しい」
 いつもの癖で、つい言ってしまった。声に出してしまったものは仕方がない。ミカエラの無言の視線を、クリスティーは、果敢に迎え撃つ。
 一瞬、視線が交差して、常のように、激しい火花を散らした。
 しかし、すぐに、ミカエラの瞳の色が、『もっとよく読め』と言っていることに、クリスティーは気付く。
「これは!」
 訝しげな面持ちで、文字を追っていくうちに、思わず、驚きの声を上げてしまう。
「面白い事を言うだろ? その似非文化人は」
 オーギュストは屈託ない笑顔で、フリオからの書簡を左手で掲げて、右手でぱちんと弾く。
「俺がカノープスで、ヴィルヘルムがベガだとよ。カノープスは南の極星、ベガは北の極星。二つの極星で、天を回して行こうという意味だろうが、子供っぽい表現だな」
 くすくすと笑いながら、無邪気に女性達に問いかける。
「では問題だ。シリウスは誰だ?」
 しかし、女性達は誰も関心を示さない。
『サリスの後宮がアルティガルドに劣る?』
『それって私たちがブスと言う意味かしら?』
『私も混じっているのに、不本意な評価だ』
『さぞ、アルティガルドの後宮は美しいのでしょうね。精々暴くのが楽しみだわ!』
「……(よく分からんが、関わらない方が賢明だな)」
 女性たちが放つ不穏なオーラに、オーギュストは関わり合いを避ける。
「いかん、もうこんな時間だ。バラの手入れをしないと……」
 いそいそと席を離れた。

71-1

第71章 常套手段


【神聖紀1235年5月初旬】
 ソルトハーゲン要塞――。
 アルティガルド王国西部に、ウェーデリア山脈の最西端とセブリ山脈北端を抜けて、カイマルクに通じているソルトハーゲン街道がある。
 この街道を守る『ソルトハーゲン要塞』に、ロックハート将軍が率いる1万3千の軍勢が押し寄せていた。
「斉射三連!」
 城壁に向けて、矢を放つ。しかし、要塞側は、徹底的に守りを固めて小揺るぎもしない。
「もはやこれまで」
 その後、ロックハートは、攻勢を断念したように、後方のカイマルク方面へ撤退を始めた。
 直ちに、ソルトハーゲン要塞司令官『ルートガー・ナースホルン』は、追撃を命じる。
「全軍反転、迎撃せよ!」
 ロックハートは、予め、街道の脇に伏兵を配置していた。アルティガルド軍要塞から引きずり出して、一挙に決戦を挑むつもりである。
 しかし、罠だと悟ったルートガーは、剣を投げ捨てて、指揮すべき部下も置き去りにして、慌てて要塞に逃げ帰った。
「逃がすな、追え!!」
 ロックハートは懸命に追撃したが、大きな戦果を挙げることはできなかった。
 以後、ルートガーは、どんな挑発にも動かず、堅牢な城門の奥に逼塞してしまう。
「ええい、忌々しい」
 ロックハートの思惑は外れ、戦局は膠着状態に陥った。

 ホークブルグ要塞――。
 セブリ山脈南端とモンベルの森の間には、サイアに至るホークブルグ街道がある。
 この街道を守る『ホークブルグ要塞』に、アレックス、アウツシュタイン両将軍の軍勢約2万5千が進撃していた。
「労を惜しむな」 
 アレックスとアウツシュタインは、要塞の正面に土塁と柵を巡らし、向かい合うように陣城を次々に築いていく。
「投石せよ」
 そして、大型の投石機を並べて、昼夜を問わず断続的に巨石を放り込む。
 しかし、100メートルを超える堀と二重の城壁で守られた要塞はびくともしない。
「後方に豊かなサイアがあるのだ。惜しむことはない。物量で押せ」
 アーカス出身のアレックスは、容赦なく言い放つ。こうして持久戦が続いていく。

 バルバブランツァ要塞――。
 アルティガルド軍は、サリスに対する防衛線をフリーズ大河とし、『バルバブランツァ要塞』を中心に、各要塞は連携して防御を固めている。
 対してサリス軍は、リューフ総帥が、ルグランジェ、セシル両将軍を従えて、約3万の軍勢で攻め込んでいた。
 小競り合いもなく、睨み合いは一か月に及ぶ。
 防衛線は鉄壁であり、リューフは攻めあぐねているように思われ、アルティガルド軍将兵もやや消極的になっていた。
 その時、月のない夜、暗みに乗じて、ルグランジェ軍約一万が、強引に渡河して、大河沿岸を守る砦に襲いかかる。守備兵は千人に満たない。
 直ちに、バルバブランツァ要塞から救援が向かう。
 それを側背から奇襲しようと、リューフは本隊を伏兵として森に隠した。しかし、地の利のあるアルティガルド軍司令官は、これを看破した。そして、この状況を逆に利用して、サリス軍は撃破しようと決断する。
 救援軍は、急遽進路を変えて、リューフ本体に襲い掛かる。
「怯むな!」
 リューフは歩兵を密集され、前面にシールドを並べ、その隙間から槍を衝き出させて防ぐ。まるで亀のように徹底して防御を固めている。
 数で圧倒しようと、アルティガルド軍が殺到する。
 激戦は数時間続く。リューフは森の地形を巧みに利用して、左右に回り込まれないように苦慮しつつ、粘り強く戦い続ける。幾度も前線を崩されそうになったが、辛抱強い指揮で、粛々と戦列を修復する。
 そして、ルグランジェ軍が、砦の攻撃を中止し、反転強行して、戦場に駆け付けた。
 背後を襲われて、アルティガルド軍は浮足立つ。
「反撃せよ!」
 リューフは、セシルの騎馬軍団に突撃を命じる。猛攻につぐ猛攻に疲れていたアルティガルド軍は、この挟撃に、成す術なく敗走する。
「深追いはするな!」
 リューフ軍は追撃をせず、アルティガルド軍の将兵は、バルバブランツァ要塞に帰還した。
 その後、より一層バルバブランツァ要塞に戦力を集中させ、城門を固く閉ざしてしまう。
「蟻の這い出る隙間もなくせ」
 リューフは、手薄になった要塞周辺の砦を次々に落とすと、自ら要塞正面に布陣し、搦め手をルグランジェに任せて、要塞を包み込むように陣城を築いていく。
 しかし、要塞内には、豊富な兵糧と十分な兵力があり、攻め手はない。再び戦局は膠着する。
「ここからが正面場だ。じっくりと行くぞ」
 リューフは、周辺の町や村を襲って、女や子供を拉致した。そして、城門の前に立てた磔柱に括り付ける。
「城内に父や夫や兄がおろう。干乾びる前に、声の限りで助けを求めよ」
 深く幅広い堀を挟んで、まさに阿鼻叫喚な世界が展開していた。

第70章 確乎不抜

第70章 確乎不抜


【神聖紀1235年2月】
 暗がりの中にいる。
 肉体が官能に炎上して、自分のものではないように感覚が曖昧に鈍っている。まるで水の中に浮いているようだった。
――背中が空いている……。
 そう思うと、忽ち、背筋を撫でられる。
 腕を上げれば脇を舐められ、脚を緩めれば内腿に舌が這う。
「ああん」
 喉を伸ばして甘く喘げば、首筋を吸われる。
 もっと刺激がほしいと思えば、尻肉を荒々しく鷲掴みにされて、優しくされたいと思えば、乳ぶさを猫の手のように丸く触れられる。
「もっともっと」
 甘えたくて舌を差しだせば、忽ち、舌が絡んできて、極上のスープを流し込んでくれる。
 乳首が固く尖って疼きだせば、舌腹で弾かれる。お尻を高く持ち上げれば、アナルを穿ってくれる。秘唇が蠢けば蜜を掻き出してくれる。
 この闇は、願えば、どんなことも瞬時に敵えてくれる。

 太陽の眩い光の下に、マルガレータのスレンダーな肢体が悶えている。
――綺麗だ……。
 細い足首、棒のように真直ぐな脚、両手の親指と人差し指で作った輪の中に収まりそうな腰、小ぶりだが形のよい乳ぶさ、木苺を思わせる乳首、浮き出た鎖骨、長い首に拳ほどの小顔、一切無駄のない肢体が、陽の光を反射して輝いている。
 彼女には目隠しをさせた。その方が、愛撫に敏感な反応を示す。
「きゃあ!」
 いきなり抱き起して宙に放り上げる。華奢な身体が軽々と舞う。そして、薄い尻が落ちてきたところをずぶりと犯す。
「ヒヒィ、ヒーッ!」
 衝撃が頭の天辺から突き抜けたようで、ひときわ甲高い悲鳴をあげた。
 そのまま抱き抱えて下から抉り続けてやる。
「ああ、イイ。飛んじゃう!」
 彼女は腕を首にしっかり巻き付け、脚をきつく腰に絡ませて、涎を垂らしながら、泣くように喘ぎまくる。
「こ、壊れるぅ、オマンコが壊れちゃうぅ!」
 存分に不安定な浮遊感を楽しませてから、今度は一転、ベッドに腰を押さえ付けて、神業の速度で腰を叩き付け続ける。
「きて、きてぇー、いっしょにきてぇー!」
 切なく媚びた鳴き声とともに、肉体が不自然にガクガクと揺れる。もう際限なく膨張した官能の昂ぶりが、限界に達しようとしている。
「よし、褒美をくれてやろう」
 その切実な哀願を受け入れて、軽い一度射精してやる。
「イイイイイイっ! クううううううっ!」
 躾どおりに、随喜の呻きで、自身の絶頂を宣言する。そして、若鮎のように何度も痙攣を繰り返しながら、淫靡な情感が溶け込んだ息を荒く吐き出す。
「ああ、中に出して下さったのですね」
 灼熱のほとばしりを胎に感じて、至福の表情で浮かべる。満足して頂けたという安心感が、至高の喜びである。
「きれいに致します」
 そう言うと、まだ肩で息をしているのに、上体を起こし、四つん這いとなる。そして、武勲を上げたばかりの巨槍を進んで舐め始めた。
「グレタも今度のことは辛かろう」
 頭を撫でながら、優しくささやく。
「……はい」
「さぞ、俺を恨んでいるだろうね」
「いいえ、そんなことはありません」
 彼女は、呆けた顔でケロリと言う。
 しかし、つい先ほどまで、不満を爆発させていた。ベアトリックス、ルイーゼ、マルティナのアルティガルド出身者に説得させようとしたが、聞く耳を持たずに、手当たり次第に物を投げる始末である。
 だから、一度、快感で怒気を溶かしてやった。絶頂に達した後のマルガレータは、嘘のように素直になる。
「でもね、アルティガルドにいる刀根の話だと、とんでもない事になっているらしい」
「……」
「君側の奸を排除せねば、グレタの兄上も、解放されない」
 オーギュストは、ジークフリードを奸臣と言う。そして、アルティガルド王ヴィルヘルム1世を軟禁して、政治を独占し、悪政を敷いていると説く。
「わたくしは、陛下を信じております」
 マルガレータはペニスを咥えたまま喋る。
「ああ、必ず。安定したアルティガルドをグレタにプレゼントしてやろう」
「はい」
 熱に魘された貌で、マルガレータは頷く。
「いい子だ」
 オーギュストは、小刻みに揺れる頭にキスをした。


 ※アルティガルド王国ロイド州
 『ウィリアム・ロイドの反逆』(67章参照)によって、ロイド伯爵家は改易となった。そして、オーギュストの裁定により、その領地は、3分の2をアルティガルド王国に、残りをウェーデリア公国に分割された。
 この新領土の司令官職に、アルティガルド王国宰相ジークフリードの指名によって、『ゴットフリート・ブルムベア』が就任している。
 しかし、統治はいきなり躓く。
 村の名主たちが、税の支配を渋る。
「税は前領主に払ったので、もう払わない」
 商人たちが、ロイド家の借金の返済を求めてくる。
「前領主の借金を返済してください」
 役人たちが、仕事をしない。
「法律の変更は間に合いません。お茶を飲まなければいけないし、新聞も読まなければいけないし、昨日のスポーツの結果も気になるし……」
 などなどことあるごとに、新たな領主に、領民は難癖を付けてくる。実務経験の乏しいゴットフリートは、これらを裁けない。
 元々ジークフリードの悪童仲間である。楽な方に流されやすい。すぐに彼は、職務を放り出して、邸宅の中に篭り、酒と女に耽ってしまう。
 忽ち悪評は、領内に拡散し、不満を抱く若者たちを暴徒と変えた。そして彼らの一部は、邸宅を放火した。
「許さん!」
 命辛々、女たちと裸で逃げ出し、自慢の邸宅が燃えるさまを眺めながら、彼は烈しく激怒する。
 売られた喧嘩は買う。それが彼らの人生の指針である。元来、努力は苦手だが、人一倍負けず嫌いであった。
 しかし、犯人たちは、ウェーデリア公国領へ逃げて、一人も捕まえることができない。
「忌々しいウェーデリア人め!」
 ゴットフリートの苛立ちは、頂点に達しようとしていた。
 こうして、新領土に不穏な空気が漂い始めていた時、ジークフリードから密書が届く。
「間違いなく、ジークからだ」
 よく見慣れた筆跡である。読み進めるうちに、不満に歪んでいた顔が、みるみる精悍な表情へと変わっていく。
 そこには、
『不穏分子を一掃しろ』
 と命令している。
『ウェーデリアも、サリスも、我々の意を知り怯んでいる』
 さらに、ジークフリードは言っている。
『遠慮せず、強行せよ』
 という内容だった。
 ゴッドフリードは勇み立つ。
「宰相閣下お許しが出た」
 即座に、同行していた軍に出撃を命じる。
「根絶やしにするぞ!」
 こうして、ゴッドフリードは、分割されたロイド領の境界を超えて進軍した。


 ※サリス帝国セリア
 グランクロス宮殿には、幾つもの棟があり、それらが幾つもの中庭を囲み、幾つもの回廊で繋いでいる。その中庭の一つが、梅の園となっており、たくさんの木々に一斉に梅の蕾が芽吹いている。
 左の梅の木に、蕾が爽やかな緑の灯りのようで、その幾つかが白い花を綻ばせている。また、右の木は、蕾が鮮やかな赤色に染まり、まるで炎のように枝々を飾っている。それら枝の間を、メジロやヤマガラが美しく囀りながら飛び交っている。
 梅の間を抜ける小径の奥、小さな池の上に、古代神殿を模した白い東屋がある。
「梅の蕾は良い。初恋のように可憐だ。そうは思わぬか?」
 オーギュストは、欄干越しに梅を楽しみながら、花を浮かべた酒を飲む。そして、外で跪くウェーデリア大使に問いかけた。
「まことですな」
 大使は頷いたが、その視線は梅ではなく、天空に浮かぶ黄金の塔に注がれていた。
「まさに夢幻の国に迷い込んだような気分です」
 その豪華絢爛たる姿に目を瞠っている。
「……」
 オーギュストはやや興を削がれ、小さく息を吐いてから、ぞんざいに足を組んだ。
「大使、上帝陛下は、梅の話をしているのですよ」
 透かさずオードリーが窘める。丈の短いノースリーブに、ローライズのホットパンツ姿で、甲斐甲斐しく酒を注いでいる。彼女は、ウェーデリア公エドワード2世の娘であり、彼女の仲介でこの謁見は実現した。
「申し訳ございません」
 不興を買ったと思い、大使は額を石畳につけて謝罪する。
「そう大使を苛めるな」
 オーギュストは、オードリーのノースリーブの中に手を入れる。
「恐れ入ります」
 大使は畏まって、額を石畳に擦り付ける。
「伏してお願い申し上げ奉ります」
 これ以上の緊張に耐える自信がなく、やや早口に、本題を切り出した。
「旧ロイド領において、アルティガルドの兵が不埒な行為に及んでおります」
「聞いている」
 短く答えて、オードリーの乳ぶさをもむ。
「我が主は、『陛下の仲立ちによって成立した和睦であり、無闇な振る舞いは致しません』と申しております」
「殊勝な心がけである」
 その父をほめながら、オードリーの火照った頬を舐める。
「アルティガルドとの国境問題は、穏便に済ませるつもりでいたが、余の差配に不満がるというなら、仕方がない」
 思わず、乳首を摘まむ指に力が入った。
「天下の泰平を乱す罪は許し難い!」
 その一声で、東屋の周辺が、言いようのない緊迫感に包まれていく。
「ゴーチエ・ド・カザルス将軍」
「はっ」
 一人武人を指名する。
 すぐに、彼は進み出てきて、大使の傍らに跪いた。元聖騎士であり、その立ち居振る舞いは洗練されている。その用兵は、派手こそないが、与えられた任務を的確に処理し、周囲の信頼は厚い。まさに攻守にバランスのとれた良将である。
「直ちにロイドの赴き、彼の地を治めよ」
「御意!」
 カザルスが飾り気のない言葉で戦意を表す。
「心強いお言葉有難き幸せ、主も安心いたしましょう」
 大使が感涙して、感謝の意を伝える。
 それを無視して、言葉を続ける。
「徒に、戦線を拡大しろ」
「御意」
 堂々たる声で答えた。
「これはもう要らないな」
 そして、オーギュストは、アルティガルド王国の紋章のある2枚の書状を破り捨てた。


 ※アルティガルド王国アルテブルグ
 フィネ・ソルータは、モンベルの森で道に迷い、崖から落ちて重傷を負った(68章3参照)。その後、ルートガーに拾われ、アルテブルグで治療を受けていた。
 そのルートガーは、ソルトハーゲン司令官に任命されて、アルテブルグを離れている。
 そして、この日、ジークフリードの邸宅に招かれている。
 ロングヘアに大きなリボン、ロング丈のワンピースといういつもの衣装で、得意の歌を披露した。
「さすが、歌姫である。褒めてつかわす」
「ありがとうございます」
 散漫な拍手に対して、丁寧に感謝の言葉を述べる。
 そして、ジークフリードは然も自然に、挨拶でもするような口調で告げる。
「我が夜伽をせよ」
「はい、私は囚われの身でございます」
 所詮、籠の中の鳥である。煮て食おうと焼いて食おうと、ジークフリードの勝手だった。
 もちろん、邸宅に招かれた時から、フィネ自身も覚悟はできていた。逆らえば、死ぬだけである。
「近う寄れ」
 ジークフリードは膝を叩いた。
「はい」
 素直に従い、その膝の上に腰を下ろした。
 歌った後である。胸元にうっすらと汗をかいていた。体臭を嗅がれることに、恥ずかしさを感じて、身を固くして手足を竦めた。
「可愛がってやるぞ」
 その顎を掴んで、強引に口付をした。
「よろしいでしょうか……?」
 その時、執事が、扉の向こうから、恐るおそる問い掛けてくる。
「よい訳がなかろう!」
 ジークフリーが、胸元の汗をすすりながら答える。
「宰相閣下に緊急の用件あり、とヘルミーネ・ザマー将軍がお越しになられました」
 腹心の名に、ジークフリードは、忌々しく顔を歪めた。
「ザマーが……、執務室に通せ」
「畏まりました」
 執事が逃げるように去っていく。
 しばらく腕の中のフィネを眺めていたが、一度舌打ちをして、その体を床に投げ捨てた。
「すぐに戻って来る。汗を拭くなよ」
「……はい」
 フィネが小さく頷いた。
「何事であるか?」
 ガウンの紐を締め直しながら、執務室に入る。その声は、まるで毒の霧のように、不機嫌を窮めていた。
「サリス軍が動き出しました」
 眉を険しく寄せる。この時期にサリスが動く理由に思い至らない。サリスとアルティガルドの国境には、長い歴史と膨大な資金をかけて作り上げられた鉄壁の要塞がある。力づくで抜けるものではない。
「何処に?」
「ロイドです」
「ロイド?」
 意外な地名であった。つい最近協定が結ばれたばかりである。それも、サリス側が大幅な譲歩をして、事を穏便に済ませた経緯もある。
「現在、東西のロイドは、ゴッドフリート将軍によって征服されています。これにサリス側は条約違反だと主張し、かつ、すでに約一万二千の軍勢を上陸させました」
「バカな!」
 即座に吐き捨てた。そして、机の引出しから、ゴットフリートの書状を取り出す。
「ここには、何の問題もない、と書かれているぞ」
 怒鳴りながら、机の上に書状を叩き付ける。
 咄嗟に、ゴッドフリートがロイドで独立を図ったのではないか、と思案した。だが、あの小物にそんな度胸はない、とすぐに首を振る。路地裏で悪態をつくしか能がない男だ、と結論付ける。
 その時、何か引っかかるものを感じて、もう一度書状を読み返す。それから、一文字一文字を丹念に確かめ始めた。
「これは……」
 そして、蒼白となる。
「ゴッドフリートの筆跡ではない……」
 呪いの言葉のように、低く呻く。
「謀られた……」
 勿論、ゴッドフリートではない。
 すぐにオーギュストの策謀だと気付く。そして、口惜しさに歯軋りした。
「何と卑怯な真似を!」
 怒りが全身を震えさせる。
「閣下、ここは謝罪して、率直に事情を説明されては如何ですか?」
 ザマーが、誠意のある声で進言する。
「ふざけるな!」
 そんなことをすれば、自分の権威に傷をつけてしまう。成り上がり者のジークフリードは、それを何よりも恐れている。
「ザマー」
「はっ」
 機敏に踵を鳴らす。
「ソルトハーゲン要塞、ホークブルグ要塞、フリーズ大河の各城塞に、警戒を厳重せよ、と通達」
「はい」
「お前は、精鋭5万を率いて、ロイドへ向かえ」
「畏まりました」
 ザマーは、軽快に踵を返して、退室する。
「まだだ」
 彼は思う。
 現状、両国に決定的な戦力差はない。
 サリスに国境の要衝を突破できるだけの戦力はない。ましてアルティガルド全土を覆い尽くすには、兵士の数が足りない。ならば、速やかにロイドを解決して、抗議の使者をサリスに送れば、問題は解決する――筈である。読み抜けはない、と考え続ける。
「勝負はこれからだ!」
 そして、渾身の力で机を殴る。


 ※シュタウフェン州
「ほらほら、もたもたするな」
 スキンヘッドに、揉み上げとヒゲが合体させた中年男が、荒々しい声で兵士に叱咤する。
 『メーベルワーゲン大会』のメンバーの一人で、元盗賊のルドルフは、第9代アルティガルド王フェルディナント2世の王墓を暴いていた。
「頭、これで当分は暴れられますぜ」
 両手に黄金の装飾品を持った部下が、興奮した声で喚きまくる。
「ああ、掘り放題だ」
 ルドルフが豪快に笑ったが、その声は熱意も関心もない。
「どんどん掘れ」
 部下の強欲を煽って、本陣の天幕から追い払う。
「貴方は行かないの?」
「宝ならここにある」
 床几にアリーセが坐っていた。
 長く細り指で、灰色がかった金髪の前髪を払った。瓜実形の顔に、きれいな弧を描いた眉、まなじりの上がった切れ長の目、紅をさした唇。清楚で気品のある美しさだった。
「ようやく手に入れたぞ」
 ルドルフは、好色な笑みを浮かべて笑う。
 アリーセは酒を注いだ。
――虫唾が走る!
 ルドルフの獣のような赤く濁った眼が、ぞっとするほど気持ち悪い。
「なかなか強情で苦労したが、あんたも、ようやく分かったようだな。あんたの願いを叶えられる俺だけだ」
 ルドルフは、舐めるようにアリーセを眺める。
「ええ」
 無表情に、アリーセは頷く。
 ルドルフの手がアリーセに伸びる。
「俺を手古摺らせた分、たっぷりお仕置きをしてやるぞ」
 その卑猥な言葉が終わる前に、いきなり遠雷のような音が轟いた。
「ぐがッ」
 そして、ルドルフは口から血を吹き出して、その巨体を地に倒していく。
「騙したな……」
 苦痛に呻きながら、何とか言葉を吐いた。
「光栄に思いなさい。貴方は死ぬことで、私の願望を叶えることができるのよ」
 アリーセは冷たい瞳で笑う。その足元で黒猫が躍る。
「坊やも、ありがとう」
 そして、高台を見遣った。
 そこには、ヴォルフ・ルポが立っていた。手に持つ黒い筒からは、細い煙が昇っている。


【3月セリア】
 休日、ランは、姉のリタを訪ねていた。
 連日、出征の準備に追われて、心身ともに疲労の限界に来ていた。ようやくとれた休日を、姉と共に過ごせて幸いであった。
「珍しいものが手に入ったから」
 と言って、珍しい南国の果物を差し出した。
 エルフからの献上品で、エリーシア中原では、一般には滅多に手に入らないものだった。親衛隊にいると、こういった物が時々手に入る。
「ありがとう」
 リタは嬉しそうに受け取った。

 リタとランは、よく似ている。猫を思わせる大きく、そして、ややつり上がった目。すっきり通った鼻。鋭く尖った顎。ただリタは、長く病気を患ったせいで、身体は小さく、とても痩せている。肌も、ランの健康的な小麦色と違い、真っ白だった。
 姉妹は、カリハバール戦役の時、南サリスの農村で両親を殺されてから、離れ離れに育った。
 ランは近くの農家に預けられた。
 リタは叔母のローラに引き取れて北サイアのトラブゾンへ移った。身体の弱いリタをどこも引き取ろうとはしなかった。そして、ローラは、その頃商家で下働きをして貧しく、姉妹二人を引き取れなかった。
 遠く旅立つ姉をかわいそうだと思った。
 しかし、ランが引っ越した村も、カリハバール軍に村を焼き払われてしまう。一人生き残ったところを、今度は人買いに攫われて、遊興の街トレノに送られた。そして、暴行を受けている所を、絶対神教の司教に保護された。(16章参照)
 自分を不幸だとは思わない。逞しく生き抜いてきて、上手くオーギュストの弟子になれた。(18章参照)
 そして、北サイアのホーランドの病院で再会した時(20章参照)、ローラは大富豪ベネディクス・ハンザと結婚していた。リタは、変わらず長く入院生活を送っていた。
 身体の弱い姉を不幸だと思った。だから、オーギュストに頼んで、治療してもらった。
 自分がリタの役に立ったことを嬉しく思った。この時から、自分の人生が有意義で誇らしいものだと感じ始めた。
 その後、リタは回復し、ローラは、ベネディクス・ハンザが死亡した後(36章参照)、ロックハート将軍と再婚した(39章参照)。
 現在、ランは親衛隊副隊長として、充実した日々を送っている。一方、リタは長い闘病生活の後で、十分な体力も経歴もなく、叔母ローラの庇護の下にある。
 それをとても切なく思う。

 だから、立場上、様々な業者から日々珍しい品物を貰うので、それらをできるだけリタにプレゼントしている。
「栄養が高いって」
「ええ、私、これ好物なの」
 リタの弾んだ声に、ランは少し戸惑った表情をした。
「よく食べるの?」
「ええ、最近贈り物が多くて」
「へーえ」
 胸の奥から、なぜか、得体のしれない不快なものが込み上げてきて息苦しい。
「どうして?」
 平静を装って問うと、リタは照れて俯いた。
「うん、最近、ローラ叔母さんが、私を後宮に上げようと一生懸命に活動しているの」
「え!?」
「あ、でも、私なんて、全然駄目なんだけど、でも、気の早い人とかが結構いるみたいで……」
 リタは、満更でもない顔で説明する。それを聞きながら、ランは胸の中を棘で掻き毟られたようなざわめきを感じて、これ以上、姉を見ているのが辛い。

 翌日、ランは、朝から忙しく働いた。しかし、何時までも、胸のもやもやは消えない。その正体が分からないのが、より一層不愉快だった。
「聞いているか?」
 親衛隊長のナン・ディアンが、黒板を指揮棒でたたいてランを注意する。この出征を前に、彼は無事復帰を果たしている。
「あ、はい」
「しっかりしろよ」
「はい」
 ランは咳払いをして、姿勢を正した。
「この度の親征において――」
 ナンは、黒板の文字を指す。
 サリス本国から北上するのが、リューフ総帥が率いる、ルグランジェ軍とセシル軍の約3万。
 ロイド方面に、カザルス軍1万2千。
 カイマルクからソルトハーゲン方面には、ロックハート軍1万3千。
 サイアからホークブルグ方面には、アレックス軍とアウツシュタイン軍の約2万5千。
 セレーネ半島に、ベルティーニ軍1万5千。
 この他に、オーギュスト直属の上帝軍(ベアール、ハポン、ウラキ)約1万が、遊軍としてセリアに控えている。
「我が親衛隊は、上帝軍幕僚本部付となる」
 上帝軍幕僚本部は、AⅣ(アルティガルド王が直々に与える栄誉賞のことで、毎年王立大学の卒業生から四人選ばれる)の『ベアトリックス』を本部長に、元アルティガルド軍エリート参謀の『ルイーゼ』を戦術部長に、フェルディア出身の『ダーライア』を魔術部長に、これに警備部長『ライラ』とオーギュストの寝室を守る鎮守直廊三人衆の『キーラ』、『サンドラ』、『マルティナ』)を幹部としている。
 この七人に、顧問として新たに加わったのが、元親衛隊の『アン・ツェーイ』である。
「絶対に、他の部隊に後れを取るなよ!」
 ナンは、勇ましく言う。
「元同僚に嫌味を言われるぞ」
 そして、余計な一言を付け加えた。

 会議の後、ランは、ナンと数人の部下とともに、北宮に任務のために赴いた。北宮の警備は親衛隊の役目である。
 3メートルはある青銅製の頑丈な門を抜けると、白い砂利の敷き詰められた広場に出る。広場の中央には戦車が一台置かれて大型の連弩を乗せている。また、頭上には黄金の浮遊塔が聳えている。
 右を見ると護衛の営舎があり、左を見ると、
玄関棟がある。玄関棟は、白い大理石のホールの左側に控えの間、右側に近習の事務室がある。事務室の奥には、台所棟と侍女たちの小部屋が並ぶ長屋がある。ここまでは、一般人(近習、小姓、侍女、親衛隊など)が比較的自由に出入りできる。
 小川の流れる、横に細長い中庭が敷地を二分している。
 ここを渡り廊下で超えると応接棟に至る。左に謁見の間があり、右に倉庫群が並ぶ。再び、砂と岩の中庭を超えると、オーギュストの生活する御殿で、そこから、右に折れて、築山のある中庭を超えると後宮がある。
 ランたちは、侍従の事務室に、書類を提出してから営舎に向かおうとして、渡り廊下の向うにアンを見つけた。
 まるでお人形のようだった容姿は、少し大人っぽくなっているようだった。また、軍服のロングコートの下には、丈の短いタンクトップとホットパンツで、臍と太腿を大胆に露出している。
 アンは仁王立ちしている。
「控えよ!」
「はっ」
 誰よりも素早くナンが頭を下げる。
「私が、上帝軍幕僚本部顧問のアン・ツェーイである!」
「ご尊顔を拝し奉り恐悦至極でございます」
「お前たち、上帝軍の下々を監督するのが任務である。見知った顔もあるが、手加減はせんぞ!」
「はい、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い致します」
 ナンが恭しく答えると、それに倣って隊員たちも一斉に敬礼した。
「下がれ!」
「失礼致しました」
 ナンは海老のように後ずさりしていく。
 その後、無事玄関棟を出た時、
「女は出世するねェ」
 思わず、愚痴を零した。
「これでお前たちも、備品を誤魔化すことはできんぞ。何せ彼女はその道の第一人者だからなぁ(63章参照)」
 冴えない顔で笑う。
「ランも、ライバルと差がついて、悔しいだろう?」
「……別に」
 この時、ランはアンのことではなく、リタのことを考えていた。もしオーギュストの後宮に入れば、今までどおりに気さくに会うことはできなくなるだろう……。
 そこに、参謀本部の『ヤン・ドレイクハーブ』と出くわした。出征となれば、ヤンは連絡将校として上帝軍と加わることになっている。他にも、情報部から刀根小次郎も連絡将校として参加する。
「戦場は何処でしょうね?」
 ランが問う。
「まだ分からない」
 ヤンは首を振る。
「ロイドは囮だろうし、カイマルクは搦め手だろうし、リューフ総帥とは行動を共にしないだろうから、サイアかセレーネ半島か、もしかしたら、モンベルの森を横切るかもしれない」
 遊ぶように、ヤンは推理する。今度の親征は、上帝軍が中心に作戦を練っているので、参謀本部も、オーギュストの詳細な動きまで知らない。
 この後、ランは、ヤンに夕食に誘われた。
 軍施設の殺風景な食堂である。広さだけは十分にある空間に、横に長いテーブルがずらりと並ぶ。その間に丸椅子が無造作に置かれている。
 料理は自分で運んでこなければならない。二人は窓辺に向かい合って座る。時間が少し早かったので、他に客はいなかった。
「ディアン男爵の申し込みは断るのだろ?」
「ああ、当然だ」
 好き好んで男爵の側室などなる気はない。今よりもはるかに評価も待遇も悪くなる、と思っている。
「ならば……」
 一度、ヤンが言葉に詰まる。
「もし、生きて帰ってこられたら、僕と付き合わないか?」
「……」
 突然の告白に、今度はランの呼吸が止まった。
 子供のころからずっと一緒にいて、気心が知れている。才能が有り、誠実な男である。一般論として、相手として申し分はないだろう。
 だが、この時、ランは、好きとか嫌いとか、幸せになれるかどうかよりも、「受けたら、リタとの差は決定的になるだろうなぁ」と疲れ切った頭でぼんやりと考えていた。



 宮殿の地下に、神代の瞬間物質転送装置がある。魔力の問題から、こちらから物を送ることはできないが、受け取ることはできる。
 円筒形の青白い石造り空間を、十二体の賢者の像が支えている。その像の手には、魔導書があり、口が動いて呪文を詠唱している。
 十二枚の魔法陣が折り重なり、眩い光を放つ。そして、白く輝くローブをまとった三つの人影が出現した。中央に、150cmの小柄な女性でいて、その両脇を長身の男性が護衛している。
 男性がフードを外す。
「エルフ王アルトゥーリン陛下であられる」
 朗々とした声で告げる。
「約定により、『黄金の剣』を受け取りに参上した」
 アルトゥーリンは、プラチナの髪を編んで後ろで丸く巻いている。ピーンと張った後ろ髪と違い、前髪は緩く跳ねて、純白のビロードを思わせる美しさ肌と深碧の瞳に僅かにかかっていた。

 エルフ王と称しているが、正確にはウッドエルフと呼ばれる種族である。
 ワルスゴルム大森林にはたくさんのエルフ族が住んでいるが、神代から生き、大森林の最深部に住むのが、『ハイエルフ』である。中部に住むのを『ライトエルフ』、縁部に住むのを『ウッドエルフ』と区分する。
 ライトエルフとウッドエルフに明確な区別がある訳ではないが、一つの例として、より古い伝統に縛られている者を、ライトエルフとする事ができるだろう。
 ウッドエルフは、エルフ族の中では下位に位置しているが、人間世界に現れるエルフが、ほとんどこのウッドエルフである事から、単にエルフと呼んでも支障はない。
 元々は神々の戦いにおいて、戦場に狩り出されたエルフ族の子孫とされている。戦うために、多少がっちりした体形をし、数を増やしやすくするために、魔力を弱め、寿命も短くなった。
 容姿に個体差が大きく、髪の色は金から赤、青、黒と千差万別であり、瞳も青、緑、赤、黒と不揃いである。故に種としての統一意識はなく、個々が長く対立してきた。
 エルフの混乱は、森の世界を衰退させる。
 そんな中で、世界樹から一本の剣が作られて、アルトゥーリンは、この剣を引き抜き、ウッドエルフを纏め上げる王となった。そして、ダークエルフやオークなどとの戦いでは、常に先陣に立ち、ハイエルフにも、その独自性を認めさせるなど、華々しい活躍を続けている。
 王の外見は、ハイエルフと大きくは変わらず、プラチナの髪を長く伸ばし、光り輝く白い肌と、深碧の瞳をしている。150cmと小柄で、性格は、よく言えば実直で生真面目だが、悪く言えば融通の利かない頑固者という評判であった。

 三人のエルフは、『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』と銘文が刻まれた青銅製の扉の前まで案内された。元々は、パルディア王国の五つ星神殿の魔王の間(62章参照)にあったものである。
「失礼ながら、ここは男子禁制。護衛のお二人はご遠慮ください」
 案内役の秘書官ケイン・ファルコナーが言う。
「失礼であろう」
 これに、護衛のエルフがいきり立つ。
「よい。これが人間の国の作法なのだろう。ならば従おう」
 アルトゥーリンが、冷静に護衛を制する。
「しかし、我らの国においては、このようなこと通じぬと心しておけ!」
 そして、鋭く言い放った。
 こうして、アルトゥーリンは、護衛を残して、一人高さ3メートルはある青銅製の扉を潜り抜ける。
 内部は、ピンク色の大理石で造られたホールで、高い天井から、壮大なシャンデリアが吊るされている。
 背後で、厚い扉が閉まる大きな音がした。目の前には、薄暗く長いトンネルがある。
「ようこそお越しくださいました。メルローズ・ラ・サリスと申します」
「アメリア・アレッシア・ド・スフォルツです」
「陛下の接待役を仰せつかりました」
 メルローズとアメリアは、正式な作法の礼を優美に行う。二人とも、揃いの無地のキャミソールドレスを着ていた。
「役目ご苦労」
 アルトゥーリンは、瞳で感謝の意を伝える。
 そして、徐にローブを脱ぐ。
 薄い胸を、ベールのような薄い衣を巻いて包み、胸の谷間にエメラルドの金具を嵌めて留めている。また、腰を金モールで縛り、胸と同じ衣を前垂れにして、T字帯の上を覆っている。折り込まれた金の糸が、恰も葉の葉脈のように見えていた。

――う、美しい……。
――なんて綺麗な白い肌なの……。
 二人は思わず、エルフ王の透明感のある美貌に、息をのんだ。その美しさに、この殺風景な地下通路でさえも、若葉の薫る森林のような爽やかさに包まれるようだった。
 しばし呼吸さえも忘れて、見惚れてしまう。
「如何した?」
「い、いえ」
 アルトゥーリンの瞳が、こちらの言葉を待っていることに気付いて、慌てて用意していた文言を唱えようとする。しかし、それさえも、微かに上擦っていた。

「ここでは下着はつけません」
 メルローズとアメリアは呼吸を合わせて、裾を手繰り上げる。守るべきものない恥丘を晒す。
「なるほど」
 即座に納得する。
「これでよいのだろ」
 自ら、ショーツを脱ぐ。
「結構です」
 メルローズは優雅な笑顔で頷く。
 そして、3人は歩き始めた。
 煉瓦を積み上げて、美しいアーチを描いた部分と、土を削ったままの部分が交互に続いている。
「煉瓦は地下深い岩盤までつながっていて、地上の御殿を支えています。元々ここは地盤が弱いです」
 メルローズが説明する。
「土の部分は、いざと言うときに崩して侵入者を封じるためです」
 そして、アメリアが続ける。
「なるほど」
 尤もらしい説明に、小さく頷く。
 しかし、今、彼女はそれどころではなかった。
 煉瓦の固い床を踏む振動が、脚の付け根に粘っこい軋みとなって伝わってくる。
――言われるまま来てしまった……。
 衝撃は、頭の芯までも揺らす。
――また飲むことになるかもしれない……。
 唇があの大きさを、喉の奥があの硬さを、そして、舌があの味を覚えてしまっている。
 不意に、視界が暗くなった。土の部分にはランプがないのだ。
 はっとして顔を上げる。その反応で、自分が俯いて歩いていたことに気付く。
――どうかしているぞ!
 土を踏んだ瞬間、湿った風が、下着のない身体に直接流れ込んでくる。肌がヒンヤリとして、全身がぞっと総毛立つ。
――私は黄金の剣を返してもらうのだ。それ以上の用件はない!
 頭を振って、雑念を消そうとする。
 また、固い床である。コツンコツンという単調な振動が、股間の奥を揺らす。
――一歩一歩近付いて行く……どうしよう……。
 そこに潜む獣がむっくりと鎌首をもたげて、その熱い吐息を吐く。その熱気が、身体中を満たして、耳の先までもカッと燃えるように火照って仕方がない。喉がすごく渇いて、思わず手を当ててしまう。
――いかん、いかん。はっきりと剣を返せと言うのだ!
 地下通路を抜けると、そこは後宮である。
 幾つかの中庭を横切り、回廊を通り、棟を抜けて、庭園の築山の裏へと向かう。そこに小さな丸太小屋があった。
 小屋の中は、真新しい木の香りに満ちていた。窓も装飾品もなく、奥に暖炉があり、その前にモザイク画の絨毯が一枚敷かれている。そして、その上に、アンティークな長椅子が一つ置かれている。
「石と鉄の部屋じゃ気持ちが悪かろうと、上帝陛下から、御用意するように申し付かりました」
 メルローズが言う。
「痛み入る」
「上帝陛下におかれましては、親征の準備でたいへん忙しく、少し遅れるとのことです」
 続けて、アメリアが言う。
「……」
 アルトゥーリンは、無言で険しく睨んだ。
「奥の扉の向うが、浴室とトイレになっています」
 関せず、メルローズが視線で扉を指す。
「お使いになられますか?」
 そして、アメリアが棚から未開封の箱とグリセリンの瓶を持ってきた。
「要らぬ配慮だ。エルフには必要ない」
「では、失礼して、我々は使わせて頂きます」
「なっ!?」
 驚くアルトゥーリンを残して、二人は奥へ消える。しばらくして、水の流れる音がこだまし始めた。
 その直後、荒々しく外のデッキを歩く足音が聞こえてきて、玄関を振り向く。思わず息をのんで、ドアを見守っていた。
「よく来てくれた!」
 ドアを勢いよく開いて、オーギュストが入ってくる。その貌は喜びに満ちている。
「黄金の剣を貰いに来た」
 挨拶もなく、そっけなく言う。
 その言葉が終わらぬうちに、オーギュストは歩み寄り、躊躇なく、その華奢な身体を抱き寄せる。
「ああん」
 ふっとふんわりとした声が出る。抵抗する暇さえなく、悲鳴を上げるタイミングも逸してしまった。
「俺と一緒に戦ってくれ」
「え?」
 強く抱き締められながら、耳元で、甘くささやかれる。それだけで、気が遠くなりそうだった。
「私が居なくても、問題ないだろ?」
 この宮殿には多くの兵士がいる。
「お前が必要なんだ」
「他にもいっぱいいるだろ?」
 また、先ほどの美女二人もいる。
「お前じゃないとダメなんだ」
「うそつき!」
「俺を信じろ」
 一段と強く抱き締められる。胸が激しく波立ち、膝がわなわなと震える。
「わ、分かったから」
 逆上せる頭で、どうにか言葉を紡ぐ。
「戦うよ」
 上気した顔で、従順に頷いていた。
「ありがとう」
 口付をする。
――気持ちイイ……!
 舌で唇を擦られると、蕩けるような甘い感触が広がる。唾液をすすり、舌をしゃぶると、まるであれを咥えているようで、ぐらりと陶酔してしまう。
――ドキドキする!
心臓が破裂しそうなほど高鳴る。二人は、倒錯的なディープキスに没入する。
「うん――」
 驚くほど細い腰から、オーギュストの手が下がっていく。下着を穿いていない剥き出しの薄い尻肉を掴まれると、たまらず小さく鼻を鳴らした。
「ううん」
 キスをしたまま、指先は、割目を撫でて、ゆっくりと脚の付け根から内腿へと舐めるように弄っていく。
「お?」
 ふとオーギュストが、興味津々の顔をした。
「ずいぶん期待していたようだな?」
 からかうように言う。
「ち、ちがっ!」
 反射的に激しい口調で否定しようとして、急にその口が止まった。
「俺はずっと期待していた」
「え?」
「お前が欲しい」
「っ……」
 頭が混乱して、言葉を返せない。でも、胸の内に狂おしいほどの嬉しさが溢れてくる。
――ずっと彼のことばかり考えていた……。
 裾をぎょっと強く握りしめる。緊張で顔が強張っていく。
「……違わない。ずっと期待していました……」
 白雪のような美肌を真っ赤に染めて、勇気を振り絞って、か弱い声で告げる。
「かわいいよ」
「うれしい」
 乙女のように恥じらいでいる。そして、眉を八の字に、目じりを蕩けたように下げて、舌足らずに甘く呟く。
 もう一度キスをして、そのままゆっくりと長椅子へ倒れ込んでいく。
 座るオーギュストの膝の上で、身体を横に寝かせながら、股間に顔を埋めて、ペニスを口に含む。
 ジュツ、ジュル、ヂュルゥ、と頬を窄めて吸い啜り、そして、頭を上下させている。時折、止めては舌を出し、裏を舐め上げ、先端を舐め回した。しゃぶればしゃぶるほどに、まるで体臭に酔ったように官能が高まっていく。その昂ぶりに身を委ねて、貪欲に口唇奉仕に耽る。
 一方、オーギュストは、アルトゥーリンの開いた股間に手を伸ばし、秘唇を掻き回している。
「まるで洪水だな」
 笑うと、秘唇を弄っていた指を抜き、愛液の絡み付いた指を、アルトゥーリンの顔に擦り付けた。
「そんな……ひどいわ……」
 そして、ペニスから糸を引いた唇で、だるく言う。そして、拗ねたように顔を背けた。
「かわいいよ」
「うそばっかり……」
「嘘じゃない」
 その証拠とばかりに、オーギュストは、アルトゥーリンを仰向けにして、その上に覆いかぶさる。
「ああっ、いやぁ……」
 オーギュストは、平らな乳ぶさを巧みに揉みたて、乳首を咥えて吸う。そして、可憐なクリトリスを捏ね回す。
「ああっ、いやァ……」
 嗚咽を響かせて、腰を捩った。
「アアン……はぁん!」
 首を左右に激しく揺すると、束ねた髪が解れて、プラチナの長髪が扇状に広がり、キラキラと幻想的な美を醸し出す。
「いくぅっぅうう!」
 長椅子の革に、爪を立てて、雄叫びのような声を上げて達した。
 その瞬間、理性の箍が焼き切れた。まるで仕組まれたトラップが発動するように、心の奥の歯車が動き出して、意識とは関係なく、あらぬ言葉を口走っている。
「卑しい雌犬のオマンコを…ご自由にお使いください……身も心も…捧げます……」
 至福の表情でそう囁いた。そして、脚を大きく開いて、秘唇を指で広げた。
「存分にご堪能ください……忠実な僕です……」
 羞恥と快楽が微妙に溶け合った甘ったるい声色で鳴いた。

 光り輝くような白い太腿の狭間に、淡い繊毛を備えた新鮮な赤い果実は、全く色素が定着していない襞に守られて、清々しいほど澄んだ桜色をしていた。それは見る者の心を奪うほど美しかった。
 やはり、エルフ女は違う!
 元来、男を悦ばせるために作られた亜人である。
 一度喉を鳴らした。そして、ふらふらと吸い寄せられるように、そこにペニスを埋めていく。
「ひぃーつ!」
 脚を高く持ち上げ、V字型にすると、深々と打ち込んでいく。
 肉襞が蠢き、ギュッと握ったようにキツク締め上げてくる。その感触は絶品で、まるでミミズが千匹いるような、えも言われぬ快楽を与えてくる。まさに天下髄一の名器であろう。
 くっ!
 流石のオーギュストも耐え切れず、強引に引き抜く。
「ひぃっ、あぁーん!」
 肉襞が捲れて、アルトゥーリンがまた腰をくねらせて悶えだ。
 おりゃ!
 ペニスを甘く蕩けさせるようなその快感に、オーギュストの気分も高まった。そして、今度は肉襞を巻き込むように、激しく打ち込む。まるで中毒になってしまったかのように、我を忘れて没頭する。
「あっ、ああっ、気持ちいイッ!」
 アルトゥーリンは、上体を反らして喜悦の声をもらした。
「うぐぅ……んん……」
 その口を不意にメルローズが吸った。
 一方、アメリアは背後に廻って、二人の結合部から溢れ出した粘液へ舌を伸ばす。そして、クリトリスも弄り出した。
 二人とも、オーギュストとアルトゥーリンの交わりを見て、すっかり発情している。
 しかし、である。
 この二人を接待役に選んだのは、清楚でありながら、巨乳で、巨尻で、エルフと対照的な豊満な肉体美を誇っているからだった。だが、雪も恥じらうような純白の肌を晒し、細く歪みない肢体を幽玄的に悶えさせ、熱い情感を溶かした吐息を吹く、エルフの快美感に高揚した美貌の前では、どうしても霞んでしまう。オーギュストをして、耽溺に値すると思わせるほどだった。
 その時、3人がかりで責められて、アルトゥーリンは、極彩色のような、淫靡な快楽に満たされていく。
「ああん、あん、ああーッ!!」
 狂ったように腰を振りたてる。恥骨と恥骨がぶつかり合い、卑猥な水音が響き渡った。

「すごい……」
「……」
 メルローズが思わず感嘆の声をもらし、アメリアは絶句する。
 あの透明感に溢れた美少女が、初めてで、これほどの痴態を晒すことに驚愕するとともに、ますますエルフの神秘性に、恍惚とした憧憬を抱く。

 その頃、アルトゥーリンの精神も、限界を迎えていた。
「あひぃーーーッ!!」
 顎を突き上げ、白く細い喉を反り伸ばすと、一際大きな声を張り上げた。白磁の光沢に似た美しい肌は燃えるように火照っている。
「行くぞ!」
 オーギュストはとどめとばかりに、控えめの胸を鷲掴みにすると、強く腰を突き上げた。
「あ、ああ……熱い……、熱いわァーン……」
 そして、その動きを止めて、奥深くに射精する。
「ああ、おいしいそう」
 零れ出した精液をアメリアが、舐め取っていく。

あとがき4

『秒速』も初見から一か月以上が経ちました。ようやく冷静に見返すことが出来るようになりました。

冷静に第三話を見直すと、貴樹は明里を忘れていますね。
歌詞の影響で、ずっと幻影を求めているような錯覚をするのですが、はっきりと自分で忘れていたと言ってますね。
まあそれだけ「 One more time, One more chance 」が強い印象を与えているということでしょうけど、歌詞通りなら、明里は死んでいますからねw
この辺はいろいろな意見もあると思いますが、「何処から湧いてくるのか分からず……」と言うセリフから、そう感じました。

そして、明里が古い手紙を見たことをきっかけに夢を見ます。それがシンクロして、貴樹も夢を見ます。それが第一話なのでしょう。
貴樹は夢のおかげで、自分が何のために頑張っていたのか、ようやく思い出しました。
つまり、
『恥ずかしくない人間になっていたい』
『彼女を守れるほど強くなりたい』
ということでしょうね。
それで、自暴自棄にならずに、貴樹は独立のために動き出すことができたのでしょう。
そして、過去を振り返り、いろいろと反省します。
それが花苗にシンクロして、第二話の夢を見たのでしょう。そして、漫画版のラストへと……。
勝手な妄想です。すいませんm(__)m

しかし、貴樹のすべてが全部が無駄だったわけではなく、頑張ってきたからこそ貴樹はここまで来れた、と思います。
九州のド田舎の人間にとって、勉強を頑張るということは、親しい人との別れを意味します。
近くにいい学校も、会社もありませんからね。成績が上がれば上がるほど、遠くへ行くことになります。それに矛盾を感じながらも、今も昔も皆頑張っています。
貴樹もバイトばかりやって明里に会いに行っていたら、成績が伸びずに、大学で大きな差になったかもしれません。そして、その先には、悲しい別れが待っているだけです。(また妄想です。すいません><;)
そうやって頑張ってきたからこそ、高い技術と信頼を勝ち取り、独立に成功できたのでしょう。(自分がいた業界では、独立は学生の頃から全員の憧れでした。ので、ここを強く感じてしまいますw)

冷静に考えて、映像の中で社会人の貴樹を苦しめていたのは、上司との確執と前の彼女との泥沼ですよね、たぶん。
とても中一のファーストキスの想い出ではないでしょう。
漫画版で、理沙に告白するときに、「怖い」と思ったのは、前の彼女との泥沼でしょうし。現実的にあれは酷い状況ですからw
漫画版と言えば、岩舟へ行く話はやはり無理がありますね。
あそこでパニックを起こす貴樹は、設定的に強引過ぎます。せめて固まるぐらいでしょう。
それに、パニックを起こした貴樹を残して、理沙は消えましたけど、あそこは踏切に飛び込む可能性を考慮するべきでしょう。他人のトラウマを弄って、放置は良くありません。
そもそも、社会人時代の貴樹が明里のことを忘れているとするなら(異論はあると思いますが)、行くことすらありませんしね。
そこで、何時忘れたかと言えば、やはり初体験の時でしょうね。18歳ぐらいの男ならそんなものでしょう。
それで20代半ばになれば少し落ち着いてきます。そして、自分が真に求めているものを考えることもあるでしょう。
自分は貴樹が求めていたのは、感動の共有だと思いました。
最初の彼女や理沙はそれを理解できず、二番目の彼女は刺激だと曲解したのでしょう。
この辺は小説を読んでないので、勘違いしているかもしれませんが、そう思いました。
だから、漫画版のラストシーンで、東京での奇跡の再会は、あの一夜以上の感動を二人に共有させることになり、貴樹の心を充足させることでしょう。
そして、次の恋愛では求めるだけじゃなくて、無償の愛を与えることもできるかもしれません。

明里との想い出が、貴樹に自分の原点を思い出させて、彼を救ったのならば、最後の踏切のシーンは、ハッピーエンドなのだとようやく思えてきました。


最後に、夏目友人帳の歌詞を抜粋します。たぶん貴樹の気持ちをよく表しているような気がします。


「昔は良かった」なんて 言いたくはないんだけれど
取り返したい“想い”もあるんだ
僕の背中を押す みなぎる視線の“僕”を
芽吹いた蕾に重ねて

時を越えて またいつか
「あの日」を誇れるように
左回りの時計も一つ持って行くよ
切り開け その手で
笑えてるかい? 自分らしく
譲れない想い 握りしめて
今 走り出せ

ねぇ
僕なんて 今も「迷い」ばかりで
あの日贈った言葉 今さら思い出す

「君色に未来染めて・・・」

走り出せ前向いて
かじかむ手で空に描いた
君の未来に祝福の灯りともす
切り開け その手で
聞こえてるかい? この声が
素直に笑える事 抱きしめ
今 走り出せ

第七章 驟雨の幻想

第七章 驟雨の幻想


 アウエルシュエット州の夏は、セリアよりも早く訪れている。
 早朝、一人道場の中に佇む。汗が床に滴り、微かに汗のにおいが鼻を刺激した。
 格子窓から、黄金色の光が、幾本かの斜めの筋となって室内に入り込み、細かな埃を照らし出している。その光の筋を横切って、出口へ向かう。
 外に出ると、陽は思ったよりも高かった。忽ち、むっとする暑さが下から襲ってくる。もう石畳からは、焦げたような熱気が揺らぐように立ち上っている。
 この日は、領内を視察する予定になっていた。前領主が残した事業を検証するためである。
 一つ目は、川である。
 土手の上から、州一の暴れ川を眺める。
 川の中に砂洲があり、水は蛇行して流れている。砂洲には緑が茂り、その淵の小石が流れに洗われて、激しい音を轟かせている。
 日差しが強いために、繁みの影はより黒く、そして、波に砕ける光は、より白く輝いている。その光と影を乗せて、川は悠然と海へと流れていく。
「この場所に堰を設けます」
 若い家臣が、説明する。
「堰と簡単に言うが、この川幅をどうやってせき止める?」
 率直な疑問を口にする。
「大量の石を乗せた小舟を並べて、一斉に沈めます。その後は、人海戦術で、石を川の中へ運び込みます」
「ふーむ」
 今一、想像できない。
「堰が出来ましたならば、この水門より水をこのように張り巡らした水路に引き込み、この辺り一帯は見事な農地となりましょう」
 絵図を広げて、この家臣は、熱心に説明を行う。何代にもわたる悲願らしい。
「分かった。検討しよう」
 そうは言ったが、表情はさえない。この家臣は自信満々のようだが、相当な難工事だということは分かる。
 二つ目は、山中の巨大な人工湖である。
「神威帝の時代に作られました」
 恭しく、老年の家臣が言う。
「何のために?」
「水門を開いて、一挙に山を崩し、金を採掘するためでございます」
「金……」
 しばし絶句した。そんなことのために、山を崩す必要性をとても感じない。
「こつこつ掘ってはいけないのか?」
「山の中では手間も時間もかかります。しかし、麓ならば楽です」
「なるほど」
 さすが神威帝である。開いた口がふさがらない。
 しかし、この事業を承認すれば、先ほどの川の堰はどうなるのだろうか。大量の土砂で、農地どころの騒ぎではないだろう、と自問する。
 三つ目は、州都郊外の巨大な犬舎と広大な広場である。
「約10万匹います」
「バカだろう!」
 即座に叫んでいた。
「前領主があまりにも犬好きで、保護しているうちに、勝手に繁殖して、このようなことになりました」
 エサ代だけで、半端ない金額になる。少しめまいがした。とりあえず、この犬たちを真っ先に如何にかしなければならない。しかし、今は何も名案が浮かばない。

 日が沈んだ頃、政庁の道場に戻った。木刀を手に取った時、慌ただしくセリアから使者が到着した。
「何と!」
 書簡には、ユリウス1世が倒れた、と書いてあった。
「あの巨人が?」
 俄かには信じられない。どう見ても、殺しも死にそうにない。しかし、読み続けると、毒の可能性があると示唆してあった。
「……」
 急に、胸を締め付けるような不安がつのる。
とにかく、セリア行きを家臣に命じた。
 翌日、第二報が届く。
「何だ?」
 セリアに戒厳令が敷かれた、と書いてある。
 軍、警察、役所などの有能な若手が一斉に蜂起して、政府を糾弾しているらしい。
「そんなことが可能であろうか?」
 この書簡を鵜呑みしていいものだろうか、と悩む。とても信じられない。
「できるとすれば……」
 ラグナの顔が浮かんだ。彼なら、エッダの若者たちを一つにまとめ上げることができるかもしれない。しかし、動機がない。あれほど法に拘っていた男が、こんな無法を行うはずがない。
 第三報は、深夜に届いた。
「何ぞ!!」
 思わず立ち上がっていた。
 アーカス王国軍が、セリアに侵攻して、カール7世に退位を迫っている、と書いてある。
 事実ならば、オルテガ=ディーン家当主レアル3世による皇位簒奪である。
 一連の動きに、驚愕するばかりである。
 あまりに手際が良い。青写真を描いた者は、相当頭が切れるに違いない。しかし、レアル3世は、父レアル2世ほどの才覚はなく、凡庸な性格と一般に評価されている。
「いったい誰が……?」
 すぐにまたラグナの顔が浮かぶ。だが、彼が簒奪に加勢する意味はない。疑問は深まるばかりだった。
 その後も、主だった家臣を集めて、寝ずに新たな情報を待つ。そんな時に、侍女が、「領内の知人からのようです」と手紙を持ってきた。
 こんな時に、と思いながら、手紙を開く。
「……なっ!」
 ある女性の名に、目は釘付けになった。
「……あの……なのか……俺を……滅ぼそうと……が……ぐぅ!」
 表情は蒼白となり、そのしなやかで屈強な身体が、バランスを失ってよろめく。そして、その場に膝を付くと、口を抑えた。
「将軍!!」
 家臣たちが叫ぶ声が、すごく遠くで聞こえた。

 夜明け前の教会の扉を開く。まるで悲鳴のような音が、石とガラスでできた室内にこだまする。
 月明かりが、扉から室内に射し込み、自分の影が長く伸びている。その先に、女神像の前に、女性の姿があった。
「……あたしたちは、敵同士にすらなることが出来なかった……」
「沙月……なのか?」
 問いながらも、瞳は潤み、声は掠れていく。
「ええ、そうよ」
 女神像の前の声は間違いなく、あの沙月である。
「君を守れなかった。僕を許してほしい……」
「バカね、そんなことどうでもいいのよ」
 声は笑っているが、感情はとても乾いているように思えた。
「でも、許せない事が一つあるの」
「なに?」
 縋るような気持ちで問う。
「貴方が私を哀れむ事だけは許せない。私と貴方は何があろうとも対等、絶対に。そして、常に貴方の心の中心に、私が居続ける。それが愛情であろうと憎しみであろうとも」
 月の光が彼女を捉えた。あの愛らしい笑顔は何一つ変わっていない。だが、目には狂気の色が滲んでいる。
「僕を殺しに来たのか?」
「ええ、そうよ。ラグナが貴方の殺し方を教えてくれたの」
 右手にアゾット剣がある。
「ラグナ……?」
 心が嵐のように乱れて、何も思考がまとまらない。ただ涙だけが次々に溢れてくる。
「そうかぁ、二人が決めたのなら、きっと僕が悪いんだね」
「はあ……何言ってるの。ばぁかじゃない。そんなの当たり前じゃないの。正しいのは、いつもあたし!」
 沙月は昔のままの口調だった。根拠もなく偉そうに、その胸を叩いている。
――その自信は、僕への甘えだよね?
 この瞬間、楽天的に振る舞う彼女がいたから、自分はこの無情な世界を歩いて来られたのだ、と実感する。
――僕を愛してくれた!
――僕に居場所をくれた!
――勇気を与えてくれた!
 心で叫び上げる。
 彼女は、何時でも何処でも誰とでも幸せになれただろう。しかし、シン・ハルバルズと言う少年は、もし彼女が居なければ、どこかの路地裏で、膝を抱えて泣いていたことだろう。
 心が、彼女への感謝でいっぱいになる。今この勇気を君に返そう。
「いいもんだな、沙月の理不尽な言動は。いつも僕を優しい気持ちにさせる」
「気持ち悪いこと言うな。あんたは追い詰められているの。さあ、命乞いしてみなさいよ」
 女神像に向かって、長椅子が何列も並んでいる。その間を、一歩一歩、まるで隔たれた時間の空白を埋めるように、沙月の元へと進んで行く。
「もうこんな命はいらない。沙月と一緒に居られないのなら。生きていも仕方がない」
「……何言ってんのよ……今更どうなるというのよ……」
 沙月も、次第に、涙で声がかすれていく。
「もう一度やり直そう。あの時に戻って、あの時出来なかった、二人で何処か遠くに行こうよ。もうこの世界に繋ぎとめるものはない筈だ」
 ようやく沙月の前に立った。とても長いようで、一瞬だったような気がする。
「もう泣く事はない」
 そして、右手を伸ばして、沙月の頬に触れる。その指を沙月の涙が濡らした。
「……相変わらず間抜けな顔ね」
「そうそう」
 こんなに嬉しいことはない。
「……寄るな! 触るな! 近づくな!」
「やっと出たね」
 それを合図に、沙月はアゾット剣を落として、二人の体が、ふぅと寄り添った。
「ん……」
 抱き合う二人の唇と唇が触れ合う。
 舌が沙月の柔らかな唇を割り、それを沙月の舌が迎え入れた。互いの舌が絡み合い、そこから甘美の感情が溢れ出てくる。
「あ……」
 沙月の懐かしい味が、においがした。そして、『もう二度と失いたくない』という想いが、胸に満ちていく。
 そして、唇が離れた時、自然に、極々自然に、魔法の言葉を囁く。
「愛している!」
 沙月が、腕の中で溶けていく。
 全身の力が抜けると、その身を全て預けてくれた。心のわだかまりが消えて行く。そして、彼女の魂を感じる。想いが、一つに結ばれていく。
『もう何も考えられない。ただこの人と一緒にいたい』
 その共通の想いで満たされていく。狂おしいほどの熱情が、二人の胸を焦がしていく。
「あたしも愛している」
 再び二人は唇を重ねた。
 沙月は全てを脱ぎ捨てると、女神エリース像の前で横たわる。
「きて……」
 沙月は、右手を取ると、自分の波打つ胸へと誘った。
「はぁ……ぁ」
 無骨な手が柔らかな乳ぶさを包み込む。手からじんわりと暖かさが染み込んでくる。
 沙月は小さく声をもらしている。
 指が優しいタッチで動くたびに、乳ぶさが微妙に変形するたびに、全身を反応させている。
「気持ちイイ……!」
「僕も、だ」
 たったこれだけの行為で、二人の官能は燃え上がってしまった。
 可愛い喘ぎとともに、沙月の頬が熱く火照り、朱に染まっていく。きっと自分も同じだろう。
「あ……はぁ……ん」
 右の乳ぶさを揉みながら、左の乳ぶさへと口を運ぶ。その動作を感じて、沙月は頭をそっと包み込むように抱く。
 すでに乳首は硬く尖っていた。
 夢中で、口に含み、舌で舐め上げ、絡め、弾く。
「はぁ……ぁ」
 沙月の腰がよじれ、すらりと伸びた脚がもじもじと切なそうに擦れる。
 乳首から離れ、体を下にずらしていく。沙そして、月の太腿を割って、秘唇を覗く。
 そこはもう、ぱっくりと開き、淫靡な香りを醸し出して、トロリとした粘っこい蜜をとめどなく垂れ落としている。
「……はずかしい」
 沙月は、折り曲げた人差し指を噛む。
「でも、ああ……嬉しい……」
 幸福感と期待感が顔を鮮やかに彩っている。
 一刻も早く、彼女を至福へと導いてやりたかった。だから、少し荒々しく、舌で秘唇を舐め上げ、クリトリスを弾いた。
「だっ…だめっ…い…あぁああっ!!」
 最初の絶頂を迎える。
 その上に覆いかぶさりながら、耳元で優しくささやく。
「いくよ」
 素直に、うん、と頷いた。
 己の分身で膣口を弄る。そうしただけで、先が蜜でぐっちょりと濡れた。
「も、もう……焦らさないで……」
 荒い息で途切れ途切れになりながらも、とろけた瞳で、沙月は言った。
「ああ」
 頷いて、一気に貫く。
「ひっ…ぐっ…!!」
 沙月の身体が仰け反る。
「あっ…あぁん……す…すごっ…くっ…イイィ!!」
 二人は、素晴らしい一体感に酔い痴れた。互いの体温がそれぞれの凍り付いていた心を解かし尽くすようだった。
「すっ…すごいっ…だめぇっ…もう…もう…いっちゃう!!」
 沙月は、力なく開いた唇から、だらしなく涎が零れている。
「もっ…もうぉっ…こ…壊れちゃう!!」
 ただただ夢中だった。夢中で腰を動かしている。より深く、より強く撃ちこむ。それだけを考えていた。
 その激しさに、沙月の腰が浮き上がり、ブリッジしたようになる。それから、ぴくぴくと小刻みに跳ね出した。
「愛している!」
 もう一度強く言った。
「あたしも…愛してる!」
 唇と唇がピッタリと濃厚に重なり合う。二人の唾液が混じり合い、それを互いに呑み下した。その間も、下半身は互いの粘膜を刺激し合っている。
「いっ…いっしょに…あああっ!」
 二人は上り詰めていく。
「っ!!!」
「!!!」
 それは身体や精神までもが融合していくようであった。そして、二人は至福の夢の中へと落ちて行く。
 どのくらい眠っただろうか、浅い眠りから目覚める。
 もう一度あの温もりを求めて、沙月に手を伸ばす。その時、その身体が、異様に熱い事に気付く。
「……これは!?」
 沙月の裸体には、無数の棘が巻きついている。しかも、尋常ではないことに、その棘は半透明である。
「これは……?」
 この棘は沙月の生命力を吸って、成長しているようだった。
「……どうやら…裏切りを見透かされていたようね……こんなモノ仕掛けられていたなんて……」
 熱にうなされながら、沙月は囁いた。
「何もしゃべるな。すぐに助ける」
「もう無理よ……」
 沙月は疲れきった顔で笑った。その間も棘は沙月の命を縮めていく。必死の想いで、沙月を抱き締めた。その時、新たな生命力に反応して、新たな芽が沙月の身体に発芽した。慌てて体を離す。
「もしかして、俺の命で発動するトラップなのか。……エルフの魔術か?」
「……ラグナが…仕込んでいたのよ……」
「ラグナ……こんなことをするのか?」
「……これは戦いなのよ…奇麗事じゃないわ……」
「ラグナが……」
 目から涙が滝のように零れる。
「泣かないで……奇蹟はあるんでしょ。あたし待っているから……未来で……待っているから……もう一度……あい…そして……」
 みるみる沙月の顔から生気が薄れていく。
 それを成す術なく見守りながら、ただ泣きじゃくった。子供のように泣き続けた。沙月はそんな姿を切なげに見上げた。
「……約束して……決して……自ら……命を絶たないと……」
「……ああ」
 涙が止まらない。この時代、自害した者はエリースの加護を得る事ができず、転生できないと考えられていた。
「……いい子ね」
 沙月の腕が弱々しく、頭を撫でる。そして、女神エリースなど遥かに凌ぐ慈愛に満ちた微笑みをくれた。
「……シンの力で…私達のような不幸を……止めてね……」
「……ああ」
 震える手で、沙月の手を取る。
「……もう一度……抱…い…て……」
 そして、沙月はそっと瞳を閉じた。
 視界を暗闇が遮る。沙月、沙月、沙月、何度も何度も名を呼ぶ。もう、それ以外何もできなかった。
 もう二度とあの温もりを感じることはないのだ。
 もう二度とこの温もりを伝えることはないのだ。
 永遠に失われたもののあまりの大きさに、その痛みを認識することができない。ただ自分の存在が薄くなったことは分かる。薄く霞んで、このまま空気に溶けていくのかもしれない。そうならば、きっと楽なのだろう。
――なんだ、まだ何かある?
 空っぽの体を探ると、最深部に小さな光があった。迂闊に手を伸ばして、その正体に慄く。
 それは、どこまでも純粋な『怒り』だった。
それに触れた瞬間、物欲、食欲、出世欲、睡眠欲、肉欲など、あらゆる願望が消えた。ただ一つ、怒りだけがこの肉体を支配する。細胞の一つ一つが炎のように燃え、血が滾り、脳が沸騰する。全身が不可思議な力で漲っていく。
「ラグナ!」
 地の底まで響く、呪いの叫びだった。
「なぜ彼女を復讐の道具にした。俺を殺したければ、その剣を抜けばいい、それだけで、俺たちならいいはずだ」
 沙月を抱いて、バルコニーに出る。
「もうすぐ太陽が沈む。ラグナ、これは貴様だ」
 ドネール湾に沈む夕陽で、二人は真っ赤に染まっていた。


 翌日、セリアから世界に向けて、重大な発表があった。
「世界の歪みを正し、権威を一つ所に治め直す」
 と、ラグナは宣言した。
 つまり、脆弱なサリス皇帝を廃して、現在、絶大な富と武力を誇るオルテガ=ディーンが至尊の冠をその頭上に頂くと言うことだろう。
「これによって争いの源を絶つ」
 と宣言は続く。
 そして、その賛同者が発表された。
 セリア社交界の主のような女傑、セレブレッゼ男爵夫人。
 名将の誉れ高い武人ジョー・マクギャヴァン将軍。
 聖人として名高い、エリース教大司教サーレック。
 そして、レアル3世従兄弟、アーカス王カルロス5世とカイマルク王国王太子アレクサンドル6世。
 錚々たる面々である。
 クーデターは成功すると世界は思った。しかし、不確定ながら、ティルローズが一人セリアを脱出したという情報が流れると、形勢はまだ流動的という判断が支配的となった。多くの者が、この状況をじっと静観する。


「……」
 その数日後の夜、セリア北西の森の中に佇む古城にいた。テラスから、望遠鏡で、セリアの方角を眺める。
 松明の列が、象のように鈍足に近付いてくる。
「ようやくここに気付いたか」
 ここは、ディーン一族のみが知る避難所である。セリアの宮殿から、地下通路を通って市内の学園に抜け、そこから水路を使ってここへ逃げられるようになっていた。
 ラグナが知っていれば、最初から兵を置いていただろうが、愚鈍なレアル3世は、ティルローズの姿が消えてから、ようやく思い出したらしい。
 追手の観察を続ける。服は、あの日以来、黒いスーツにしている。この闇の中では、向こうから気付かれることはないだろう。
「あれは……」
 やっと追手を判別できた。
「巨人兵団」
 全員が、2メートルを超える大男で、全身を最新式鎧で固め、強力な武器を装備している。スピノザ=ディーン家がその財力をかけて、作り上げた最強の部隊である。
「ついに、スピノザ=ディーン家も味方に組み入れたか……」
 敵の正体が分かった以上、もはや偵察の必要はない。城の中へ入っていく。
 実際には、城と言うほどのものではない。剣のような岩の上と下に建物があるだけである。上には謁見の間があり、長い階段を間にして、下には馬小屋や倉庫などがある。それだけである。
 謁見の間に入ると、僅かに青い石材の部屋の中に、赤い絨毯が一筋敷かれている。その先で、一人怯える女性がいた。
「だれ?」
 玉座のティルローズが誰何する。
「わたくしを殺しに来たのですか?」
 鈴のような声が、装飾もなく、窓もない部屋によく響く。
 足下まで進んで、恭しく跪く。
「御迎いに参上致しました」
「セリアには戻りません。戻るぐらいなら……」
 身を焼くような悔しさに、言葉を詰まらせている。
「伏して言上奉ります。臣を信じ、一旦、アウエルシュエットへお引き下さい」
「わたくしと一緒に戦ってくるというのか?」
 声に驚愕と、少し興奮が含まれている。
「元より。臣は、命ある限り、忠節を尽くします」
 一段と深く頭を下げます。
「感謝するぞ。シン・ハルバルズ将軍」
 ふいに、涙声となった。少し気が弛んだのだろう。
 そこへ、護衛のセシル・クワントが階段を駆け昇ってきた。
「敵は巨人兵団です」
「な、なに!?」
 狼狽したセシルの声に、今度はティルローズが不安に押し潰された声をもらす。膝が震えているのだろう、ガタガタと彼女の靴が鳴っている。
「しばし、時間を頂きたい。敵を追い払って御覧に入れます」
「一人で、か?」
「無論」
 断言すると、横のセシルを見る。
「貴公は、ティルローズ様の傍に」
「はい」
 セシルも半信半疑な顔で答えている。
「勝利を我が君へ」
 誓いの言葉述べてから、立ち上がり、踵を返す。
 ゆっくりと赤い絨毯の上を歩く。途中で懐から一冊の魔道書を取り出した。ページを開いて、呪文を詠唱する。
「オン・カカカ・ビザンマエイ・ソワカ」
 足元に青白い魔法陣が浮かんだ。
 同時に、目の前の扉が、突き破られる。見上げるほどの大男たちが、十数人、乱入してきた。
「お一人ですか? シン殿?」
 兜の奥から、くぐもった声が聞こえる。
「……」
 もはや答える必要もない。無言で眼光を鋭くする。
 それを脅えと取ったのだろう、巨人たちは低い声で笑った。
 手を翳す。
 そこに魔法陣から、刀を浮かび上がってきた。
「でぇえええい」
 正面の敵が、濁声とともにグレードソードで切り込んでくる。
 刀を掴み、斬る。
 一瞬の差で、巨人を袈裟切りにした。そして、鎧で刃毀れした刀を捨てる。その時には二本目の刀が浮かんでいた。この魔法陣は、イメージした武器を無尽蔵に召喚できる。
 再び、掴む。
 左から馬上用の巨大な槍が向かってくる。攻め合いは分が悪い。一旦横に払う。
 槍先と刀の刃で火花が散った。
 槍が肩をかすめていく。その時、左手には、斧が召喚されていた。魔法陣の浮力を失うと同時に、重力に任せて振り下ろす。
「ぎぃい!」
 巨人の踏み込んだ足を切断した。そして、伸びた首を、欠けた刀で突き刺す。
「丸腰になったぞ! 囲め!」
 奥から指揮官の声が響く。
 しかし、すでに眼前には召喚した薙刀がある。それを乱雑に振り回して四方を威嚇した。それでも、不用意に近づいた巨人の腕を何本か切った。
 瞬時に体勢を整え直すと、物干し竿のような長刀を召喚した。そして、一番近い巨人を袈裟切りする。
 それを待っていたように、背後から棍棒を持った巨人が迫る。
「小癪な!」
 背に盾を召喚した。巨人は、大声とともにそれを大振りで打ち飛ばす。
 その腕を掴んだ。右手にはボウガンがある。ゼロ距離射撃で、目を射抜いた。
「ぐががが」
 苦しむ巨人を手前に引き倒すと、同時に、数本の槍が、その体を貫く。
 残りの矢を乱雑に打ち散らばせる。そして、槍を召喚して、一番怯んでいる巨人を衝いた。
「輪を乱すな。ゆっくり追い込んでいけ」
 指揮官の声は冷静である。
 再び長刀を構える。
――困った……。
 巨人たちがあまりに大きいので、囲む人数に制限がある。だから、一人ずつ冷静に対処すればよいと判断していたが、さすがに、この巨人の戦士たちに、二度同じ技は通用しないだろう。
 徐々に、策が尽きていく。
「そろそろ、降伏の時ではないか?」
 指揮官が、こちらの心情を見透かして、不敵に笑っている。
 やるしかない、と思った。失敗すれば……死ぬだけだ、と内心で苦笑した。それが僅かな口元の緩みとなったのだろう。
「何を笑うか、エッダの四剣士よ!」
 指揮官が、グレードソードを抜き、そして、洗練された動作で構える。よく鍛え抜かれているのが分かる。
「覚えておけ、ディーンに敗北はない!」
 こちらも、長刀を正眼に構えて、対峙した。
「ならば俺が、伝説を終わらせよう」
 指揮官の目が僅かに動く。
 左右から巨人が切り込む。当然の策であろう。
――ここだ。ここが正念場だ!
 精神を研ぎ澄ました。
 そして、袈裟切りを放つ。
「おお?」
「どういうことだ?」
 巨人たちが、おののきの声を上げて、首を竦めて退く。
「お前は正眼に構えたままだった。なのに、左右の者を同時に斬った……有り得ん!」
 指揮官は蒼褪めている。図体は常識を逸脱しているが、頭は理性的なようだった。
「同時に二本以上の刀が存在した。これは、多重次元屈折……」
 その鼻から口にかけて微かな震えが走っていた。初めて聞く単語である。やはり彼は知的である。
「これがディーンの剣だ!」
 目を見開いた。凄まじい殺気を放ち、周囲を威圧する。
「敵はディーンだ。被害を厭うな。挑み続けろ。必ず打倒せ!」
 もはや余裕を失い、血相を変えて、指揮官が厳命する。
「おお!」
 それに応じて、巨人たちが、勇ましく次々に打ち込んでくる。
「……」
 正眼の構えのまま、じっと指揮官を睨み続ける。しかし、左右に無数に血飛沫が舞い上がっていく。
 睨み合った指揮官の目が、小魚のように蠢く。血の凍る恐怖に慄然としているのだろう。
彼の目には、きっと、袈裟切りを繰り返す影が、幾重にも重なって見えている筈だった。
「ば、化け物!!」
 血迷った顔で、大上段に振り上げる。もう周り立つ者は誰もいない。
 ゆっくりと顔の横に長刀を立てる。
「でえええい!!」
「きぃえええええ!」
 打ち合う。
 縦に一本閃光が走り、同時に、横にも閃光が駆け抜けた。
 巨人の指揮官は剣を振り上げたまま、その鍛え上げられた肉体を、十字に切り刻まれて死んだ。
「ヴァルハラに土産話ができたな。これが、ディーンの剣『神威十字剣』だ!」
 無言の亡骸を跨ぎ、階段に出た。
「おっ、シンだ! 出てきたぞ」
 階下の将兵が慌ただしく叫ぶ。降伏したと思っているらしく、顔に嘲笑の色が浮かんでいる。階段に、巨人の頭を二、三個蹴り落としてやった。
「ぎゃぁああ!」
 戦慄の悲鳴が折り重なり、極め付けの不協和音となった。思わず耳を塞ぎたくなる。
「打って、名を高めよ!」
 指揮官が威勢よく言う。そして、命令した者とされた者が、しばらく無言で見つめ合う。
「早く行かんか!」
 舌打ちして、怒鳴る。蹴る動作まで加えた。
 それで、ようやく数名の兵たちが、階段を上り始めた。
 その前に、壁際に立つ大型の花瓶を三つ蹴り落とす。慌てて、兵たちが、階段から逃げ出す。
 それから、天井へ伸びる紐を引く。大型の羽が回り始めたて、大量の埃を舞い落した。
「放てェ!」
 階下で矢が放たれたが、風が下降して、矢は失速する。
「おのれぇ!」
 歯軋りする指揮官の横で、兵たちが次々に倒れていく。割れた花瓶から、霧のようなガスが発生している。
「ど、ど、ど、毒ガスか……」
 甲高い声を震わせて、ついに指揮官も倒れた。
「やれやれ、昔の人は勤勉だな。俺には無理かも」
 小さく呟いて、謁見の間に戻る。そして、再びティルローズの前に跪いた。
「御見苦しいものをお見せ致し、真に申し訳ございません」
 顔を伏せて、恭しく言う。
「貴方は何者ですか?」
 恐怖に震える声で問う。大きく吸って吐く、その呼吸音だけで、訝しがる心が伝わってくる。
「臣は、ディーンの末裔です」
「何が目的ですか?」
「ディーンの栄光のため、ディーンの主たる君に忠節を捧げます」
「怖くはないのですか?」
「懐かしい感情です。ディーンたるを自覚した時捨てました」
「……」
「改めて、伏して言上奉ります――」
 やや顔を上げて、ティルローズへ顔を垣間見せた。
「この世のすべての女性には、何時如何なる時も、一緒に死ぬゆく男が一人ぐらいはいるものでございます。覗き見ましたところ、どうやら、その席が偶然空いているようでしたので、僭越ながら、立候補した次第でございます」
 神妙に言い終えてから、ふっと微笑んだ。
 それに、やっとティルローズも、相好を崩した。
「どうやら、貴方を勘違いしていたようです。シン・ハルバルズ=ディーン将軍」
 口の端を上げて、小さく頷く。それから、裏口を手で指す。
「さあ、搦手門に馬を用意しております。お急ぎを」
 言葉に、やや緊張を含めて促す。
「はい」
 ティルローズは素直に頷いて、玉座より立ち上がった。


 数日後の深夜、アウエルシュエットのホテルのバーにいた。この最上階は、ティルローズの仮の宮殿としている。
 予め、進路上の村々に金を配り、携帯食と馬を用意されていた。それを乗り継いで、湖から海までエリーシア中原を横断した。おそらく最速の記録だろう。
 このホテルは、借り切っているので、他に客はいない。カウンターに一人座り、バーテンに注文する。
「ウォッカマティーニをステアでなくシェイクで」
「かしこまりました」
「ちょっと待ってくれ」
 バーテンを呼び止める。
「大きなシャンパングラスで」
 細かな指示をした。
「同じものを」
 バーテンの背が5センチは伸びただろう。
 ティルローズが横に座る。
「眠れないの?」
「最近は寝ません」
「そう。夢が怖いのね……」
 見透かされたようで、嫌な気分になった。何とか誤魔化したいと思う。
「いえ、勝つ算段をしていますから」
「勝てるの?」
 到着後、早速、州兵を集めている。また、ティルーズには、駆け参じるように、と近隣の貴族たちに書簡を送ってもらっている。
 しかし、どちらも芳しくない。
 ティルローズには、何とか、「スピノザ=ディーン家を中立の立場にして欲しい」と懇願した。これを彼女は強い覚悟で承諾した。
「北から、カイマルク王国軍が迫っているそうね?」
 声にもう不安の色はない。ただ純粋な好奇心を感じさせた。
「人生を生き抜くヒント言うものは――」
 ウォッカマティーニを一息に飲み干す。
「そこここにあるものなのです」
「どうしたらそれが見えるの?」
「あるがままに世界を受け入れるのです」
 ティルローズを静かに見つめる。
「面白いわね」
 とても優雅に笑っている。

 翌日、ティルローズの言葉通り、北の国境にカイマルク王国軍が姿を現した。
 家臣たちには、予め籠城策を伝えている。そのように皆が働いている。しかし、深夜、騎兵を率いて密かに出陣した。
 野営するカイマルク王国軍を高台から眺める。
「さすが堂々たる布陣ですな」
 秋月が言う。
「これでもまだ第一陣だ」
 斥候の報告では、後方に、第二陣、第三陣と続いているらしい。
「しかし、さすがに長旅で兵馬は疲れていることでしょう」
「その通りだ」
 時に、秋月は、わざとらしい会話をする。しかし、それに乗ると、不思議と気分はいよいよ高揚する。
 口に咥える動作をする。
 それを合図に、暗闇を何かが動く気配がした。地を蹴る音、早い息遣い。それらが波のように闇の下を進む。
「犬だ!」
「そんなの自分で追っ払え!」
「か、数が!」
「どうした!?」
 闇の向こうから、混乱した声が聞こえてくる。
「長年のエサ代ぐらいの活躍はしろよ」
 思わず、手綱を握る手に力がこもる。
 犬笛に操らせて、犬を敵陣へ突入させた。高が犬である。並みの戦士でも、一匹一匹ならどうにでもなるだろう。だが、今回は数が尋常ではない。10万匹である。それが雪崩のように押し寄せているのだ。
 松明が倒れて、火の手が上がった。
 刀を抜いて、天に翳す。
「蹂躙せよ!!」
 振り下ろして、騎馬を走らせる。坂を一気に下りて、犬たちを追い抜き、混乱する敵陣の中に切り込む。まず、群がる犬に剣を奮う立派な騎士を見つけ、すれ違いざまにその首を切り落とした。
「シン・ハルバルズ=ディーン、見参!」
 勇ましく名乗る。
「命の惜しくない者は立ち会え!!」
 予想外の夜襲を受けて、カイマルク王国軍は恐慌状態となった。次々に、武器を捨てて、闇の奥へと逃げ出していく。
「えいえいおーーーッ!!!」
 燃える天幕を背景に、勝鬨を上げた。
 しかし、翌日には、敗走した第一陣は、第二陣と第三人と合流して、より強大になって戻って来る。
 今度は斥候を先行させて、細心の注意を払いながら国境を越えてきた。奇襲をかける隙はない。
 だから、兵を安全な所まで退避させた。
「狼煙を上げろ」
 カイマルク王国軍が、山麓に厳重な陣を敷いた時、狼煙を上げる。
 山中の人工湖の水門が、数十年の時を得てようやく動き出す。
 大量の水が、狭い地下水路を勢いよく流れる。その圧力は、地下水路の地盤を壊す。大地が揺れて、轟音と共に地滑りを引き起こした。
 カイマルク王国軍は、大量の土砂の下敷きとなって消滅した。
「秋月、東へ向かうぞ!」
「御意」
 それを見届けると、全軍を率いて、アウエルシュエットを出立した。

 セリアとサイアを結ぶ街道を、『大街道』と呼ぶ。『北廻り大街道』、『中央大街道』、『南廻り大街道』の三つが北から順に平行に並んでいる。
 中央大街道をまっすぐ東に進む。途中で、各地の貴族たちが次々に集まってくる。何より、ガノム遠征軍が、ほぼそのまま参加してきた。
「オブライエン将軍、ヤンセン将軍、ルーベンス将軍、メツェルダー将軍、よく来て下さった」
 一人ひとりの手を両手で強く握って、感謝の心を伝える。
 こうして、タラに到着した時には、1万2千の軍勢になっていた。

「反乱軍がセリアを出ました!」
 敵の数は約5万、と斥候が報告する。本陣には、各将軍が集まっていた。
「左翼に、マクギャヴァン将軍、1万5千」
 本陣にどよめきが起こる。サリス随一の猛将である。その浅黒い肌と強い眼力の顔を思い出して、皆身震いしているようだった。
「中央に、ラグナ・ロックハートの5千5百」
 その名に、胸が高鳴った。
 しかし、と思う。
「ラグナともあろう者が、たった5千強しか集められんとは……哀れだな」
「我ら本陣の直轄兵は、1千2百です」
 秋月が冷静な声で言う。これがアウエルシュエット州兵のすべてである。さらに、秋月は続ける。
「バクダッシュかドゴールのどちらかを残していれば、もう少し多かったでしょう」
「ゲームと言うのは――」
 秋月を見遣って嘯く。
「途中で後悔した方が負けるものだ。常に手持ちの駒で何ができるか考え続けよ」
「御意」
 秋月は仰々しく頭を下げた。将兵の不満を代弁して、不満の空気を抜いてくれたのだろう。感謝の言葉もない。
「右翼にアーカス王国軍2万」
 全員が唸った。アーカス王国軍には、最強の騎馬軍団がある。これに、自由に活躍されては到底勝てない。
「北か……」
 小さく呟いて、秋月を顧みた。彼は無言で小さく頷いた。
「ぬははは」
 意味深な笑いが零れる。
「しかし――」
 その時、将軍の一人が、不安な声をもらす。
「スピノザ=ディーン家の動きが気になります。南から背後に回られれば、我々は全滅を免れませんぞ」
「その時は、その時だ」
 一笑に付す。
「俺はティルローズ様を信じると決めた。そのティルーズ様が、『中立にさせる』と約束された。ならば、信じ抜くだけだろう」
「そのぉ…失敗すれば……?」
 将軍の一人が恐るおそる問う。
「ははは~は」
 下手な役者のように、下からせり上がるように笑う。それだけで何も答えない。
 そして、床几を倒して、すっくと立ち上がる。左右に並ぶ将軍たちの前を進んで、天幕の外へ出た。
 眼下に、戦いの準備を行う将兵を見渡す。
「ディーンとは!」
 声の限り叫ぶ。
「常勝不敗の理である。幾多の戦いの末に一度の敗北もない」
「おお!」
 多くの将兵が歓声を上げる。
「ここにディーンが一人いる。このオーディン旗がその証である」
 自分の胸を拳で叩く。そして、黒地に銀で2羽の鴉を描いたオーディン旗を指差す。
「敵陣にあるか?」
 一段と高い声で隅々まで問う。一斉に将兵たちは首を振る。
「すでに勝利は約束されているのだ。闘神オーディンよ、御照覧あれ!」
 両手を強く天へ突き上がた。
「オーディン旗の下に参じた勇者たちの戦いを! 何れヴァルハラに招かれる英雄の姿を!!」
「おお!」
 雄叫びは、大地を揺らすように轟く。
「ヴァルハラで再会しようぞ!!」
「然り!」
 主従の命の盟約はかわされた。

 戦いは、大地を削る水音で始まる。
 北を流れる川を、堰き止めて、溢れさせた。
 水は、わずかに低い東側の大地を滲むように侵食する。まず、北東に位置していたアーカス王国軍の陣地が水浸しとなった。自慢の騎馬が傷つくことを恐れて、戦場から少し下がる。
 それを合図に、『ヤンセン将軍』の部隊約1千を前進させた。
 中央、ラグナの本陣前に、此れ見よがしに布陣する。
 忽ち、反撃が始まった。ラグナ軍の士気は高く、一目散に殺到する。しかし、川の濁流で戦場は狭まり、一度に多くの兵が動ける空間はない。ラグナ軍は、戦場のど真ん中で交通渋滞を引き起こしている。
 だが、兵力差は5倍である。着実にヤンセンとその部下の命を削っている。だから、彼らの命がある間に、左翼のマクギャヴァン軍を破らなければならない。
「戦力はほぼ互角!」
 刀を抜いて叫ぶ。
 嘘である。数は明らかに少ない。さらに、マクギャヴァンは緻密な戦術を用いて、魚の鱗のように各部隊を配置して、厚みのある布陣である。
「武勇の誉れたる英雄たちよ、今こそその名を高めよ!」
 刀を振り下ろした。
 無数の矢が空を舞う。
 一方、戦場の南端で、騎兵同士がぶつかり合った。
 どちらも迂回作戦を選択して、出会い頭の乱戦である。しかし、数は敵の方が2倍以上多い。
「持ち堪えよ」
 増援を求める伝令を怒鳴る。
 その時、敵陣に動きがあった。
 マクギャヴァン将軍は、隙なく配置された各部隊を巧みに前後させて、一部隊に負担がかからないように工夫していた。
「命ある限り前進せよ!!」
 満を持して、直参の騎兵を率いて前へ出た。
 下知に従い、異様な昂揚感に包まれた騎兵が突き進む。
 柵から放たれた矢が、ある騎兵の胸を貫く。だが、その騎兵は倒れない。また数本の矢が刺さる。だが、死なない。なおも前進を続ける。
 その正気とは思えぬ戦いぶりに、敵兵は動揺したのだろう。反撃が一瞬緩む。
 その隙に、先鋒が陣に取り付いた。
 騎馬の前脚で敵兵を蹴り、後足で踏み潰す。すぐに左右から槍が伸びるが、それらを払って、敵兵の喉を衝く。
「突き破れ!」
「むざむざ突破されるな!」
 小さい戦局だが激戦である。侵す方、侵される方、どちらも必死である。
「引け!」
 覚悟していたが、損害が多い。ついに攻勢を諦めて、騎兵を一旦引く。
 敵の一部が追ってきた。敵の総大将の姿に釣られたのだろう。しかし、騎兵には追いつける筈がない。
「正念場だ!」
 彼らが冷静になる前に、有効手を打つしかない。槍部隊を二手に分けて、敵の突出した部隊の左右に進めた。そして、騎兵を反転させて三方から攻撃する。
 忽ち、釣り上げられた敵部隊は壊滅し、敗走する。
「追え!」
 敵の空いた空間へ騎兵を突進させた。
 攻守逆転、今度はこちらの騎兵が三方から包囲される。騎兵の防御力は低い。もたもたすれば、全滅するだろう。
「今だ。押し出せ!!」
 しかし、敵の防御線の部隊は横を向いて、その柔らかな脇腹を晒している。黒い槍の柱が動き出し、一斉に地に伏して、そこから、せり上がるように衝く。総力で、槍衾を叩き付けた。
 これに耐えられる筈がない。防御線がついに崩壊した。一方、騎兵は、混乱する敵陣の中を突破し、その背面で反転する。
 前後からの挟撃体制が完成した。
 雪崩を打ったように、マクギャヴァン軍が南へと移動を開始する。まだ健在な騎兵と合流するつもりなのだろう。しかし、劣勢の時に大将が不用意に動けば、それを将兵は逃走と判断するものである。
 まるで蜘蛛の子を散らすように、兵士たちが秩序なく敗走していく。
「マクギャヴァン将軍、打ち取ったり!!」
 どこかで雑兵が叫ぶ。
「マクギャヴァン将軍が戦死なされぞ!」
 今度は悲鳴が、敗軍に伝播する。
 マクギャヴァン軍は壊走して、その姿を戦場から消した。
 混戦に勝利し、部隊を素早く再編する。軍を二つに分けて、正面と敵左翼のあった場所から、ラグナ本軍へ、十字砲火を浴びせる。
「矢を放ち続けろ!」
 弓隊に繰り返し攻撃を命じる。
 しかし、ラグナは軍を集結させて、小さくまとまり、守りを固めている。その不屈の精神はさすがとしか言いようがない。部下たちもよくつき従っている。
「このままでは、先に矢が尽きます」
 秋月が、無感情に報告する。だからと言って、今さら攻撃を止めるわけにはいかない。敵も苦しいのだ。執拗な十字砲火に身を晒しながらの戦いは、さぞ心身を疲労させることだろう。
「気合いだ!」
 こんな事しか言えない、自分が情けない。が、反省している暇はない。
 幸運にも、こちらの矢が尽き果てる前に、ラグナ軍の前線兵の体力が尽きたようだった。
 めっきり矢の応戦が減り、並べたシールドに乱れが生じている。
「押し出せ!」
 再び槍衾を形成する。
 無数の矢が転がる戦場を槍兵の遅い脚で駆ける。思ったほどの反撃はなく、その攻撃が届いた。
 槍先とシールドがぶつかり、甲高い音が断続的に鳴り響く。そして、シールドの隙間が幾つか生じている。
「集結せよ」
 刀を掲げて、叫ぶ。
 反応よく騎兵が集まった。勝利を目前に士気が高い。
「突撃せよ!!」
 紡錘形の騎馬軍団が、整然とかける。目標はシールドの穴である。
 もはや疾走する騎馬を止められる者はいない。紙にインクが染み滲むように、ラグナ軍の中に騎兵が侵食していく。もうラグナ軍に前も後ろもなく、秩序を失って、兵士は単独で戦っている
「ラグナ……」
 刹那、雑兵に打たれる彼を思った。
 しかし先鋒から、「本陣に敵大将の姿なし
」という報告が入る。どうやら、逸早く脱出したようだった。
「……そうか」
 胸の片隅に、安堵の気持ちがある。
 しかし、大将が逃げても、ラグナ軍の兵士は戦い続ける。まさにラグナを逃がす、そのためだけに命を捨てている。
 知と泥に汚れた若い兵士の顔が幾つか見えた。皆、懸命に闘っている。
――なぜ、俺はあそこにいないのだろうか……?
 疲れた心身で、ふと思う。
「水を飲まれよ!」
 怒鳴るような声で、秋月が水筒を差し出してきた。
「おお」
 層を鷹揚に受け取り、一気に胃袋へそそぐ。体に沁み渡り、活力が復活していく。
「勝利の前祝いですな」
「バカを言うな」
「はっ」
「終局は近いぞ。気合いを入れろ」
「御意」
 秋月が力強く頷いた。
 小一時間の激戦のあと、ようやくラグナ軍は壊走した。
 しかし、追撃はできない。無傷のアーカス王国軍が残っている。
 軍を再編しつつ、彼らの動きを監視した。
 半日後にようやく結論が出た。
 アーカス王国軍は、戦場を離脱したが、セリア方面に向かわず、東南のアーカスへと退いていく。
 彼らも一枚岩ではなかったようだった。
「セリアへ」
 全軍を整列させると、進軍を命じた。
「ディーン万歳!」
「ディーン栄光を!」
 歓呼の声は鳴りやまない。


 夜明け前、男の姿がエッダの森にあった。
 エッダの森には池がある。その池の中には三日月形に小島が並び、それを橋が繋いでいる。その一つの島で、男は鎧を脱ぎ捨て、血の付いた体を池の水で洗っていた。
「今夜は上弦の月か、なかなか綺麗だな」
 池の中に腰まで浸かっている男に、近づき声をかける。
「そうかな、僕は満月の方が好きだ」
 岸に立つ影に、親しげに水の中の男は答えた。
「お前は何でも完璧が好きなんだよ。よいしょ」
 岸から手を差し伸ばして、水の中から男を引き揚げる。
「そう言えば、昔、流星群を見に行った時も、こんな月だったな」
「ふぅ、そうだな。星を観に行ったことがあったな」
「そう言えば、あの時もここが集合場所じゃなかったか?」
「そうそう、ここでジャンが、山の沢に幽霊が出るって話したら、君はびびって『本当に行くのかよ?』って一番後ろからついてきたよな?」
 二人は岸に並んで立ち、月と星空と水面を鑑賞しながら、雑談を続ける。
「要らん事を覚えている。だが、その沢で白い物が見えた時、一番騒いだのは、お前だった」
「そうかな?」
「そうだよ」
「だが、最高だったのは、リュックのダイブだな」
「あれは傑作だった。あいつは結構悪乗りする癖がある」
「だな。だいたい妖魔が降って来るなんて言い出したのも……いや違う……あの時の中心は君だった。君が一番乗り気だった」
「そうだったかな?」
「そうだった。君はああいう迷信を信じ込むところがある」
「お前だって、『妖魔退治は剣士の嗜み』とか言って、のりのりだったぞ」
「そうだったか?」
「そうだよ」
「でも、綺麗だったな。あんなに星を綺麗だと思ったことはない」
「……君は星空より、森の中ばかり見ていた気がするが?」
「カップルを初めに見つけたのはお前だ。だが」
「「ジャンのダッシュは素晴らしかった」」
「くっ、ははは」
「ふっ、ははは」
「あの時は楽しかった」
「全くだ」
「じゃ、そろそろ始めようか」
「そうだな」
 月明かりの中、二人の男が対峙する。そして、しばしの沈黙の後、二つの影に二つの閃光が走り、そして、一方がゆっくりと倒れていく。
 その夜、きれいな星空に、優しい雨が降った。


~終わり~
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