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□ ほんの短い夏《序章前編》 □

――2――

――2――
 勝宝8年。
 堀の傍に、間口二間ほどの小さな居酒屋がある。名は撒門屋。無愛想な店主と擦れっ枯らしの娘の二人で営んでいる。常連客でさえ、店主の挨拶を聞いた事はないし、娘が笑ったことを見たこともない。故に、店はいつも閑古鳥が鳴いていた。
 しかし、都の喧騒の中で、この時の二人には、その寂しさこそが心地良く感じられて、毎夜のように訪れていた。
 上妻鷹佐が、障子を開けて店の中に入る。入ってすぐに飯台と樽の腰掛があり、奥に衝立で仕切られた座敷が三つほど並んでいている。うなぎの寝床のような細長くて、暗い店だった。
「お、こっちだ」
「オースケ、遅かったな」
 飯台に、賀来聡乃丞と田辺嘉一郎の二人がいた。
「珍しいな。座敷に他の客がいるのか……」
 鷹佐は座りながら、不機嫌に呟いた。3人は、いつも奥の座敷に陣取っていたが、珍しく見慣れない客がいた。
「にぎやかだな。カベ、知っているか?」
 田辺嘉一郎は、長身痩躯で顔が長く、カベという愛称で呼ばれていた。社交的な性格で、情報に通じていた。
「あれは、榊造酒之丞だな」
 得意げに嘉一郎が言うと、聡乃丞の顔色が変わった。
「二本木の東雲館の塾頭か?」
「ああ、都一の秀才だ」
「ほお」
 改めて、聡乃丞が奥を覗く。榊造酒之丞は数人の弟弟子を伴って、深刻な表情で何か語っている。
「それにしても……」
 嘉一郎は一杯の酒を飲むと、早速愚痴り始めた。
「このまま仙洞御所付では、飼い殺しだ」
「大樹公は、我らを隠したいのだろう」
「……」
「そんなことは分かっている。だが……」
 苦い気持ちを、酒で薄めるように、嘉一郎は酒を煽った。
「俺は満足している――」
 聡乃丞は、迷いのない声で、キッパリと宣言した。
「あの時、俺たちは一つだった」
「……」
「ああ……」
 嘉一郎の顔にも、誇らしげな微笑が浮かぶ。それを鷹佐が無言で見詰めていた。

 第27代大将軍虚羽月(虚空蔵寺)直重が、普橋織部正長友に追われて北和州上池谷に落ち延びた時、3人は、直重の嫡男、『紀彰』の小姓となった。
 ある夜、紀彰は自ら小鼓を叩き、諸星梅子は笛を吹き、早乙女雪乃は箏を弾き、嘉一郎は琵琶を奏で、聡乃丞は鉦を鳴らし、そして、鷹佐が舞った。
 まさに奇跡のような瞬間だった。音が美しく重なり、心が一つになった。幻想的に時が流れていった。
 その一体感を体験して、鷹佐らは、紀彰のために働くことを強く誓い合う。結果、彼らは後に闇の中に暗躍することになった。

「……」
 3人は沈黙して、美しい思い出に浸りながら、ただ酒を飲みかわした。
「歯を食い縛れ!」
 その時、奥で罵声がした。思わず視線を送ると、榊造酒之丞が、若者一人を殴り倒していた。
「それでも貴様は学者かァ!」
 店の迷惑顧みず、造酒之丞は、仁王立ちして、大声を張り上げている。長身で、ぶ厚く幅のある胸で、精悍な顔付きをしているから、異様な迫力があった。
「学者ならば、真理を追究するべきだろう」
 顔中を真赤に染めて、凄まじい眼力で睨みつけながら、激しい口調で言い放つ。
「大陸の果てに大森林があり、そこには、この世の謎の全てがある。それを知っていて行かないのは、自分を裏切ることだろう」
「でも、無茶です……」
「言い訳しているんじゃないのか?」
 若者達は、皆泣き顔で顔を伏せている。
「出来ないこと、無理だって、諦めてるんじゃないのか?」
「……っ」
「ダメだ、ダメだ。あきらめちゃだめだ!」
「……ぅ」
「できる、できる、絶対にできるんだから、諦めんなよ。もう少し頑張ってみろよ。もっと熱くなれよ!」
「……ぅぅっ」
 それでも、誰も立ち上がろうとしない。
「おいおい、熱血漢にも程があるだろう」
「……」
 思わず嘉一郎が苦笑いして、横の聡乃丞に耳打ちしようとした。が、そこに人の気配はない。
「弟子にして下さい!」
 聡乃丞は、造酒之丞の足元で土下座していた。
「……マジかよ?」
「……」
 嘉一郎が呆然と呟き、鷹佐の手から盃が落ちた。
………
……


 久宝3年。
「……うーん」
 昼前、大木聡乃丞は苦しそうに顔を歪ませながら眼を覚ます。昨晩の酒がまだ残っているようで、頭が重く疼くように痛い。
「お?」
 押入れを開けて、意外な顔をした。泊まる事になった上妻鷹佐だったが、「狭い足軽長屋で寝る所がない」とちえが言うと、「ここでいい」と鷹佐は押入れを開けた。「雨風がしのげればいい」と器用に潜り込んで早々に眠ってしまった。
「オースケは?」
「知りませんよ」
 台所から、ちえの苛立つ声が返ってくる。
「何を怒っている。金平糖もらったろ」
「何が金平糖よ。物凄く固い物が混じっていましたよ。歯が折れたかもしれないわ」
 言ってから、大袈裟に頬を摩る。
「石でも混じっていたかな……」
 聡乃丞は、苦笑いして頭を掻いた。そして、ぽっかりと人の形に空いた押入れの空洞を「迷惑かけんなよ」と口を動かしながら見た。
「二人して昼までゴロゴロして、雷様ですか」
「上手いっ! 上手いなぁ」
 聡乃丞は、兎に角、妻の機嫌を直そうと煽てる。
「それで何時まで泊める気ですか?」
「分からん」
「え?」
 ちえは包丁を置き、ゆっくりと振り返る。そして、手を腰において、静かに首をかしげた。
「風待ちだ。仕方ないだろう」
 聡乃丞は、刺すような視線に耐えられず、顔を伏せて早口で答える。鷹佐は船で、都に上ると言っていた。
 ちえは暫く黙って見詰めていたが、不意にため息を落として、再び、まな板の方へ向き直った。
「兎に角、あの汚い格好だけは何とかしてくださいよ」
 トントンと野菜を切る音が、日頃よりも高く響いている。
「合点承知」
 調子よく言って、聡乃丞は、逃げるように部屋を出ていく。

 冬田には、稲の切り株から生き生きとした若葉が芽吹いている。その間を抜ける農道から、聡乃丞は野道に入っていく。細い野道は、小さな丘の斜面を曲がりくねって丘の影へと消えていく。
 登り切ると、ぷーんと甘い花の香りがした。見上げると、丘の斜面に一本梅の木があり、その枝が道の上に伸びて、灰色の空に赤い花を咲かせている。
 足を止めた聡乃丞の横を、紫色の頭巾をかぶった武家の女性が、軽く会釈して通り過ぎていく。少し微笑んでいるように見えた。
 思わず、聡乃丞は後姿を見送った。
 艶やかに実る臀部、小さく蹴る裾からこぼれる白い足首と足袋、柔らかな撫で肩を、息を殺して見守る。
「よっ」
「ひぃッ」
 その時、背後から肩を叩かれて、聡乃丞は短い悲鳴を上げて、一間ほど跳んだ。振り返ると、鷹佐が、肩に白い花が咲いた梅の枝を担いで、機嫌よく微笑んでいる。
「お、お、おお、何処へ行っていた?」
 聡乃丞は、必死に平静を装い、とりあえず質問する。
「そこの神社だ。ほら、一緒に刀を奉納しただろ。それを見に行っていた」
 対照的に、鷹佐は自然体で答えた。
 奉納には、旅の安全を祈願する他に、武士としての立身出世を捨て去る意味もあった。二人にとって、重要な意味がある場所である。
「ああ、あああ、そ、そ、そうだな。行ったなぁ、一緒に」
 鷹佐が神社にいると思っていたからこそ、今この道の上にいるのである。その矛盾に気付かず、ただ慌ただしく聡乃丞は頷く。だが、その努力も、鷹佐の洞察力の前に、あっけなく無駄に終わる。
「しかし、いい女だな。お前が見惚れるのも分かる」
「……」
 その途端、聡乃丞の全身から冷たい汗が吹き出した。
「み、見惚れてなんていないぞ。ぶ、無礼だろ。はっ、服部様の御新造様に」
「服部と言うのか、あの人はぁ」
 鷹佐は顎に手を当てて、見詰める。
「もう止めろ。見るな」
 聡乃丞は、鷹佐の袖を引っ張って神社の方へ歩き出す。
「おいおい何処へ行くんだ?」
「一緒に刀を見よう」
「もう見たって」
「二人で見ることに意味がある」
「そんなものはない」
 言葉では否定したが、鷹佐の足は逆らわず、聡乃丞の後をついていく。
「そう言えば。お前は赤い鞘を愛用していたな」
「ああ、それで変な徒名もつけられた」
 二人は小さく笑い出し、次第に哄笑となった。

 神社を見た後、二人は橋を渡って城下町に向かう。水辺には、猫柳が銀白色の毛のような花穂を咲かせていて、涼しげな風にゆらゆらと揺れている。
「祖国はいいな」
「大陸にも自然ぐらいあるだろう」
「ああ、豊かだが、色彩が少なかった」
 他愛もない会話をしながら二人は、目抜き通りに差し掛かった。すると、向こうから、供を連れた武士がやってくる。
 聡乃丞は、道の脇に寄り草履を脱ぐと、雪解け水でぬかるんだ地面に土下座した。その前を武士は目もくれず通り過ぎていく。
「さて、まずはどうする?」
 立ち上がり草履を履きながら、聡乃丞は何事もなかったように言う。
「大変だな」
 鷹佐は、気の毒そうに呟く。
「何、三日もすれば慣れるさ」
 低い声で膝の埃払いながら、答えた。それからまた二人は歩き出す。
「まずは風呂だな。おっと、その前に、古着屋で服を買おう。これは案山子から剥ぎ取ったものだし、これは竹光だし」
 袖を伸ばして継ぎ接ぎの服を強調し、その後、鯉口をゆるめて、僅かに竹でできた刃を見せた。
「荒々しいねェ」
 聡乃丞は苦笑する。
「何、旅慣れしただけさ」
 鷹佐が照れくさそうに言った。

 夕時、空は薄く曇っていた。西の空の一部だけが、滲むように明るく雲を染めているだけだった。
「そうか……紀彰様は亡くなったか……」
 髭をそり、髷を結い、紺縞の着流し姿で、こざっぱりした鷹佐が、静かに呟く。
「ああ、普橋織部正の家臣『南野弾正長陽』が謀反を起こしたらしい」
「ああ、あの女好きか。そんな根性があるようには見えなかったがな」
「そう。噂では、怪しげな僧が傍に従うようになってから変わったそうだ」
「僧……」
 鷹佐が深刻に唸る。
「紀彰様にも強気で接するようになったらしい」
「ならば、剛毅な紀彰様のことだ。衝突しただろうな」
「そう。まあ、それだけじゃなくて、噂では、ユキオンナ(早乙女雪乃)を妾にほしいと願い出て、それを紀彰様が拒まれたらしい。それを恨みに思っていたらしい」
「なるほど。ユキオンナならその価値はある」
 鷹佐が頷いた時、二人は並んで足軽長屋前の生垣に横を歩いていた。その生垣の間から、胸に風呂敷を抱えた若い夫人が出てくる。
「今お帰りですか?」
 夫人は、明るい声で挨拶する。武家では稀な気取らない明るい性格で、長屋の人気者である。
「ええ」
 聡乃丞とは親しげに挨拶し合ってすれ違い、そして、鷹佐とは、軽く会釈し合ってすれ違った。だが、そうして行き過ぎてから、慌ただしくうしろを振り返って、思わず、腕の中の風呂敷を落としてしまった。
「帰ったぞ」
 聡乃丞は、狭い家の中に入る。
「買い物に、何時間かかるのです」
 開口一番、ちえが甲高い声を張り上げた。
「もうとっくに、御住職は帰られましたよ」
「そうか」
 聡乃丞は、鷹佐に向かって舌を出した。要は、法事をサボりたかったらしい。
「邪魔です」
 ちえは、聡乃丞を押し退けて、台所へ湯呑みを運んで行く。
「ぼーと突っ立っていないで、貴方も座布団を片付けて」
「はいはい」
 邪険に扱われても、聡乃丞は素直に座布団を押入れに仕舞った。
「なあ、酒は出さなかったのか?」
 仏壇の前に残された、金平糖を見ながら、聡乃丞は呟く。住職は、酒好きで知られ、甘い物は苦手である。
「そんなもの、貴方達が昨日飲んでしまったでしょ」
 怒りの声がすぐに返ってきた。
「お忙しい時に申し訳なかった」
 鷹佐が、柱の影から言う。
「別に――」
 言いかけて、ちえは言葉を見失った。
 顔は拳のように小さく、少し細面で、顎の線がスーッと滑らかに通っている。鼻筋は女性のように綺麗に整い、口元は薄い線のようにきりっと引き締まっている。そして、二重瞼のやや切れ長の目には、吸い込まれるような大きな瞳が輝いている。まさに、酔うような精悍な光芒を燦とはなっていた。
「あなた……」
 呆然と鷹佐を見詰めながら、懐から財布を取り出し、聡乃丞の足元へ投げた。
「これでお酒を買ってきなさい……」
「合点承知!」
 小躍りして財布を拾うと、腕まくりをして、聡乃丞は、家を飛び出していく。しかし、生垣を出て、左に曲がったところで、通徳利を忘れたことを思い出して、慌てて家に引き返した。
「きゃはは、そんなことありませんよ」
 戸を開けると、ちえの艶っぽい声が聞こえてきた。恐るおそるボロボロの大黒柱の影から覗くと、ちえは鷹佐を膝枕して、耳の掃除をしている。
「もう、冗談ばっかり」
 ちえは、口に手の甲を当てて上品に笑っていた。
「おっ、早かったな」
「あら、もうお帰りですか?」
 鷹佐もちえも、悪ぶれもせず言う。
「いや、サラマンダーより速いから……」
 柱の影に噛り付いて、聡乃丞は、狙った獲物は逃がさない『好色の鷹』という鷹佐の渾名を思い出していた。
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Date:2012/04/22
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* まとめteみた.【――2――】

――2――勝宝8年。堀の傍に、間口二間ほどの小さな居酒屋がある。名は撒門屋。無愛想な店主と擦れっ枯らしの娘の二人で営んでいる。常連客でさえ、店主の挨拶を聞いた事はないし、娘が笑ったことを見たこともない。故に、店はいつも閑古鳥が鳴いていた。しかし、都の喧騒...
2012/04/22 【まとめwoネタ速suru