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□ エリーシア戦記71 □

71-5

【6月中旬】
 ホークブルグ街道――。
 アレックス将軍は、連日、盛大に遠距離攻撃を繰り返している。その膨大な物資を支えているのが、サイアからの小荷駄部隊である。
 アルティガルド軍は、この生命線を絶つべく、モンベルの森の周縁部を密かに迂回していた。
 サリス軍の小荷駄部隊が、僅かな護衛とともに、のろのろと街道を進む。
「斉射三連!」
 森の中から、無数の矢が放たれる。瞬く間に、サリス軍の護衛兵が麻のように乱れた。
「突撃せよ!」
 機を逸せず、指揮官が叫ぶ。槍を構えた兵士が、まるで砂糖に群がる蟻のように殺到する。
「……もはやこれまで」
 サリス軍の将兵は、潔く小荷駄を見捨てて逃げ出してしまった。
「うららら!!」
 アルティガルド兵は、荷駄の上に乗り、まるで海賊のような雄叫び上げた。そして、凱歌をあげて、奪った物資の略奪を始めた。
 その時、陽が翳る。
「うむ?」
 懐に芋を忍び込ませていた兵士が、突然手元が暗くなり、不意に空を見上げた。蒼天の空に、無数の黒い点が穿ってある。そして、鈍い音が聞こえたと思った時、その視界に、赤い飛沫が噴き上がった。刹那、刻の断裂の後、視線は赤く濡れた地面すれすれにあり、その先に、生気を失った同僚の顔が横たわっていた。
「敵襲、離脱せよ!」
 アルティガルド軍士官が、短い言葉で叫び続ける。
 蜘蛛の子を散らすように、小荷駄から将兵が離れて行く。
「森の中へ回避しつつ、集結せよ」
 指揮官は、自らを目印にしようと、剣をかざして懸命に叫んでいた。
「集結ッ……ぐがっ……」
 その喉を、木々を抜けてきた矢が貫く。
「カキザキっーーー!」
 突然の指揮官の死に、副長が絶叫する。しかし、衝撃を受けても、動顛はしなかった。
「指揮権を引き継ぐ。即時に、要塞へ転進せッ……ぐがっ!」
 しかし、剣で要塞の方向を刺した瞬間、その背中に矢が突き刺さった。
「コバヤシいいいいぃぃぃいい!!!!」
 戦死した副長に替わって、傍らの士官が声を張り上げた。
「オオギ大尉である。我に続け……あっ!」
 先頭を走っていた部隊の右斜め前に、サリス軍が現れて、矢を射かけてくる。そして、無理に道を塞ぐのではなく、やり過ごしながら、少しずつその表皮を削るように攻撃を繰り返す。
「怯むな!」
「足を止めるな!」
「軍曹、先を行け!」
 若い士官たちが、兵を必死に叱咤し、懸命に指揮を続ける。しかし、その左斜め前に、新たなサリス軍が現れる。
「どうして伏兵が、こんな的確に現れるのだ……」
「我々の進軍ルートから逆算しているのだ」
「森の中は敵の巣だったか……天は我を見放した……」
 若い士官たちは、血を吐くように声をもらす。その周囲で、下士官たちが、次々に膝を折り始めた。
「中尉、諦めるな。我が小隊が殿を務める。その隙に、全軍の撤退を指揮せよ」
 一人の士官が、一発同僚の頬をはたいて、下士官たちの背中を押した。
「アルティガルド軍人の誇りをみ――うがっ!」
 そして、後方へ剣を構えた瞬間、その眉間に矢が突き刺さる。

「さすがアルティガルド人だ。仕事熱心だな」
 騎上のオーギュストが、徐に弓を下ろした。
「おかげで、士官の判別が容易です」
 ヤンが双眼鏡を下ろして、淡々とした声で告げる。
「工作員を紛れ込ませたか?」
「はい」
 小次郎が、緊張をみなぎらせて答える。
「よし、上々だ。これでホークブルグ街道も多少は静かになるだろう」
「御意」
 オーギュストは手綱を引いた。


 隊商宿――。
 一旦、オーギュストは、ホークブルグ街道上の隊商宿に入る。
 そこに、筆頭秘書官の『ケイン・ファルコナー』が待っていた。
「総大将を失った守備隊は、間もなく、城門を放棄して敗走もしくは降伏。反乱軍は入城を果たしました――」
 中庭に面した回廊を歩きながら、オーギュストは報告を聞く。
「ヴァンフリートに参集したのは、『メーベルワーゲン大会』(六七章参照)の生き残りです」
『ヴォルフ・ルポ』、
『ロマン・ベルント・フォン・プラッツ』、
『ヴェロニカ・ロジーナ・フォン・ベルタ』、
『アリーセ・アーケ・フォン・ハルテンベルク』
 などの名前をファルコナーは挙げる。
「……」
 オーギュストは、関心を示さず、無言のまま足早に歩き続ける。そして、酒瓶を口に運んで、口から溢れんばかりに一気に飲み干した。
「戦と酒……心が躍るな」
 空になった瓶を投げ捨てると、腕で口を拭う。
「方針も発表されました」
 気に留めず、ファルコナーは淡々と報告を続ける。
 すなわち、全ての農民に土地を給付する『均田制』の導入と、五年間の『税免除』を宣言し、さらに、『綱紀粛正』の徹底と知識人の『人材登用』の確約などを要領よく説明する。
「――以上がヴァンフリートの最新状況です」
「分かった。ご苦労」
 調度、扉の前に至るところで説明を終えた。
「早くしろ」
 重い青銅製の扉がゆっくりと開く。その僅かな時も待てず、オーギュストは扉を蹴る。
「うむ?」
 そして、扉の傍らに、警護の任務のために立つランを見つけた。
「はい?」
 見つめられて、ランは首を傾げる。
「……」
「なっ!?」
 ふいに、オーギュストは顔を近づけて、その顎を摘まんで、少し顔を上げさせる。
「な、な、な、な、何ですか?」
「……」
 じっとオーギュストが見つめる。
「お前――」
「はい?」
「鼻の頭にニキビが出来ているぞ」
「……へえ?」
 その時、扉が開き切った。
「陛下――」
 中から、『アン・ツェーイ』が媚びるような声がした。
「御勝利、おめでとうございます」
「おお――」
 オーギュストは笑顔でアンを抱き寄せる。「勝利の後は、美酒に美女だ」
「まあ、美女だなんて恐れ多い」
 アンは、可愛らしく頬を染めて、オーギュストにしなだれる。
「……」
 ランは呆然と立ち尽くす。二人の姿が、徐々に2枚の青銅の板によって細く狭まっていく。そして、大きな衝突音の後、完全にその光景は消えた。眼前には、ただ薄暗い深緑色の冷たい板が立ちふさがっている。
「おい」
 呼ばれて、振り返った。よく知っている顔だったが、誰だか判然としない。言われるままに、その背中についていく。
「あ――」
 ふいに、視界が明るくなった。
「眩しい……」
 月の灯りが、瞳を照らしている。そして、声を発したことで、ようやく呼吸を忘れていたことに気付いた。
「はあ」
 大きく息を吸い込む。空気がやけに涼しい。
「……」
 二度三度と深呼吸を繰り返しているうちに、次第に意識がはっきりしてくる。
――なんじゃこりゃ!
 顔が蒸気を吹き出すほどに熱く火照り、服の中は汗でべっとりと濡れて、とても気持ち悪い。心臓は口から飛び出しそうなほど、激しく鼓動し、顔の血管までも強く脈打っている。
「おい」
「なんだ?」
 目の前で、親衛隊隊長の『ナン・ディアン』が、怪訝そうに眉を寄せている。
「早くお湯を運べ」
「はあ?」
「人手が足らんそうだ」
「……」
 手渡されたバケツを掴む。まだ脳が痺れていて、その重さがよく分からない。
「アンが使うんだろう」
 一瞬、卑猥ににやけて、また一瞬、不満げな表情を顔の蔭に浮かべている。
「そうか……」
 ランは漠然と呟く。アンが使う湯を運ぶのは私なのか、と呆けた頭で考えた。

続く
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Date:2013/07/24
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