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□ エリーシア戦記68 □

68-1

第68章 横行闊歩


【神聖紀1234年7月、アルティガルド王国】
――ソルトハーゲン大聖堂。
 枯れ井戸の滑車が、ギシギシと悲鳴を上げて回り、闇へと垂れた綱は、限界寸前の張引力に張り詰めている。
「おお」
 次第に、暗い底から浮かび上がる物の形が、はっきり見えてきた。間違いなく大量の武器である。井戸を囲む人々の中から、一斉にどよめきが起こった。
「どうだい。団長さんよ」
 若い男が、武器を満載にした井戸の篭に近付き、そこから一本の剣を取り出す。それを叛乱軍リーダーへ得意げに差し出した。
 リーダーは元僧兵団の団長であり、がっちりとした体をしているが、丸顔で温厚そうな顔立ちをしている。
「これだけの武器があれば、政府軍とも互角に戦えるぞ」
 この若者が、ひとりで、これらの武器入手を手配した。
「ああ、確かに……」
 リーダーは歯切れ悪く頷くと、背後に立つ若い女性へちらりと視線を送った。
 子爵家令嬢アリーセ・アーケ・フォン・ハルテンベルクである。清楚で気品のある顔にかかった灰色の金髪を払い、烈火の如き瞳を真直ぐにリーダーへ向けている。
「これはサリス製だな」
「ええ、28式軽アーマーです」
 アリーセの問いに、リーダーは、丁寧に答える。
「紋章は削ってあるぜ」
 先ほどの男が、得意げに、二人の会話に割って入ってきた。自らの段取りの良さにどや顔になっている。
「どうやって手に入れた」
 アリーセの冷静な問いかけが、男の気分に水を差す。
「カイマルクの商人から話があった」
 男は、憮然とした口調で答えた。
「アリーセ様も、サリスの思惑が気になるのですね?」
 リーダーが、アリーセに問う。
「外国の干渉を受けるのは得策ではない。我々がサリスの手先と思われては……」
「ちょ、ちょっと待てよ。お嬢ちゃん」
 アリーセの言葉に、男は血相を変えた。もはや声や仕草から、仲間への一切の敬意が取り払われて、粗暴な不快感をむき出しにしている。
「武器が足りないと皆が言うから、だから、俺が調達したんだぜ。それを今更難癖をつけやがって……」
 男は突然言葉を詰まらせて、さらに感情的になっていく。
「ああ、分かったぜ。皆が要らないというなら!」
 そして、篭に足をかけて、井戸の底へ蹴り落とそうとする。
「待ちな!」
 その時、死角から大男が飛び出し、その男を背後から羽交い絞めにした。スキンヘッドに揉み上げとヒゲが合体した中年男で、群盗の頭目ルドルフである。苗字は本人も知らない。
「男が取り乱すんじゃねぇ!!」
 そして、壁へと投げ飛ばす。
「お前らも、グタグタ言ってんじゃねえぞ――」
 ルドルフは、集まっている人々を威嚇するように見渡す。それから、一人ひとりの顔を覗き込みながら、ガラガラ声で大声を張り上げ始めた。
「武器は武器だ。人を殺せれば、誰が造ろうと知ったこっちゃねーえ」
 ゆっくりと歩きながら、アリーセの傍らで足を止める。そして、アリーセの肩に、馴れ馴れしく手を置いた。
「使える物は何でも使わなくちゃな。なぁ、お嬢ちゃん」
「……」
 アリーセは臆せず、きつい目で、下から大柄なルドルフの顔を睨んだ。
「そんな恐い顔しなさんな」
 その眼光を楽しむように暫く眺めた後、ルドルフはニヤリと笑って、おどけた仕草で手を離した。
「要らないなら、俺達が使ってやらぁ。おい、おめぇ達、運べ」
 そして、何食わぬ顔で自分の部下に、武器を運ばせ始める。
「……」
 アリーセは両腕を抱くように腕を組み、味わったことのない屈辱感に身体を震わせた。


 山頂の大聖堂に篭城する叛乱軍に対して、山麓には王国のソルトハーゲン街道巡回軍が、整然と布陣している。
「閣下」
 若い副官が、白髪の老将に声を掛けた。
 老将は、床机に剣を杖代わりにして、背筋を伸ばして坐っていた。
「お疲れのところ申し訳ございません」
「疲れてなどおらん」
 唸るように呟くと、固く閉じた瞳を開いた。
 司令官は、ザシャ・トニ・フォン・フォイエルバッハ将軍である。白髪の老将で、やや角張った厳つい風貌をしている。齢は六十を越えているが、常に背筋が伸び、軍服を巧みに着こなし、貴族出身の将官として威厳に富んでいた。
 今はソルトハーゲン街道巡回軍に所属しているが、かつては黒騎士と呼ばれた一騎当千の名将だった。二人の息子に先立たれると、急激に視力を悪くし、自ら閑職に退くことを申し出た。
 しかし、運命は皮肉である。のんびり巡回をしている時に、ソルトハーゲン大聖堂で武装集団が蜂起した事を知る。透かさず、手勢五百を率いて、駆け付けた。
「何かあったか?」
「賊徒の斥候を捕らえ、尋問したところ、サリスから武器を調達できた、と言い残して死にました」
「ほお」
 老将は、白い髭をなでる。
「賊徒どもの士気も上がろう」
「はい」
「ならば、急がねばなるまい」
「はっ」
 副官は踵を鳴らした。


「ハァ、ハァ……、止まるな、走れ!」
 アリーセは荒い息を吐きながら、暗闇の中を走っていた。
「お嬢様、もうダメです。先に行ってください……」
「下らない冗談は止めろ。私は生真面目な人間だぞ」
 アリーセは、遅れる郎党を叱咤して、ともに地下通路を奥へ急ぐ。
――どうして、こうなったのだ……。
 揺れる松明の灯りを見詰めながら、そっと独り唇を噛み締める。
 戦いは、呆れるほどあっけなく終わった。
 王国軍は、今にも攻めるぞ、と威嚇するばかりで、なかなか総攻撃を仕掛けてこなかった。そして、篭城軍の素人兵が断続的に続く重圧に耐え切れずに単純ミスを犯すと、その瞬間を見逃さず、雪崩のような波状攻撃が開始した。
 堅牢な正門を一旦突破されると、もう歯止めになる物はなく、中心部まで瞬く間に征圧されてしまった。リーダーは自殺し、その他の幹部も散り散りとなった。
――ダメだ。このままでは勝てない……。
 アリーセは、内心で、烈しく吐きすてるように言った。
 攻勢の緩急など、戦闘の熟練者でなければ到底理解できない。僧侶、貴族、知識人などでは到底勝てないのだ。
 闇に突き出された松明の光りが、濡れた紙に落ちた絵の具のように、滲んで歪んでいく。視界は平面的で、自分の足音が単調に、頭に響いていた。
――あの男の言う通りなのかもしれない……。
 不意に、そう思い、「使える物は何でも使う」と言い切った群盗の頭目ルドルフの言葉を思い出す。同時に、脳裏に、あの粗暴な風貌が過ぎって、思わず、ぞっと身震いした。
「ダメだ。ダメだ……」
 走りながら、何度も頭を振る。
――他人の力を当てにしては、今までと何も変わらない……。
 自分自身が強くならなければ、力を手に入れなければ、とアリーセは強く思った。
「力は力だ。正義も悪もない」
 そして、小さな声で独語した。
「何か?」
 横を走っていたキョーコが、驚いた顔で問う。
「べ、別に」
 アリーセは声をもらしていた事を知り、慌てて否定した。
「そうですか……」
 キョーコはその真赤に染まった横顔を見詰めながら、静かに、舌なめずりをする。


 ――アルテブルグ。
「もうよい。下がれ」
「失礼致します」
 秘書官が、一礼して退室する。
 ジークフリードは、ソファーに深く坐って、足を組んでいた。そして、右の肘掛に肘をつき、軽く握った拳を頬に当て、左手で膝の上の書類を捲っていく。その日常的な仕草だけでも、まさに彫刻のように優雅だった。
「ちぃっ……」
 左右に忙しく動いていた青い瞳が、突然止まり、不機嫌さを隠そうともせず、露骨に舌打ちした。
「老人め。今更何のつもりだ!」
 そして、イラついた表情で、右の人差し指の爪を噛み始めた。
「この俺の対抗馬になるつもりか……?」
 感情のままに、書類を握り潰してしまう。
 目の前のテーブルを蹴り、荒々しく立ち上がると、豪奢な黄金の髪を掻き毟りながら、窓辺に立った。
「やらせん。やらせんぞ!」
 まさに呪い言葉を吐くように呟く。
「あんな骨董品に何ができる。政治はそんな生易しいモノではないぞ」
 一気に想いを吐き出すと、頭の中で渦巻いていた烈しい感情が少し鎮まった。その隙間に、ようやく美しい庭園の風景が入り込んできてくる。
「はぁー」
 ジークフリードは、一つ大きく息を吐いた。
「……」
 その瞬間、脳裏に引っ掛かるものを感じた。
「何だ?」
 慌てて振り返ると、部屋の中を見渡す。そして、二往復ほどしてから、ようやく丸まった書類に目が留まった。徐に近付き、書類を伸ばす。
「サリスから……武器……。これは使えるか……?」
 文字を凝視しながら、もう一度、爪を噛んだ。
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Date:2011/04/12
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* あとがき

ども、随分間が空いてしまいました。申し訳ございませんm(_ _)m
2月はほぼベッドから起き上がれず、3月はたいぶ回復したので、徐々に書き始め、9割ぐらい書き上げたのですが、4月に入ってまた体調が悪くなりました。それでなかなか校正ができずにずるずると……。
まあできは推して知るべし、という感じですが、少しでも皆さんの暇潰しになればと思っています。
ちなみに、今回のギュスに悪気は全くありません。ではでは。
2011/04/12 【ハリー】 URL #9ddgPdqs [編集] 

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