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□ エリーシア戦記66 □

66-2

 心地の良い春の日差しの中を、アルテブルグの湖岸沿いの目抜き通りをパルディア出征軍が、派手に凱旋パレードした。
 パルディア出征軍は、『カリハバール戦役において、サリス・アルティガルド連合軍の一翼を担い、ドラゴン戦で重要な役割を果たし、カリハバール軍を撃破するのに大きく功績した』、と宣伝されている。
 実際には、連合軍は結成されておらず、サリス軍に軍資金や兵糧を僅かに贈っただけである。ただ、その後、この遠征軍というか輸送部隊は、トラペサ大河の付近を不必要にうろうろしたため、サリス軍の主力リューフ軍の動きを鈍らせている。オーギュストをイラつかせた原因となった。
 そんなこんなで、パレードの後、盛大な祝宴が催された。
 遠征軍の司令官は、二人の准将で、『エドガー・ワッツ』と『ヘルミーネ・ザマー』とある。
 両名とも、国境警備隊出身で、ジークフリードに抜擢されている。その二人が、祝宴の最中、ジークフリードから書斎に呼び出された。
 ワッツは、立派な髭はあるが、目が細く全体的に地味な印象の武将である。
 ザマーは、金髪の女性将官で、前髪を目の上で切り揃えたワンレングスのボブで、右耳だけを出して、左右非対称にしている。
 書斎は、緑色の壁紙に大きな暖炉のある小さな部屋である。暖炉の前のソファーに座り、ジークリードは二人にワインを振舞った。
「これで、二人とも英雄だな」
「……」
 二人は、後ろめたさに、俯いたまま顔を上げることができない。
「お言葉ですが……」
 ワッツが躊躇いがちに、重い口を開いた。
「我々は、その評価に値する十分な働きをしたとは言い難いと思うのですが……」
 慎重に言葉を選んで話しているが、所詮、小役人に過ぎない。横のザマーが、ひやひやとした表情で見詰めている。
「ワッツ将軍は謙虚だな」
 ジークフリードは、優雅な笑みを浮かべた。
「恐れ入ります」
 ワッツは、武人らしく、きびきびとした礼をする。
「その意気やよし!」
 その途端、ジークフリードは、真直ぐにワッツの顔を指差す。その凛々しい眼差しに、ワッツもザマーも魅入ってしまう。まるで叙事詩の英雄のようで、ただ戦慄せざるを得ない。
「では、もうひと働きしてもらおう」
 身を固くした二人に、落ち着き払った声を掛ける。
「はっ」
 ワッツは、踵を鳴らして直立する。武人の矜持に酔いそうである。
 その姿勢に、ジークフリードは満足そうに頷くと、低い口調で語り出す。
「新宮殿建設現場に、南の大国の工作員が潜伏している。お前達は、これらを殲滅して、国家の危機を未然に防ぐのだ。カリハバール戦役の英雄が、救国の英雄となる。民衆の熱狂が思い浮かぶぞ」
「ま、待って下さい――」
 ジークフリードの言葉が終わるや否や、ワッツを差し置いて、ザマーが血相を変えて口を開いた。
「確固たる証拠はあるのでしょうか?」
「それを見つけてくるのも、君たちの仕事だ」
「まっ……まさか……」
 その冷淡な答えを聞くと、ザマーは絶句する。顔が蒼白となり、全身に粟を生じている。
 ワッツは、ザマーの異変をちらりと一瞥して、内心戸惑いをさらに大きくした。しかし、必死に平静を装い、彼にとって一番の疑問をまず問う。
「それは治安維持軍の仕事では……?」
 ジークフリードは、金の箱を開けて、葉巻を一本取り出す。即座に、ワッツはマッチに火を点けた。ジークフリードは、ゆっくり回しながら先端をあぶる。
「将軍は、まだ分かっていないようだ」
「はあ?」
 訝しそうに、髭を上下させる。
「もはや逃げられんのだよ」
 たっぷりの煙を、ジークフリードはワッツの顔に吐きかけた。
「何も心配はいらん。私の言う通りに演じておればよい。簡単なことだ。それだけで、夢のような生活が手に入る」
「我々に、ピエロを演じろと?」
 ザマーが険しい表情で問う。
「もう演じているだろう」
 ジークフリードは哄笑した。
 その瞬間、外で花火の盛大に打ち上げられ始めた。そして、群衆のわっと盛り上がる声が窓ガラスを割らんばかりに揺らしている。
「……」
 ザマーはしばし、窓越しに夜空に描かれた偽りの花を、微震する瞳で凝視した。
「宰相閣下、もっと具体的に仰って下さい」
 ワッツが当惑し切った顔で、繰り返し二人の顔を見比べながら、たどたどしく問う。
「皆殺しにするもよし、首謀者をみせしめにするもよし、まあ派手にやってくれ」
 ジークフリードの淡々とした声に、ザマーは、総身に冷水を浴びせるようたように、震えながら立ち竦む。
 いきなり、ワッツが大きな声を上げた。
「これは英明で知られる宰相閣下とも思えない!」
 怒気で顔が真赤になっていた。
「……」
 ジークフリードは、冷え冷えとした目で、じっとワッツを見据える。
「ここでの話は、聞かなかった事にします。では」
 ワッツは毅然と踵を返して、ひとり退室していく。
「彼は何も分かっていない。面倒で、憐れだ」
 ジークフリードは、大理石の灰皿に灰を落とした。
「……はい」
 色の戻らない唇から、ザマーは、声を絞り出した。


 夜の闇を、紅蓮の炎が焦がす。底で茹だった赤い光に、逃げ惑う人々の黒い影が揺らめく。星星のきらめきを隠す煙は、肉体を離れた魂だろうか……。
「どうなってんだよ!?」
 ヴォルフは、煙に巻かれて、劇場から飛び出た。周りには誰も知った人間がいない。不安に慄きながら、周りを見渡す。その通りの変わりように、無様にも腰を抜かした。
 全ての小屋から、火の手が上がっている。
「火を消せ」
「もう手遅れだ」
 消防団が懸命に水をかけていたが、火の回りが早く、とても追い付かない。
「おい、コゾウ、早く逃げろ!」
 ふいにヴォルフは、中年の男に、背中を押される。人の流れが、正門へと向かっていた。
「マジかよ……」
 苦く呟いて、取り敢えずヴォルフも走った。
 あれ?
 その時、初めて自分が鉄の棒を握っていることに気付いた。
「何だ、これは?」
 走りながら、不思議そうに棒を見る。棒は黒光りしている。そして、筒状になっていて、一方にのみ穴が開いていた。もう一方には、木製で少し曲がっている。
 初めて見る物に戸惑いつつも、それをあれこれ詮索している暇はない。いつの間に、殺伐とした人混みの中に紛れ込んでいた。
「早く開けろ」
「何やってんだ」
 正門が閉まっていて、人々が溜まっている。そして、罵声が絶え間なく轟いていた。
「放てェ!」
 その時、軍隊が一斉に矢を放った。
 忽ち、正門前は、阿鼻叫喚の場となる。
「嘘だろ!?」
 ヴォルフは、全身の血が凍る思いがした。とてもこれが現実だとは思えない。愕然と立ち尽くしていると、血だらけの人々が、正門から逆流して押し寄せてくる。もはや考えている暇はない。ヴォルフも走り出した。
「構え!」
 しかし、裏門から入った軍勢が道を塞いで、逃げ惑う群衆に弓を構えている。
「うっ……!」
 ヴォルフは咄嗟に横道へ飛び込んだ。地面で擦った顔を上げると、ヴォルフが居た場所には無数の矢が襲い掛かって、バタバタと人が倒れている。
「ひっ!」
 目の奥がじわりと熱く滲んだ。そして、まるで犬のように這いながら横道の奥へと進む。しかし、出口に兵士の足の影がちらりと見えた。もうダメかと思った瞬間、横から体を引っ張られて、すっと落ちる感覚に包まれた。その感覚も、ほんの短い間隔で、すぐに顔面を強打する痛みに置き換わった。
「痛ッ」
 引きずり込まれた場所は狭く、暗い。
「静かにして」
 抑えた女の声がする。
「キョーコ……ちゃん」
 間近にキョーコの顔がある。
「ついて来て」
「ここは?」
「排水溝だよ。先に行って」
「え、俺が?」
「ほら、男の子でしょ!」
 尻を蹴飛ばされる。仕方なく従って、暗闇の中を匍匐前進する。
「うわっ」
 暫くすると、また落ちる。今度は草の斜面を転んだ。建設現場に降った雨水は、排水溝からこの窪地(調整池)に一時的に集める仕組みになっていた。
「……」
 崖の上は、赤々と燃えて、人の叫び声が聞こえてくる。
「こっち」
 キョーコは身を低くして、草に隠れて走る。
「助けてくれてありがとう。でも、どうして助けてくれるんだ?」
 後を追いながら、訪ねる。
「いざって言う時、盾に使えるでしょ」
 あっさりとした答えが返ってくる。
「え?」
「ほら早く。出番よ」
 いきなりキョーコが、放水口へ、ヴォルフを投げ込む。
「うわぁああ!」
「誰だ!」
 すぐに、兵士が照明を向けた。
 慌ててヴォルフは、放水口から這い上がる。その頃、キョーコは、別の排水溝へもぐり込むところだった。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
 無我夢中で、その小さいが逞しい後姿を追う。
「何でついて来るのよ。あたしまで危険になるでしょ!」
「俺で何人目?」
 不服そうに目を細めて問う。
「3人目」
「……」
 またあっさりと答えたキョーコに、ヴォルフは涙目になった。
「可愛い顔して、酷いよなぁ……」
 小さな声で呟く。
 二人は排水溝を巡って、未完成の上水道の貯水槽に至った。
「はいはい、また俺が先ね」
 ヴォルフが、深い竪穴に飛び降りようとすると、キョーコに腕を引っ張られて後ろに倒れてしまう。
「うはぁ、何?」
「うるさい」
 叱ると、キョーコは、慎重に底を覗く。
 人がいる。少女だ。そして、兵士もいる。少女を取り囲んでいる。
「こんな所に隠れていたぞ!」
「おい、俺、こいつ知っているぞ」
 3人の兵士が少女を追い詰めている。その中の一人が、少女の顔を覗き込んで、興奮気味に言う。
 そして、横穴でも、ヴォルフが目を瞠っている。
「あっ、フィネだ!」
「ちょ、ちょっと!」
 叫ぶとキョーコの細い脚の間から、ヴォルフが飛び出していく。
「このぉ!」
 頭上から、一人の兵士の頭に、持っていた鉄の棒を振り下ろす。脳天を直撃した。鉄兜との間に激しい火花を散らして、カーンと心地良い響きを鳴らした。
「うわ、どけ」
 しかし、そのまま体ごとぶつかってしまい、縺れるように共に倒れてしまう。そして、石床に背中を強打して、呼吸さえ出来なくなってしった。
「何だ?」
「仲間か!?」
 残った二人の兵士が、慌ただしく剣を構えて四方へ視線を配る。
「Yeah!」
 その時、キョーコの回し蹴りが、右の兵士の顔面を正確に捉えた。
「ぐがっ!」
「柿崎ぃぃぃッ!」
 蹴り飛ばさせる兵士。血相を変えて、もう一人の兵士が、その僚友の名を叫んだ。
 さらに、キョーコは着地と同時に、その残った左の兵士の腹に掌打を連打する。
「Yeah! Yeah! Yeah!」
「うっ……」
 腹部を守る鎧は固い。兵士は咄嗟に両腕で顔を庇う。
「だが、効かねぇよ」
 そして、その腕の影で、俄かに口の端に上げた。
「Yeah! Yeah! Yeah!」
 しかし、キョーコは、さらに下から連打を続ける。
「何べんやっても同じ。軽いんだよ、お嬢ちゃんの掌は!」
 兵士は笑いながら、満を持して、剣を振りかざした。
「倍返しだぁ!!」
「Yeah!」
 その瞬間、キョーコの脚が強く床を蹴った。がら空きとなった兵士の顎を下から蹴り上げると、そのままバック宙する。
「うぎゃ」
 頭がぐらりと揺れて、兵士が脆くも崩れ落ちていく。
「Yeah!!」
 最後に、ヴォルフと共に倒れていた兵士が、起き上がろうとするところへ、上から踵で踏みつけた。
「ふぅー」
 大きく息を吐いて、残心を解く。それから、フィネに向かって得意げに舌を出した。
「えへ、大丈夫?」
 そして、優しく微笑み、甘い声で話しかける。
「あ、ありがとうございます」
 フィネは、何度も何度も頭を下げようとするが、体がこわばって上手く動かせない。
「ここも危険ね。すぐに移動しましょう。立てる?」
「はい」
 キョーコの判断に、フィネは気丈に頷き、そして、震える膝を叱咤して、立ち上がった。
「大丈夫ですか?」
 その時、苦しんでいるヴォルフに気付いた。
「これを使って」
 微笑みながら、親切にハンカチを差し出す。
「あ、あ、ありがとう……」
 ヴォルフは、胸の高鳴りを顔一面に現して、にやけた表情で受け取った。
「ほっときなさいよ」
 後で、キョーコが腕を組んで冷たく言う。
「でも、私のせいだから……」
 振り返って、フィネがはにかんで呟く。
「男に優しくしても、付け上がるだけよ」
 ばっさりと言い放って、キョーコは、さっさと水門を調べ始めた。
「行けそうね」
 そして、レバーをぐっと体重をかけて引き降ろす。
「厳しいね」
 フィネは、ヴォルフに囁き、苦戦しているキョーコの隣に、「手伝います」と言った。
「……」
 ヴォルフは、ハンカチをポケットにしまい、換わりに袖で鼻を拭いた。
「行けそうね」
 二人の少女が水門を開けると、高さは2メートルほど、幅1メートルほどの地下水路が現れた。
「大きいですね」
「宮殿中の噴水を動かすには、これぐらい必要なんでしょ」
 率直なフィネの質問に、キョーコは丁寧に答える。
「何処につながっているのですか?」
「森の水源」
 即答した時、外で犬の吼える声がした。
「軍用犬だ。走れ」
「はい」
 二人が水路を走り出す。
「ちょ、ちょっと待って」
 倒れている兵士から弓を取り、遅れて、ヴォルフも走り出す。

「うしょ、うしょ、うんしょ」
 突き当たりの梯子を登り、ヴォルフが地表に顔を出す。爽やかな風が、汗に蒸れた頬を撫でた。思わず、心の緊張が緩んでしまう。その瞬間、突然大きな影が視界を覆った。
「誰だ!」
 男の声で誰何される。
「まッ……まった!」
 頭上に棒を衝き付けられて、ヴォルフは、目を閉じて、咄嗟に悲鳴のような声で叫ぶ。
「待って、彼は兵士じゃないわ」
 その時、女性の声が、男の動きを止めた。
「知っているのか?」
 男が切羽詰った声で問う。
「ええ、集会に誘ったことがあるの」
 女は澱みのない声で答える。
 男は、ホッとしたように腕を降ろすと、体の力が抜けて、草の上に尻餅をついた。
「よく無事だったわね」
 女は笑顔でヴォルフに手を差し出した。その手を掴みながら、ヴォルフは、彼女の名を呟く。
「ベルタ主任こそ……」
 すっと地上に上がると、続いて、フィネが可愛い顔を出す。
「あら、少年、やるじゃない」
 ヴェロニカは、軽やかにウィンクした。
「ヴォルフ君のおかげで、助かりました。ねえ」
「ええ……」
 フィネに続いて出てきたキョーコが、打って変わって、しおらしく言う。そして、フィネに同意を求めながら、その答えに注意を払わず、冷静な瞳を舐めるように動かた。
「そちらは?」
「ロマン・ベルント・プラッツだ」
 先ほどの男が、堂々と名乗る。持って生まれたものだろう、人を惹き付ける風格が漂っていた。
「ああ。あの建築家の」
 ふーん、とキョーコは鼻を鳴らす。そして、ゆっくりと瞳を左右に動かして、木の下に蹲っている人々を数えていく。
「皆さん、お仲間ですか?」
「ああ――」
 ロマンは沈痛に頷く。強い責任感と完璧主義が、彼自身を責めているのだろう。
「救えたのはこれだけだ……」
「兄さん!」
 ふいにフィネが、倒れている青年に駆け寄っていく。傍らに跪いた時、「ひぃ」と短い悲鳴を上げて、両手で顔を覆った。
「君の兄さんだったのか……すまない」
 ロマンは深く頭を下げた。
「うう……」
 フィネは、もう冷たくなっている兄の胸に、顔を埋めて泣きじゃくる。
「……」
 ヴォルフは、傷付いた少女を慰めることさえ出来ない自分が情けなかった。離れた所から見ているだけの自分に、怒りが込み上がってくる。そして、逃げるように視線をそらした。その結果、眼下の光景が、目に入ってしまう。
「そんなぁ……」
 広大な建設現場が、全て炎の海と化している。まさに湖から登る朝日のように、妖しく美しい。その輝きの一つ一つが、人の命を吸って燃えているのだ、と思うと胸が締め付けられて、吐き気さえした。
 そして、今まであそこに居たのだ、と漠然と思う。ふいに友人の顔が脳裏に浮かんだ。
――あいつらはちゃんと生き残っているだろうか……。
 想像するだけで、身の毛がよだつ。
「こんなことが許されていいの?」
 愕然とするヴォルフの横で、ヴェロニカが、感情を溢れさせて叫んだ。
「これが、ジークフリードのやり方だ!」
 ロマンは怒気に任せて、丘の下へ棒を投げ捨てる。棒は斜面を転がって、藪の中へと消えていく。
「弱い者を踏み躙る!!」
 奥歯を強く噛み締めて、天へと叫び上げた。
 ワン、ワンン、ワン!
 その直後、棒の消え去った藪の向こうから、軍用犬の吼える声が聞こえてくる。
「みんな早く逃げるのよ!」
 驚いたが、狼狽することなく、ヴェロニカは周りの人々に指示を出す。しかし、「もう間に合わない」とロマンが低い声で応じた。彼の視線の先には、藪を突き破って、吼えながら斜面を登る犬の姿があった。
「俺がここで食い止める。その間に逃げろ」
 ロマンは、足元の手頃な石を拾うと、肩に担ぐように構える。
「待ちなさい。あなたは大将でしょう」
 ヴェロニカが、険しい表情で叫んだ。その声に、ロマンは唇をぶるぶると振るわせ始めた。
「すまない……」
 心の中で激しい葛藤が起きていたのだろう。力なく石を落とし、辛そうに呟いた。
 その時、ロマンの横をヴォルフがすり抜けて前に出た。
「任せろ!」
 ヴォルフが先ほど兵士から奪った弓で、三矢連続で射た。それらは、的確に軍用犬の頭を射抜く。
「やるじゃない」
 キョーコが口笛を吹いた。
「先祖代々の狩人だ」
 ヴォルフは、得意然と言い放ち、ガッツポーズをフィネへ向ける。しかし、彼女はまだ兄の亡骸に抱き付いていて、ちらりとも見ていない。急激に、ヴォルフのテンションが下がった。
「……」
「皆、俺に続け!」
 その隣で、ロマンが仲間に呼びかけた。そんなに大きな声ではなかったが、犬の遠吠えに混じっても、一音一音不思議とはっきりと聞こてくる。そして、人の耳に届くやいなや、疲れ果てた身心に小さいが温かい光を灯した。
 甲高い笛の音と、犬の吼える声が、さらに近付く。
 蹲っていた人々は、ロマンの声に勇気付けられて、その背中に従い、森の奥へと這うように逃げ始めた。
「さあ、私たちも行こう」
 キョーコが静かにフィネを促す。
「ええ」
 フィネは涙を拭って、頷く。そして、「さようなら」と兄に別れを告げて、何か遺品はないかと探る。
「これは……」
 何気なく、上着のポケットから、古い本を取り出す。表紙が擦れていてよく読めない。なんとか『○○ァの歌集』とだけようやく読めた。
「早く」
「はい」
「ここは任せたわ」
 フィネが動き出したのを確認すると、キョーコが、いきなりヴォルフに告げる。
「ちょ、ちょっと待てよ」
 突然の言葉に、ヴォルフは面食らう。
「如何してついて来るのよ。何なの、バカなの、死になさいよ」
「もう矢がない」
 泣きそうな声で告白する。
「ハァ……」
 キョーコは盛大にため息をつく。


 夜明け前の会議室に、アルティガルド王国の重臣たちが召集されている。皆、顔を蒼白として、胸が詰まって言葉も出ないようだった。その視線は、窓に向かっている。
 その会議室の窓には、天へと聳える塔のように、轟々と厚い黒煙が立ち上る様子が、まるで絵のように映っていた。
「……はぁ」
 ひとりの重臣が、ため息をもらした。
「よもや、新宮殿を要塞化して、叛乱の拠点にしようなどと考えるとは……」
 これを口火に、重臣たちは、次々に暗い声で語り始めた。
「王都のすぐそばでそんなことになれば……」
「真に恐ろしい……」
 亀のように手足を縮める重臣たちの前を、ゆっくりとジークフリードが歩いて、席に着いた。
「宰相閣下の御即断御即行に、感服致します」
 同時に、末席の方の小柄で貧相な顔立ちの男が、素早く立ち上がると、靴さえなめんばかりに媚をうる。
「今回の第一の功績は、討伐軍を指揮したザマー将軍である」
 ジークフリードは慣れた風に、優雅な笑顔を向けて、爽やかに答える。
 まさに絵に描いたような好青年然に、皆が相好を崩した。この青年がある限り、我々の地位は安泰である、と皆が思う。
「さて」
 その一言で、場は水を打ったように静まり、全ての視線がジークフリードに集まる。
「叛徒どもの不埒な企みは、取り敢えず未然に防げたが……」
 言葉を一旦切ると、誰ともなく拍手が起こる。
「今度は、本拠地を叩き、息の根を止めねばならぬ」
 ここで、長老格の男が、口を開いた。
「首謀者の死亡は確認されたのでは?」
「左様、労働者などを扇動した、詩人ルカ・ソルータは死んだ」
「それでは、宰相閣下は、影の首謀者がまだ存在すると?」
「無論だ」
 ジークフリードが徐に指を鳴らすと、侍従たちが一枚の調書を配り始めた。
「……」
 そこに記された名前を見て、誰もが見開いた瞳を揺らし、紫色の唇を強張らせた。
「実行犯の一人エドガー・ワッツ准将は、自害する前に、真の首謀者の名前を吐いた。工部尚書ハルテンベルク子爵である」
 忽ち、地響きのような唸り声が起こる。
 ハルテンベルク子爵は、比類なき名門ホーエンルーウェ公爵の係累である。これが子爵家だけで止まるのか、際限なく広がっていくのか、不安と恐怖が入り混じったため息があちらこちらで落ちた。しかし、信じられない、と首を振る者もいたが、はっきりと否定的な発言をする者は一人いなかった。
――自分で何一つ決められない曲学阿世の徒どもめ!
 うろたえるばかりの重臣達を冷ややかに眺めて、ジークフリードは、内心で烈しく毒突く。
「即刻、ハルテンベルク領へ討伐軍を送らねばならない」
 再び、場が静まる。
「ゴットフリート・ブルムベア将軍を司令官に、ルートガー・ナースホルン副司令官とする」
 両名とも、軍人とは名ばかりで、ジークフリードの悪童時代の遊び仲間である。
 こうして、会議とは名ばかりの、ジークフリードの決定がただ明かされるだけの集会が終わる。
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Date:2010/12/28
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* あとがき

まあ本来なら3行で終わることなんですけどねw
少し小説らしくしようと思って頑張って丁寧に書いてみましたけど、ありふれたストーリーで新鮮味がありません。残念です。
次回は、サリス側です。
2010/12/28 【ハリー】 URL #- 

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