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□ エリーシア戦記65 □

65-2

 ※グランクロス宮殿
 宵の口、二郭の廊下を歩くオーギュストが、急に足を止めた。ふと窓の外を見ると、憲兵が、暴れる女囚人を馬車に押し込んでいた。
「どこかで見覚えが……」
 オーギュストは目を閉じて、しばし考えた。だが、結局「分からん」と諦めて、また歩き始める。
「言いか、お前達」
 ケイン・ファルコナーが、新しい小姓たちに振り返り、険しい口調で言った。
「上帝陛下は三日会わないと、顔と名前をお忘れになられる。肝に銘じておくように」
「はい」
 小姓たちは、メモ帳を取り出し、濃く刻み込んだ。
「悪気はないんだ。悪気は……」

 オーギュストは、専用の通路を使い、三郭の御花御殿に至る。身長の2倍以上ある扉を押し開いて、居間に入室すると、いきなり扉の影から、白い刃が振り落ちてくる。
「グガぁ……」
 袈裟斬りされて、ばたりと倒れる。
「ふ、不覚……。まさに電光石火の一撃……。誰も避けられない。避けた奴は、パパが一族郎党皆殺しにしてやるぅぅううう……」
 呻き声を残して、ついに息絶える。
「極悪の大魔王を退治したぞお」
 その背中に片足を乗せて、ようやく歩けるようになったばかりの幼児が、玩具の剣を振り上げた。
「ヨが一番だお」
「はい、よく出来ました」
「ママ~ぁ」
 クリスティーが笑顔で手を叩いて腰を屈めると、幼児は明るく笑いながら、その胸に飛び込んでいく。
 一人ぼっちで冷たいタイルの上に横たわっていたオーギュストは、素早く起き上がると、脱兎の如く駆け、仲睦まじい母子の間に割って入る。
「素晴らしい太刀筋だった。まるで稲妻のようだった。もうパパを越えたな。某野菜の星の王子よりも早いぞ」
 クリスティーに抱かれる子の頭を、丁寧に丁寧に撫でながら、その気を引こうと懸命に媚びている。
「欲しい物があるならパパに言うんだよ。何でもあげるからねぇ~」
「じゃあねぇ、じゃあね」
 幼児は指を咥えて考える。そこへ、クリスティーが、そっと「お城」と耳打ちする。
「女か、セクシーか、ナイスヴァディーか?」
 しかし、オーギュストは、明日の英雄を夢見て、すでに暴走している。
「ちぃッ」
 クリスティーは、大きな音を立てて舌打ちして、冷徹な瞳で射抜くように睨んだ。
「この子の人生は私が決めます!」
「……はい」
「私が、完璧な人生を選んでやります」
 揺るぎない決意を、声の隅々まで行き渡らせている。父と子は、仲良くため息を落とす。

 夜が更けた。しかし、二郭上帝府の窓のない部屋では、朝から続く会議が、まだ続いていた。
「越冬用の兵糧は、後方勤務本部の方で、そろえて頂けるのですよね」
「いや、それは、参謀本部の方で準備して頂けるものと」
「遠征軍総司令部の方で、現地調達できませんか?」
「もうパルディアはカツカツですよ。やはり後方勤務本部の方で」
「いや、それは――」
 円卓には、統帥府の後方勤務本部、参謀本部、そして、パルディア遠征軍の代表の将官が顔を揃えている。
 パルディアでは、カリハバール軍の最後の拠点ライデンに対して、攻略作戦が始まっている。
 しかし、戦況は、オーギュストがセリアに帰還したために、戦力不足と厭戦気分が広がって、停滞状態に陥っていた。さらに、長期化による兵糧不足も深刻な問題となっている。その解決を話し合っているのだが、議論は責任の擦り付け合いで、堂々巡りしていた。
 その時、それぞれの将官の元へ、音もなく副官が近付き、そっと耳打ちする。すると将官達は、身なりを正して立ち上がり、上座へ向かって頭を深々と垂れた。
 その薄い後頭部の先、簾の奥で、人が動く気配がする。
「ライデンは苦戦しているのか」
 そして、簾の奥から声がする。側近のファルコナーである。
 将官たちは顔を上げて、速やかな説明を始めた。
「要塞都市を落とすには、やや戦力が不足しております。さらに、冬を越せるだけの兵糧もありません」
 簾の奥に、オーギュストとその幕僚たちがいた。クリスティーの元で夕食と終えた後、ここに到着した。
「ベアトリックス」
 オーギュストが呼ぶ。傍らに立つベアトリックスが一歩前に出た。
「上策を言え」
「交渉し、開城させます。全てのカリバール将兵の生命を保証する、と確約すれば、可能性はあるでしょう」
「アポロニア、中策を言え」
「中策は、兵が飢える前に撤退することでしょう」
「ルイーゼ、下策を言え」
「急遽戦力を増強し、総攻撃を行います」
 三人の女性が澱みなく進言する。
「まあこの辺が潮時だろう」
 オーギュストがそう告げると、それで将官たち全員が、一斉に、そして、元気よく「はっ」と声を揃えて答えた。
 これで、ようやく会議は終わる。

 深夜零時を回って、オーギュストは本郭東宮に赴いた。
「あれ?」
 玄関を入って左に曲がり、ずっと廊下を奥へ進むと、カール6世の部屋がある。入ろうとドアノブを回したが、鍵がかかっている。さらに、雷撃の魔法トラップまで備わっていた。
 雷撃を、まるで肩の埃を払うように軽く防御すると、背後で、足を踏み鳴らす音が轟いた。その瞬間、脊髄を冷たい稲妻が走り抜ける。
「説明して貰いましょうか?」
 顔中に怒りの感情を溢れさせて、藍色に黄金の装飾を施した軍服姿のまま、まさに臨戦態勢で、ティルローズが仁王立ちしている。
「何が、でしょうか?」
 オーギュストは、魔王に怯える少年のように、震える声で問い返す。
「クリスさんの所に、全部、おゆずりになるそうですね」
 ティルローズは、怒りを遥かに通り越して、慇懃な口調になっていた。夕食時のクリスティーとの会話が、風よりも早くセリア中に広がっていたらしい。
「いや、だから、いつも言ってるだろ。カール大帝のものは、全部カール君のものになるって」
「……」
 詐欺師のような笑顔をたたえて、子猫をあやすような声で、オーギュストはティルローズへ手を伸ばす。しかし、ティルローズは、その動きを、鋭い眼光を放って止めた。
「……」
「なるって」
 オーギュストは、もう一度語尾を重ねた。懸命な笑顔の裏で、氷のような冷たい汗が滴り落ちている。
「……どうだか――」
 ティルローズは、腕組みしたまま横を向いた。
「兎に角、カールを蔑ろにしないでよ」
「しない、しない」
 二度言うオーギュストに、ティルローズは、疑うような視線を流し目で送る。
「したら、殺すから」
 一見穏やか声だったが、そこには、海よりも深い決意がこもっていた。
「約束する、約束する」
 オーギュストは、強張った顔で二度繰り返した。ああ、この女(ひと)は本気なんだ、と実感しつつ、自らの終末を脳裏に思い浮かべて、密かに恐懼した。
「じゃ今夜は、謝罪と賠償をかねて、俺の体で……」
「結構よ」
 豪奢な黄金の髪を払って、ティルローズは、あっさりと背を向ける。そして、廊下をずんずんと進んで、書斎へと向かう。
 しかし、寝室の前を通り過ぎる時、その腕をオーギュストが掴んだ。
「まあまあ」
「今夜は、まだ仕事が残っているのよ」
 オーギュストは、嫌がるティルローズを強引に誘った。
「じゃ、軽く、軽くね」
「もーお、お前の破廉恥は際限がないな」
 蔑むように言うと、ティルローズは渋々と従った。
「そうそう、ないない」
「じゃ少しだけだぞ」
「はいはい」
 オーギュストは、まるで子供が飴玉をねだるように囁き、ティルローズは、呆れたとばかりに、大袈裟にため息を落とした。
 寝室は灯りがなく暗い。窓から差し込む月の光りに、小さな天蓋の付いたベッドが浮かび上がっている。シーツはピンク色で、枠には小さな花のレリーフがあり、乙女的で可愛らしい。
「ストレスを溜めるとよくないよ」
「じゃ、潮を少し吹こうかな」
 ティルローズは、然も平然と言い放つと、ベッドの端に手をついて、軍用パンツがピッタリと張った尻を高く掲げた。
「……」
 オーギュストは、淫蕩な香りをかぎつけながら、たわわに実った尻をねっとりと撫で上げた。


 ※セリア郊外。
 鉄柵門の前に、護送用の馬車が止まっている。門の奥は緩やかな緑の坂が続き、その先に、白い大理石で築かれた大神殿が厳かに佇んでいる。門の横には、小さな木造の小屋があった。
「荷物はこれだけか?」
 顔に刺青のある警備兵が、重い鉄の扉を閉め、そして、二重に鍵をかけながら訊いた。
「ああ、サインしてくれ」
 カーキー色の作業服を着た運送屋が、書類を差し出す。
「ちょっと待ってくれよ」
 警備兵は、壁に貼られたマニュアル通りに、まず鍵を金庫にしまう。
「ここは男子禁制ということで、厳しいんだ」
「ああ聞いている」
 運送屋は凍える手を擦りながら、物珍しげに、小屋の中を見渡した。
「あいよ。もう今夜は上がりかい?」
「ああ、アンタは夜勤かい?」
「そうだ」
「こんな寒い日に、大変だな。風邪引くなよ」
「ありがとうよ。ほらよ」
 運送屋は、書類を受け取ると、上着の襟を立てて馬車に乗り込んだ。

 飾りのない部屋の中に、質素な藍色のワンピースを着たランが通された。
「よくいらっしゃいました」
 柔和な表情の老女が、ベッドから体を起こして、優しく語りかける。
「私が院長です」
「……」
「ここに来たと言う事は、それなりの事情があるのでしょう」
 癒しの微笑みを浮かべる。
「でも、何も話す必要はありませんよ。ただ闘神へ祈りを捧げるのです。必ず導いて下さるでしょう」
「……はい」
 ランは渋々と頷いた。この真面目を絵に描いたような老人に、あれこれ文句を言ってもところで、もはやどうなるものでもない。
「私がこんな体なので、後のことは、彼女に任せます」
 と、紹介されて、ベッドの傍らに立つ女性が微笑む。赤毛の髪をカチューシャで留めて、やや広めのでこを出している。
「ミラ・フルメタル・シデリウスです」

「我は求め訴えたり……。偉大なる闘神よ。敵に打ち勝つ力をお与え下さい」
 ミラに案内されて、ランは小さな拝殿に向かった。ランと同じ衣装を着た、数人の女性が、等身大の闘神像に跪いて祈りを捧げていた。
「皆さん紹介します。ラン同志です」
「よろそく」
 恭しく頭を下げた女性の中に、アンの姿もあった。無表情というより、感情のない人形のようである。
「……(アイツ!)」
 ランはずっとアンの事を睨んでいたが、結局言葉を交わすことなかった。そして、祈りの時間は終わり、その後、ミラに自室へ案内された。
「シデリウス……って?」
「ええ、ライラの妹よ」
「へーえ……」
「私、姉ほど優秀じゃないから」
「……そんなことは……」
「ここよ」
 部屋は質素を窮めている。白いシーツのベッドと粗末な机以外は何もない。しかし、香が焚かれていて、不思議な香りに包まれていた。
「ラベンダーよ。心が安らぐでしょ?」
「……」
 ランは、ここでの静か過ぎる生活を思い描いて、言葉も出ない。
「じゃ、ゆっくりお休みなさい。それぐらいしか楽しみはないわ」
 ミラはドアを閉めた。
「畜生!」
 ランは壁を渾身の力で叩く。そして、無言でベッドに飛び乗った。
「……ッ」
 予想以上の壁の固さに、まるで拳が潰れたように痛い。胸に拳を抱え込んで、足をじたばたさせて悶えた。
「ううう……」
 目に涙が浮かんだ。
「ちくしょ……痛いよぉ。暗いよ…狭いよ…寒いよぉ…ぉぉぉ」
 寂しさと心細さが、そっと心に忍び込んできた。
「香子ぉ…助けて…ぉお……ぐすん」

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Date:2010/11/02
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また少し更新しました。
起承転結の承になります。
続きは後日。
2010/11/02 【ハリー】 URL #- 

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