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□ エリーシア戦記65 □

65-1

【神聖紀1233年10月、セリア】
 ※親衛隊屯所
 グランクロス宮殿東郭の搦め手門の前に、親衛隊屯所がある。その門に、秋季新隊員募集の垂幕が涼風に揺れていた。
「番号を受け取ったら、白線に従って奥へ進んでください」
 受付の机の前に立ち、香子が、黄色いメガホンで叫んでいた。そこへ立派な身なりの子供が近付いて来る。
「おい、ワ人の娘」
 子は、横暴に呼びかける。
「はい」
 呼ばれて、香子は振り返る。いつも通りに視線を少し上げていたが、その先には薄い雲が広がる秋の空にしかない。
「クルージェ子爵である」
「……」
 声に誘われるまま視線を落とすと、潰れた肉まんを思わせる小柄な少年が立っていた。
「余もここに並ぶのか?」
 手を常に背中で結んで、背筋を倒れる寸前まで反らし、顎を少し突き出して喋る。威厳を出そうとしているようだったが、上を向いた鼻から鼻水が出ていて、全てを台無しにしていた。
「えーと、貴族の子弟の方は、実技免除です。下の青い線に沿って、右手の建物に入ってください。簡単な筆記試験があります」
「ご苦労」
 子爵は、背で手を組んだまま、ゆっくりと歩き出す。が、香子の言葉を無視するように、真直ぐに進んでいく。
「あ~あ、そっちじゃありません。右に曲がってください」
「そうか」
 大仰に頷いて、左を向く。
「青色の線」
 香子は何度も足元を指差して、叫んだ。
 ようやく子爵は足元の線に気がついて、少し照れたような笑顔を見せた。そして、堂々とした足取りで、香子の方へ近付いて来る。
「誰か、子爵を案内して……」
 受付の隊員に指示を出した。そして、書類で口元を隠しながらぼそりと呟く。
「親衛隊に入っても、バカは治らないのになぁ……」

 その頃、実技会場となっている矢場では、ランの掛け声に合わせて、受験者達が一斉に素振りを行っていた。
「面、面、籠手、突き、払いながら一歩下がって、正眼の構え」
 ランは、光る汗を振り散らす受験者の間を泳ぐように歩き、鋭い眼光で、全員の動きをチェックしている。
「はい。そこまで」
 何度も激しく手を叩いて、受験者に素振りを終わらせる。そして、また最初の位置である前方中央へ戻りながら、荒く肩を上下させている受験者を指差していく。
「オレンジのお団子頭、銀髪の天パー、メガネは残れ。はい、次。ぐずぐずするな」
 落ちた受験者達が一斉に肩を落とし、隅へ流れるように退き、入れ替わって、緊張を漲らせた人々が会場一杯に広がっていく。
「面、面、籠手、突き、払いながら……そこ、動きが固いぞ!」
 厳しい声が容赦なく飛ぶ。

 その頃、満席になった筆記試験会場に、ぽっちゃりした女性隊員が入ってきた。
「え、えーと、試験管のス、スーザン准尉です」
 受験生よりも、試験管の方が緊張しているようだった。ややどもりながら、何とか自己紹介した。
「今から、黒板に問題を書きますので、今からお配りする白紙の紙に答えを書いて下さい。では、ドンファン上等兵、配って」
「はい」
 紙を行き渡ると、スーザンは、黒板に問題を書き始めた。
「第一問は国語の問題です。名前をフルネームで書きなさい」
「第二問は理科。春夏秋冬の中で、一番は寒いのはどれですか?」
「第三問は数学。好きな九々の段を一段書きなさい。ただし、7の段は難しいので、選んではいけません」
「第四問は歴史。全宇宙の絶対者、宇宙の法にして、秩序であり、偉大なる我らが祖国を建国したカール大帝が建国した国は、常勝不敗の大サリス帝国である。○か×か?」
「最後、第五問は一般教養です。『マリー先生の五つの誓い』を全て書きなさい」
 書き終えたスーザンは、隅に置かれた椅子に坐って、強張った顔の筋肉をほっと緩めた。そこへドンファンが寄って来て、暫く二人はいちゃいちゃする。そして、だいたい一時間が経過すると、徐に立ち上がった。
「では、解答用紙をドンファン隊員に提出して、退室して下さい。配点は各一点です。95点以下は不合格になります。それから、机に零した涎は自分で拭いてください」

 実技試験会場では、二次試験の模擬戦が行われていた。
「やァ!」
「それまで」
 最後の組の決着がつくと、ランがメモを片手に試合場の中央に出てきた。
「番号を呼ばれた人は残れ。10番、12番、44番……」
 勝敗に関係なく、筋の良かった受験者の番号を読み上げる。呼ばれなかった受験者が、ぞろぞろと荷物をまとめて去っていく。そして、笑顔を隠し切れない若者たちが、20人ほど、広々とした会場に並んでいく。
「残った者は、履歴書を提出して。そして、地面の赤い線に従って、宮殿の中に入って、面接を受けて」
 その一言で、受験者達の顔に、また不安な影が刺す。
「どんな質問があるのでしょうか?」
「さあ、参謀本部が仕切っているから。まあ馬鹿が一匹いるけど気にしないで」
 書類を整理しながら、淡々とした口調で、ランは答えた。

「ただの隊員には用はない」
 面接会場の壇上で、一列に並んだ受験者に向かって、オーギュストが絶叫する。
「この中に、暗黒面に落ちた騎士、サイバーダインシステムズ・モデル101シリーズ800、彼氏が変な蜘蛛に噛まれたヒロインがいたら、私の所に来なさい!」
 夕暮れ時、カラスの鳴き声が、閑散とした面接会場にこだまする。開いた窓から吹き込む秋風も、冷たさを感じ始めていた。
「そして、誰も来ない……」
 誰もいなくなった会場で一人、ヤンが寂しげに呟く。
「まあ来られても困るのですが……」
 手持ち無沙汰に、鉛筆を回す。

 城壁の白い壁が、夕焼けで赤く染まっている。全ての試験が終わり、ランと香子は、後片付けに大忙しだった。
「姉御、いえ、隊長代理、この看板どうしますぅ?」
「看板は倉にしまえ」
 隊長代理と呼ばれて、ランは、満更でもないようで、吹き上がってくる笑いを懸命に押さえようとしていたが、強く結んだ口元がたびたび緩みかけ、開こうとする眉を止めようとして、ぴくっぴくっと断続的に痙攣させていた。
「隊長代理、もう倉は一杯です」
 作業中の隊員が、悲鳴のような声で報告する。
「数は同じなのに、どうして、入らない?」
 ランは上擦った声で問う。「知りませんよ」と隊員は不平そうに答えた。
「やっぱりアンさんがいないと、人手不足ですよね」
 横で、香子が率直な意見を述べる。
「……」
 ランは何も答えず、ただ指示の声をよりいっそう荒げた。
「痛んだ椅子は、皇宮衛士隊に、くれてやれぇ!」
「ラン隊長代理」
 その時、いきなり名前を呼ばれて、ランは水を浴びせられたように飛び上がり、思わず香子の後ろに隠れてしまう。
「隊長からです」
 伝令の隊員が、淡々とメモを手渡す。
「何ですぅ?」
「すぐに事務所まで来いとさ」
「えー、この忙しい時に」
「まったく、仕事もせずに、茶ばっかり飲みやがって! 根性叩き直してやる」
 ランは、メモを握り潰すと、前のめりになって歩き出した。
 隊長室に入ると、すぐに2メートルを越える大男二人が、ぴたりとランの背後に立った。
――憲兵?
 腕のワッペンを見て、ランは、顔に嫌悪感を滲ませる。
「実は――」
 親衛隊隊長のナンは、身分不相応な大きな机から、サングラスを取りながら立ち上がった。
「アンの件で、上司も責任を取ることになった」
 重い口調で、話し始める。
「はあ」
 ランは無表情に返事する。内心では、『さてはこいつの左遷が決まったか。後任の隊長はボクだな』と勘繰っていると、ナンはとんでもないことを口走った。
「そう言う訳で、君もアン君と一緒に禁錮刑になってもらう」
「はーーぁ?」
 顎が外れるほど大きく口を開けて叫ぶ。
「君たち二人は特別仲良かったから、この機会に更なる親睦を……」
「何言ってんだ、テメェ!」
 最後まで聞かず、ランは大きく一歩踏み出して、乱暴な口調で喚く。
「まあ修行だと思って」
「思えるかァ!」
「でも、誰かが責任を取らないといけないから」
「テメェが取れよ、テメェが!」
 両手を上げて、ファイティングポーズを取ろうとするが、すぐに両脇から憲兵に掴まれた。
「ほら、僕は体が弱いから」
 ナンは、急に咳を始める。
「初耳だぞ、ゴリャ!」
 ランの狂気の抗議にも、ナンは涼しい顔で、前髪を払った。
「母が心配して、誰かに代わってもらいなさいって」
「マザコンかァ!」
 両腕を塞がれても、ランは、足を交互に突き出して、何とか蹴ろうと頑張る。
「上帝陛下も、副とか代理とかは、上官の責任を(代わりに)取るためにある、と仰って下さったし」
「呼んで来いよ。勝負してやる!」
「まあここは穏便に。お元気で」
 ナンは胸ポケットから白いハンカチを出して、大男に引き摺られて行くランへ、ふわりふわりと振った。
「死ね、死ね、死んでしまえェ」
 ランは必死に唾を吹き掛けようとするが、僅かに飛距離が足りない。
「南総だな」
 そして、ナンは、机の上の蜜柑を指で弾いた。
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Date:2010/10/31
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