2ntブログ
現在の閲覧者数:

HarryHP

□ スポンサー広告 □

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

web拍手 by FC2
*    *    *

Information

□ エリーシア戦記69 □

69-1

第69章 杯盤狼籍


【神聖紀1234年10月セリア】
 星が降り注ぎそうな夜だった。
 湖から吹く風が、高く薄い雲を蜘蛛の糸のように吹き流している。帝都セリアから夏の熱気が失われつつあった。日が沈むころには肌に涼しさを感じる。
 天空はさぞ寒かろう。まるで、星たちは震えるように燦々と輝いている。
 ローズマリーは、コーヒーカップを両手で抱いて、湯気が消える先をぼんやりと眺めていた。
「本当にいい月だね」
「ええ――」
 ローズマリーの膝の上に、オーギュストの穏やかな顔がある。彼もまた安らかな表情で、遥か彼方を見上げていた。
「ええ、そうね」
 無限の星が散らばる満天の空を、孤高の月がゆっくりと船のように進んでいる。
 二人には不釣り合いな小さな中庭である。木々も花もどれもありふれたもので、気ままに伸びている。庭にたった一つのベンチは、雨で塗装がはげている。そこで、膝枕をして、されて、二人は、言葉少なに長い時間を共有していた。
「月が横を通るときには、星たちも驚いて瞬きを止めるのかしら?」
「実はね――」
 ローズマリーの声は、秋の虫たちの声を伴って、歌のように静かに流れている。オーギュストは、心の奥に仕舞い込むように、そっと瞼を閉じた。
「星たちは、月よりずっと遠くにいるんだよ」
「ふふふ、また」
 ローズマリーは、「からかわないで」と無邪気な声で笑う。
「おかしいかい?」
「ええ、あなたらしいわね」
 膝の上へ視線を落とすと、口に手を当てていた手をそっと下ろした。それから、優しくオーギュストの漆黒の髪を掬い上げる。
「この世界が、天と地に引き裂かれて、どれくらいの人が、この満天の空に、願いと祈りを捧げたのでしょうね?」
 その寂しげな声は、どこか秋の風のように、憂愁を感じさせた。
「地上は叶わぬ願いと届かない祈りに満ちているよ」
 また夜空を見上げる。
「ええ……きっと、そうね」
 その瞬間、三つの流れ星が落ちた。
「ああ、いっちゃった……」
 切なげな声とともに、思わず手を伸ばし、虚しく宙に泳がせてしまう。
 オーギュストは、瞳を開いた。赤い瞳が、散り逝く星々に劣らぬ光を煌々と発している。
「マリー」
「うん?」
「俺は当分ここには来られない」
「そう」
 静かに頷く。
「俺は戦士(おとこ)に戻る。他人の愛する子を、他人の敬う親を殺さねばならない」
「……」
「君の、君の一族が背負う業をすべて引き受けて、俺はこの大地に這おう。君は聖者として、あの天で待つ星たちのもとへ登ってくれ」
「ええ」
 ローズマリーの頬を伝った滴が、オーギュストの乾いた肌を濡らす。


 暖炉に火が入った暖かな部屋で、母親が、幼子に絵本を読み聞かせていた。
 母親は、絶えず、薪の残りを気にしている。
 急に涼しくなってきたので、早々に暖炉を用意させた。しかし、準備は整わず、十分な薪をまだ集められていない。この一夜、室内を暖め続けられるか、彼女は、この世の終わりを思うように悩んでいた。
「平和とは、言葉さえいらぬ人々に宿るものなのだ――」
 ページをめくる。
「幸福とは、すべて許し合える愛だけが呼べるものなのだ……」
「……眠い」
 子供が目をこする。同じ年の子よりも、小柄で痩せている。
「ベッドへ行きましょうね」
 ティルローズは、子供を抱きかかえて寝室へ向かった。ベッドに寝かせて、布団を首までしっかりかける。ランプの灯りを少し弱めてから、お休みのキスをし、足音を控えて居間に戻る。
 と、窓際に、ワインレッドのシャツに、黒い革のロングジャケットを着た男が立っていた。
「あら、来ていたの?」
 肩にかかった豪奢な黄金の髪を払う。
「ああ」
 男はグラスに酒を注ぐ。
「熱いな、この部屋」
 そして、窓を開けて顔を外に出した。
「気に入らない?」
 ティルーズは、汗の滲む眉間を険しくして、腰に手を当てながら、オーギュストを睨む。
「否」
 オーギュストは、桟に腰を引っ掛けて、足を交差させる。そして、ティルローズへグラスを掲げる。白い夜衣姿が、黄金色の酒の中に溶け込むように映る。
「ここはどうだ?」
 オーギュストの指示に従って、ティルローズは、息子のカール6世を連れて、郊外の森の中に新築された城に移っていた。正式には、ティアクロス宮殿と呼ばれている。
「まだ、手が行き届いていないわ。見て、薪が少ないの。それに……」
 指先で、前髪を払って、ため息を一つ落とす。
「直になれる。ここは森の精霊の加護を受けているから、生命力を高める」
「ええ、あなたを信じるわ。……私にはそれしか選択肢がないのだから」
 運命と戦い続ける勇敢な女性の顔に、微かに弱さが滲む。一人で背負っていた重荷を無条件で共有する存在に、彼女は頼もしさと安らぎを感じてしまう。
「すまない。君にばかり」
「止してよ。らしくない、ことを言うのは……」
 思わず、涙が浮かび、鼻を一度すすっている。そして、震え出そうとする身体を守るように、きつく左肘を掴んだ。
「ほんとに、止めて……」
潤む瞳を隠すように、首を傾げて前髪を垂らす。その隙間から、その真剣な表情を見据えた。
「もうアルテブルグへ遠征に出掛けるの?」
 一見普通のジェケットのようだが、戦闘用に愛用しているものだ。表面は対魔加工が施されてあり、内側にも無数の武器が隠されている。
 また一人残されることを思って、否定しがたい寂寞感が胸につのる。
「否」
 淡々とした声で答えて、微かに首を振りながら、徐に近付く。途中で、テーブルにグラスを置いた。
「その前に、少し掃除をしなければならなくなった。約束の時間に、まだ間があるから顔を見に寄った」
 オーギュストの腕が、細い腰を抱く。ティルローズは、そのまま身を任せて、泣き出しそうな顔をその逞しい胸に添わせた。微かに聞こえる鼓動が、心を温かくさせる。
「何かあったの?」
「大丈夫」
 耳元で優しくささやく。
「あの子に仇なす者どもを征伐し尽くす。それだけのことだから」
「ええ」
 ティルローズの瞳が冷たく光る。おそらく、カール6世は、生涯一度も戦場に立つことはできないだろう。そう思うと、焦燥感が身を焦がす。
「女だろうが、子供だろうが、容赦はしない。どんな犠牲さえも厭わない。魑魅魍魎を一掃できるのなら、街どころか国さえも焼き滅ぼそうとも構わない」
「サリスよ、永遠たれ」
 呪文のように、密やかに呟く。
「サリスに栄光を」
 二人は唇と唇を強く押し当てて、熱く口付をかわす。まさに、二人だけの密約を強く心に刻むように激しい。
 そして、オーギュストは唇を耳元へ移す。
「我が最愛なる妻よ。俺の息子を頼む」
「ええ、いいわよ」
 答えて、ティルローズは、もう一度キスをねだろうとする。しかし、続く予期せぬ声が、時の流れさえも凍らせる。
「決して我が意に背かせぬように」
「わ、分かっているわ……」
 刹那、ティルローズの全身から汗が噴き出ていた。
「愛しているよ、俺のティル。俺だけのティル」
 オーギュストは愛おしそうに、黄金の髪を何度も撫で下ろす。
――こ、こわい……。
 息が詰まる。心が戦慄している。ティルローズは、呼吸さえも、ぎこちない自分自身に気が付いた。


 宵の口、サリス帝国最大の貴族ルブラン公爵夫婦とロックハート将軍夫婦が、グランクロス宮殿の三郭内を歩いている。
 三郭内には、オーギュストの寵愛を受ける女性たちの御殿が建ち並んでいる。
 赤瓦に青瓦、さらに、金や銅さらに鉛の屋根などなど、どれも絢爛豪華な装飾で満ちている。華やかさでは、宮殿の象徴である黄金の浮遊塔さえも凌いでいるだろう。
 週末には、何処かで必ずパーティーが行われ、その来賓の数を競っている。この夜は、ミカエラのパーティーが催されていた。
「クリスティーにアポロニア、揃いもそろって強敵ですなぁ。あははは」
「お笑いにならないでください」
 先を夫たちが歩く。
「アポロニアにカイマルクを奪われれば、軍内部での小官の立場もなくなります。そうなれば、益々アーカス勢がのさばることになりましょうぞ」
 髭を震わせながら、苦々しい声で告げる。それに、ルブラン公マテオは扇で顔を遮った。
「そこで、義理の姪を上帝陛下に献上し、絆を深めたいと?」
 義理の姪とは、ランの姉、リタ・ベス・ロックハートのことである。
「はい、彼女はカーン公爵家の末裔です」
「ふーん」
 マテオは唸る。速断を避けているようだった。
 それに、ロックハート将軍の鼓動は否応なく速くなっていく。今、この大貴族に取り入り、望みを繋げるしか方法はない、と彼は必死に思っている。
「話は分かるが――」
 マテオ自身も、オーギュストの歓心を買うために、美貌の従妹を差し出している。さらに、後宮からエマを譲り受けて、正妻としている。オーギュストとのそういう関係で、由緒正しい家を守り、かつ、自らの権勢を高めている。
「上帝陛下のお側には、我が従妹アメリアをはじめ美女が揃っておられる」
「はい、存じております。ですから、その花園に、我が姪をお加え頂き、彼女にも至高の喜びを与えていただきたいのです」
 思わず、体を寄せて、鋭い眼光で熱弁をふるう。しかし、大貴族は動じない。
「上帝陛下におかせられましては、今はいたくメルローズ様に、ご執心のご様子であらせられる。さらに、最近親衛隊から一人お召し上げなされたとか。時期が悪かろう」
「そこを是非、公爵閣下にお口添え願いたいのです」
「そーおーよーのぉー」
 何処までも、マテオは煮え切れない。この乱世を生き抜く、これも彼の処世術なのだろう。
 ここに至って、頼るべき相手を間違えたかとロックハート将軍は内心歯軋りした。
「見よ――」
 ロックハートのとの距離が空いたのを横目で確認して、マテオは、いきなり扇を閉じて、周囲の色とりどりの屋根を指した。
「七殿五舎と言うが、定員をオーバーしている。今度は堀を埋めるという話だ」
「はい」
「逆に余っておられるのだから、一人お譲り願えばよい」
「はあ」
 意味の分からない話に、思わず落胆の溜息をもらす。
「なかなか良いものだぞ。あのお方が攻めたものを、攻められるというものは。がははは」
 今度は、勢いよく扇を広げて、盛大に仰いだ。
「そういうものでしょうか……」
 ロックハート将軍は、今一納得できない。
 一方、彼らの少し後方を、夫人たちが歩いている。
「難しいでしょうね」
 エマが即答する。それに、ローラは、夫の嘆きを思い、顔を曇らせた。しかし、内心はホッとしている。何も好き好んで、姪に苦労させる必要はない。
「後宮は伏魔殿です」
「……」
 その声の深刻さに、胸の奥がドキリとなった。
「寵愛を受け続けるには、大変な努力と才覚が必要です」
「はい」
 何となくだが想像はつく。地方の社交界でも人間関係は大変なのに、この宮殿では自分の想像など及ばない出来事の連続であろう、と率直に思う。
「今最も寵愛されているのは、エヴァ・ディアンでしょう。彼女は娘とともに夜伽を受けているとか。それに、ローズマリー様もティルローズ様も、何度も共にお相手なされているとか」
「そうなのですか?」
 驚きで、心臓が破裂しそうである。
「あなた方に、その工夫が思いついて?」
「……」
 冷たい声が、ローラの胸を切り裂き、咄嗟に言葉を返せない。
関連記事

web拍手 by FC2
*    *    *

Information

Date:2013/01/18
Trackback:0
Comment:0
Thema:18禁・官能小説
Janre:アダルト

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://harryhp.blog.2nt.com/tb.php/72-9e4ded53
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)