【アルティガルド王国ヴァンフリート】
北岸のヴァンと南岸のフリートを合わせてヴァンフリートと呼ぶ。この街は、アルティガルド王国中央部に位置している。アルティガルドの母なる大河フリーズ大河は、このヴァンフリート辺りで、幾つか川を吸収し、南に大きく振れて、エリース湖に注ぐ。
フリートの繁華街の路地裏、都市の喧騒から忘れ去られた袋小路に、週末小さなテントが現れる。
よく当たると評判の占い師がいるとして、長い行列ができている。テントの中には、甘い香りの香が炊かれて、赤い蝋燭の炎が幻想的に揺れている。
真紅のテーブルクロスの上には、カードが円を描くように並べてある。
「明日の夕刻――」
青色の薄いベールで、顔を隠した女が、カードを一枚めくって、客の眼鏡の女性に告げる。
「教会前の公園に行きなさい。そこで、赤いマフラーの男に会います。その者が、あなたにヒントを与えるでしょう」
眼鏡の女性は、懇切丁寧に頭を下げて、退室する。次に、赤いマフラーの男が入ってきた。
「公園で――」
カードを並び替えて、一枚めくる。
「眼鏡の女性が、あなたに声をかけてきます。このままでは破滅が近いことを伝えるのです」
赤いマフラーの男は、疑心暗鬼に退室する。
「私の占いは当たる」
その背に、念を押すように言う。
調度その時、12時を示す鐘が鳴った。
「お疲れ様です。アリーセ様」
ワ国人の少女が、コーヒーを運んできた。
「キョーコ、ありがとう」
顔を包んでいたベールを外した。清楚で気品のある顔にかかった灰色の金髪を払う。そして、疲れをたっぷりと含んだため息をコーヒーの上に吹き、小さな波紋を作り出した。
彼女は、アルティガルド王国軍によって滅んだ子爵家の令嬢アリーセ・アーケ・フォン・ハルテンベルクである。
「お疲れのところ申し訳ありませんが、今夜も常連客から、占いの依頼が来ています」
キョーコの手に、手紙の束がある。
「そう」
アリーセはコーヒーカップを置くと、紐を口にくわえて、髪を束ね直す。
ようやくここまで来た――と彼女は思う。
「ゴースト、もう一度よ。来て」
アリーセが呼ぶと、手のひらに乗るような小さな猫が現れた。そして、並んだカードの上を行ったり来たりして、ついに居心地の良い場所を見つけて、カードの上で丸くなる。
「これね」
アリーセはそのカードをめくる。
「不吉ね……」
小さな猫は、禁断魔術で契約した召喚獣である。
キョーコとともに古代遺跡を探検し、運よく魔術書を発見した。直ちに儀式を行い、召喚した獣と契約をかわした。その能力は、百発百中の占い能力だった。
彼女はこれを『ゴースト』と名付けた。
常連客は皆この地方の有力者である。
地下にもぐり、闇に隠れて、よく当たる占い師として顧客を増やしてきた。いつしか都市伝説となり、先の見えない時代に怯えた人々が、さらに集まるようになった。これらを操って、上流階級に取り入り、さらに、依存させるように仕組んだ。そう苦労はいらなかった。
「……」
キョーコは、占いに集中するアリーセの目を盗んで、手紙の束の中に、袖から取り出した書簡を紛れ込ませた。
「これは!?」
そして、今気づいたように、驚きの声を上げる。
「どうしたの?」
「ルドルフがまた略奪と虐殺をしたようです」
「またなの?」
思わず、アリーセは机を叩いた。
「いったい幾つの街を廃墟にすれば気が済むの、あの男は……」
吐き捨てるように言う。
救国を志して、『メーベルワーゲン大会』(67章参照)に集まった面々は、今やばらばらである。
インテリ派のロマンは、一部の武闘集団が離脱して以来、森の中に逼塞し、完全に沈黙している。もはや当てにはならない。
一番目立っているのが、盗賊上がりのルドルフであろう。各地を転戦して、暴れ回っている。殺戮、略奪、勝つために手段を択ばない。そのやり方に、市民の間に反感が募っている。
「これは、ヴェロニカさんからの連絡です。ヴォルフが軍に追われて、そのルドルフと合流するようです」
「あの坊や、また負けたの?」
呆れた声を上げた。『メーベルワーゲン大会』で「みんなで一つにならないと、政府軍には勝てないぜ!」と叫んで、一躍有名人となったが、その後、闇雲に小規模な戦闘を繰り返しては、そのたびに負けている。すっかり「戦えば負ける男」と揶揄されるようになった。
ルドルフとヴォルフ、この二人を何とかしなければ、反政府運動そのものに悪い影響を与えてしまうだろう。
アリーセはカードをめくる。『毒』と『毒』が出た。
「毒を以て毒を制する、と云うことでしょうか?」
キョーコが横からさりげなく助言する。
「……そうかもしれないわね」
アリーセは深く考え込みながら、無意識に小さく呟く。
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