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第九章 神韻縹渺

第九章 神韻縹渺


【神聖紀1223年8月、スピノザ城館】
 スピノザ家の面々は、3階の食堂に集まっていた。頑丈な外壁の外側に増築された木造の棟で、極端に薄く、さらにやや湾曲している。また、この城館では珍しく大きな窓が帯のようになって、非常に明るく、温かみを感じさせている造りになっていた。
 室内の木材はダークブラウンで塗られ、窓の下には色とりどりの花が並んでいる。そして、この部屋の中央には、長方形の食卓がある。端にミカエラの母ロサが、その反対の端に、ロベルト・デ・スピノザ男爵が、また、壁を背にミカエラが、窓を背にフリオが座っている。
 4人は穏やかに朝食を取りながら、談笑を楽しんでいた。内容はアーカスでのディアン義勇軍の話がほとんどで、それをフリオは夢中で聞いている。
 フリオは叔父と打ち解けているし、母親のロサも男手として頼りにしているようである。ミカエラ自身も、肉親としての親しみからだろうか、何処か心を許している部分があった。
「ちゃうちゃう、ディアン殿は皇女様たちとは一線を画して、武骨なまでに戦いに専念されていた。あの無私の姿は見事だった。まさにあれぞ、武人の鏡」
「では、その右腕がリューフ殿ですね?」
「ちゃうちゃう、あれは頭の中まで筋肉だ。すぐに暴れる。どれだけ善良な者を罪無く斬った事か。我が友もその野蛮な刃に……まさに猛獣。ディアン殿が良く飼いならしていると思う」
「それじゃ、ディーン殿?」
「ちゃうちゃう、あれは一番年下で、マスコット的存在だ。父親がディアン殿と知り合いで、敗残兵で故郷に居場所が無いから引き取ったらしい」
「それでは……?」
「やはり、片腕というならマックス殿だろう。あの体格から、武勇はリューフ殿に匹敵しているだろうし(たぶん)。また、智勇でも、いつも側に置いているほど期待が高い(らしい)」
「なるほど」
「そうだ。お前も一度ローズマリー様にお会いしに行くと良いだろう。私が話を通しておこう」
「ありがとうございます」
 ロベルト・デ・スピノザ男爵は、甥のフリオに大物気取りで話している。
「……」
 それを無表情に聞きながら、ミカエラはナプキンで口を拭う。
――これはすごい!
 ナプキンで隠した口元が、微かに弛む。
――ここまで御し易ければ、ディアン義勇軍が目を付けたのも頷ける……
 そして、ナプキンを下ろすと、少し自嘲気味に微笑んだ。
 そこに紅茶が運ばれてくる。小さく「ありがとう」と囁いて、ミカエラはカップを口へ運ぼうとする。と、振動で表面が揺れた。
「本当に、いつまで続くのかしら」
 母親のロサが溜め息混じりに呟く。
 最近、ナルセスによって、突貫工事で改築が進んでいた。この振動も何処かの壁を取り除いた音であろう。
「お母様、勝つまで、ですよ」
 そうミカエラが言うと、透かさずロベルトが口を挟む。
「戦いは私やディアン殿に任せてもらおう」
「そんなに仲が宜しければ、私の部屋を取り戻してください」
 そう言い残して、ミカエラは席を立つ。そして、扉へと歩きながら、そっと窓の下へ視線を落とす。
 そこでは、ディアン義勇軍の幹部の一人ミレーユ・ディートリッシュが、部下を引き連れて狭い通路を歩いている。その脇では、スピノザ家の武官が道を譲って、敬礼している。
 ミレーユは女性だが、クリーム色の髪を短く刈り、また左目の上には傷もあった。女らしさの欠片も感じさせず、聖騎士よりも、剣闘士という名が相応しい風貌である。
――このままじゃ終わらない!
 その我が物顔で歩く姿を、ミカエラは冷たく見下ろす。

 部屋に戻ったミカエラは、部屋の中を一度見て、慌てて顔を廊下に戻し、注意深く左右を確認する。それから改めてドアを閉めた。
「誰?」
 開いた窓に向かって、小さいが鋭い声で問う。
 と、碧色の羽に長い尾の鳥が、窓から入ってきて、机の上に堆く積まれた本の上に留まった。
「私だ、ミカ。オスカル・ド・ヴィユヌーヴだ――」
 鳥は、赤い嘴を動かし、聞き覚えのある声で語り始める。
「相談がある。君にとって悪い話じゃない」
 ミカエラは少し離れた鏡台の前の椅子に座り、黙って鳥を見詰めた。


 その頃“茜の間”では、ナルセスが地図を見て唸っていた。
「ナバール軍の前線基地であるボーエ城に、先日、先遣部隊が入った。本格的侵攻も間直だろう」
 ロベール・デ・ルグランジェが頷く。
「こちらから先手をとって、このボーエを奪うというのは? 私に500与えてくれれば、今夜にでも夜襲を」
「面白いが、この城を守るヴィユヌーヴという男はなかなか使えると聞く」
「なるほど。そいつは大変だ」
 マックスが大きな声で頷いたが、二人はそれを無視して話を進めていく。
「しかし、出鼻を挫く事も、無意味じゃない」
「月が出ている。夜襲にはむかんだろう」
「しかし」
 ルグランジェはそれでも食い下がる。彼は、赤い髪の長身の男で、目と眉の間が極めて狭い。太く反り上がった眉と、鋭い眼光は、猛禽を連想させた。
 常に、軍服の襟を開け、腕も袖を肩まで捲り上げて、自慢の筋肉を誇らしげに晒している。
 元々下級貴族の出身で、巨大なグレードソードを自在に操る剣豪として、優秀な聖騎士と評されていた。
 しかし、サリス皇女を守って敗走を続ける中で、ゲリラ戦に目覚め、容姿も性格も野性的なものに変化していった。ただ真っ直ぐに伸びた髪だけが、出自の良さの名残となっている。
「ギュスがパスカルを指名したのが不服か?」
 それに、やや斜めからナルセス訊く。
「そんな事はない」
 ルグランジェはむっとして顔を背ける。
「お前の攻撃力は、誰もが評価している。小細工は他の者に任せろ」
「では、先陣を俺に」
 グランジェが身を乗り出した時、背後の扉から音がした。
「失礼する」
 そこに、パーシヴァル・ロックハートが現れた。黒い髪をきちっと整髪して、真摯な顔立ちと物静かな黒い瞳は、信頼と安心を与えてくる。
 その姿を見て、ルグランジェは踵を揃え、胸を張って、敬礼をする。
「サリスを救った高名なディアン殿とともに戦える事を嬉しく思っている」
 武人らしい爽やかな笑顔で、ロックハートはナルセスに手を差し出す。
「今度の戦いはサリス復活への第一歩となりましょう。ともにサリスのために戦いましょう」
 ナルセスは立ち上がると、ロックハートの手を取る。
「あ、その言葉をどれほど待った事か」
 歓喜に瞳を潤ませて、ロックハートは、両手でナルセスの手を強く掴む。
「……い、いたっ」
「あ、これは失礼した」 
 痛みに、ナルセスが表情を歪めると、昂奮した自分を羞じるように、ロックハートは慌てて手を引っ込める。
「大佐には、我等の主力になってもらいます。宜しいでしょうか?」
「無論。ディアン殿に胸を借るつもりでここに来た。何でも言って下さい。奮戦致しましょう」
「そう言って頂くとありがたい。軍議は23日です。その際には遠慮のない意見を」
 ロックハートは大きく頷いた。
「ところで、ローズマリー様の秘書を務めていた軍監も来ているとか? 一度会っておきたいのだが」
「さあ、気侭な男で、忙しく動き回っていますから、そのうち会う機会もありましょう」
「そうですか……」
 ロックハートが残念そうに言うと、マックスが口を開いた。
「確か、神殿に向かうと言っていましたよ」
「神殿? オルレラン軍が駐留する予定の場所ですな……」
 ロックハートが怪訝そうに呟く。
「そうでしたかねぇ~」
 ナルセスは大きく見開いた眼でマックスを見つつ、机の下で、ペンを圧し折る。


【スピノザ神殿】

……
………
 アフロディースは夢を見ていた。
 赤い月から銀色の糸が垂れ落ち、氷の結晶によく似た蜘蛛の巣を作っている。その上では、アフロディースが雁字搦めに縛られて、仰向けに捉えられていた。
「あ……い、いや……」
 蜘蛛のように這って、男が下半身に迫る。
――また負けてしまった……
 もう何度目になるだろうか、とアフロディースは力無く思う。
「くくく……」
 影だけで実態を見せない男は、薄く嘲笑したようだった。そして、すらりとした美脚を掴んで、強引に前に倒して、身体を折りたたんでいく。
 それに全く抵抗できずに、されるがまま、膝が肩の上に落ちる。
「あ、ああん……だ、駄目ぇ……」
 天空の赤い月に向かって、秘列が曝け出された。
「くくく……」
 また、男が笑ったような気がする。
「これ以上…無理…よ……」
 アフロディースが屈辱にすすり泣いた時、男の長い舌が秘唇へと伸びてくる。そして、舌腹を強く押し付けると、柔らかな粘膜を抉るように舐め上げた。
「あ、うう……うっうっ……」
 莢[さや]から剥き出されたクリトリスを 勢いよく弾いて、長い舌が跳ねる。と、熱い滴が飛び散り、引き締まった腹部へと舞い落ちた。
「ひぃ、あぁん」
 アフロディースは瞳を潤ませ、紅潮した頬を引き攣らせた。そして、口は開けたまま固まり、小鼻は膨らんで、艶やかなに息をもらす。
「むっ、ぅん……」
 その溢れ出た淫らな声に気付いて、慌てて唇を噤む。そして、拘束された手足をばたつかせて、まるで思い出したかのように、もがき始めた。だが、腕は糸で縛られて、微動だにしない。さらに、そのアフロディース自身の力が、身体を束縛する糸に伝わって、豊かな胸、括れた腰、白い太腿などをきつく締め上げる。
「はっ、くぅっ!」
――痺れる……ッ!
 緊縛された身体をいっぱいに仰け反らせて、ブルブルと身悶える。
 これが夢だと言う事は分かっていた。こんな夢を見るべきでない事も、こんな気持ちになるべきじゃない事も……十分分かっていた。
「また、また……こ、怖いわ!」
 アフロディースは身体だけでなく心までも震えていた。もう何度も味わい、覚えこまされた劣情である。身体はすっかり肉の疼きに馴染み、心は悦楽に染め抜かれている。もはやこの淫欲から逃れる事は出来ない、このまま絶頂を迎えるしかない、と芯の強い彼女とは想えないほどあっさりと観念している。
「違う。私はそんな女じゃない……」
――夢なんだから、現実じゃないから、誰にも知られる訳じゃないから……
 必死に叫んだ言葉とは裏腹に、心に生じた隙間に、甘い弁解{いいわけ}が擦り込まれてくる。
「……もう……」
 その時、男は舌で蜜壷を攪拌して、それから、じゅるじゅると音を立てて吸い上げていく。それで、アフロディースの心の結界が崩れた。
「あっ! あっ! あんっ! ああんっ! あああっ!」
 日頃の凛とした姿からは、想像できない喘ぎぶりだった。
「いい、いいわ、いいのっ! とってもいいのッ!」
 白い喉元を突き出して、狂おしい快楽に登りつめていく。
「イっ! くぅうううっ!!」
 そして、絶頂の悦びを叫び上げた。
「はぁはぁはぁ……」
 アフロディースは放心して、蜘蛛の巣の上に裸体を投げ出す。そして、荒い息を吐きながら、断続的に魚のように痙攣した。
『もっと気持ちよくなりたいだろう?』
 男の声がした。
「なりたい……」
 幼稚な声で答える。
 アフロディースの気だるい瞳に、近付く男の肉の塊が写る。正気を失った瞳は、それを意味も分からず見詰めていた。そして、だらしなく半開きになった唇に触れると、それは強引にねじ込まれていく。
「ウ、ウウグ……ッ!」
 裂けんばかりに、大きく口が開く。アフロディースは必死にピンク色の舌で押し返そうとするが、黒い塊は容赦無く突き進み、喉の奥まで蹂躙した。
「んんんーーーッ!!
 アフロディースは、口の端から涎を垂らして、喉を苦しげに鳴らした。
………
……

 アフロディースは目覚める。と同時に、ベッドから転げ落ちて、オエエッと嘔吐のうめきを発した。
「何だ……?」
 得体の知れない不快な体調に戸惑い、そして、その原因に思い悩む。
 気分の悪い起き方をして、アフロディースは朝から不機嫌だった。朝の礼拝の間中、頭には靄がかかり、思考がすっきりしない。ついつい苛立ち、若い神官に声を荒げたりもした。
「私は何をやっているのだ……」
 その行為が、またアフロディースを自己嫌悪へと導き、深い焦燥感を生む。そんな中、アフロディースは木剣を手に取った。
「はっ!」
 神殿の裏には小さな森があり、アフロディースは木を相手に木剣を振るう。程無く、気持ちよく汗をかき、身体が解れてくる。そうなると、次第に気持ちも落ち着いてきた。
「南陵氷狼流“円踏剣舞”」
 円を描くようにステップしながら、高速で小さく回転をする。その力を利用して、次々に強力な一撃を木々へと打ち込んでいく。トントントン、と鮮やかにリズムが森の中に刻まれて、木々の枝が、ざざっ、と揺れ合い、その音が複雑に重なり合った。
 その時、風が吹いた。
 若葉の間を抜けた風は、涼しげで、心まで洗われるようだった。アフロディースは、長い睫毛を閉じて、大きく息を吐く。それから、小さく「良し」と呟いて、きりっとした瞳を輝かせた。
 頭上には、風に舞った木の葉が浮かんでいる。それらを真剣な眼差しで見詰めると、精神を集中させて呪文を唱える。
 と、足元に閃光が走り、次第に魔法陣を描き出していく。
「絶対魔術“重力呪縛”」
 魔法陣から放たれた淡い光が、上空を漂う木の葉を捉えた。しかし、それらは一向に動きを変えず、その範囲以外と同じような速度で去って行く。
「駄目か……」
 美しい眉を切なげに折り曲げる。
 土台無理な話である。一度見たからと言って、あれほど高度な魔術をそう易々と使いこなせる筈がない。
 脳裏に、オーギュストが魔術を操る姿が思い浮ぶ。思わず白く綺麗な歯を強く噛み締めた。圧倒的なまでに強大な魔力、想像を絶する術発動の早さ、そして、ルーン文字で構築された理論の正確無比さ。どれもアフロディースを遥かに陵駕していた。
――一体何処であの知識を手に入れたのだろうか……もっと尊敬できる男なら……
 溜め息が零れる。
 と、突然、木の葉の動きが止まった。
「南陵流の達人ウルフガングは、“円踏剣舞”を宇宙の真理だと言った」
 オーギュストが木の影から現れて、ゆっくりと近付いてくる。
「……」
「お前の動きは見事なまでに、ウルフガングの動きを模倣している。だが、所詮模倣は模倣。その真髄を理解していなければ、奥義を掴むことはできない」
 もっともらしく声である。
「何故月は欠けるのか? 四季は? 昼と夜は?」
「黙れ!」
「それを知らなければ、お前はそこから一歩も動けない」
「黙れと言っている!!」
 アフロディースは木剣を水平に振る。草花がその剣圧に臥した。だが、オーギュストの姿はそこにない。
「幻だったのか……」
 アフロディースは脱力して、膝を折り、そして、両手を地面についた。


 しばらくして、アフロディースは神殿に戻る。そこに、敷地の一部を借りるオルレラン軍の指揮官が挨拶に訪れていた。
 アフロディースが拝殿に入ると、気難しそうな顔の男が丁寧に礼をする。
「オルレラン軍のカフカ・ガノブレード将軍です」
 小太りの司祭が紹介する。
「サイア王国軍です。それに未だ将軍位を頂いておりません」
 “銀の氷剣”と渾名される眼光が、司祭を貫く。
「ああ、も、もう、申し訳ございません」
 即座に謝罪すると、司祭はその場をアフロディースに任せて逃げ出していく。
「あなたがアフロディース殿か?」
「はい」
「あなたの武勇に、我が主『カテリーナ・ティアナ・ラ・サイア』はいたく感服され、これをお贈りしたいと」
 カフカは、部下から剣を受取、それをアフロディースに差し出す。
「魔剣ですか?」
「レヴァンティン。サイアに伝わる炎の魔剣です」
「ありがたい話だが……」
 アフロディースは渋る。
「何も魔物を倒す事だけが武勲ではない」
 さり気無いカフカの言葉に、アフロディースは、かっと眼を見開く。
「水の魔剣だけでは不便でしょう。あなたには炎の魔剣がよく似合う」
「……」
 無言で睨む。
「ディアン義勇軍には、我が手の者もいる。驚く事ではなかろう」
 抑揚もなく、カフカは言い続ける。
「アキレウスはまだ生きている。戦うにはより強力な武器も必要では?」
「何でも知っているのですね」
 苦笑気味に言って、アフロディースは剣を手に取る。
「私はサイア王国復興に全てを捧げている。それだけだ」
 カフカは言い終わると、踵を返す。
「できれば、その剣でアキレウスを討ち取って欲しい。それも吟遊詩人が喜ぶような派手な奥義でね」
「善処しましょう」
 カフカは薄く笑うと、出入り口へ歩き出す。
 苦々しくその背を見送って、アフロディースも背を向けた。その時、扉の取手に手を掛けていた、カフカが振り返る。
「そうそう、そこでサリスの軍監に会いましたよ」
 アフロディースは血相を変えて振り向く。
「……何か言いましたか?」
 頭に血が逆流していく。その中、必死に平静を装い、ようやくそう問う事ができた。
「あなたにスピノザ家のご家族を護衛して欲しいそうです。返事は直接。では」
 カフカはそう言い残して、扉の向こう側へと消えていく。
 独り残されたアフロディースは、指が食い込むのではないかと思うほど強く、剣を握り締める。


【スピノザ城館】
 蒼白な顔をして、ミカエラは城内の磁器の工場へと向かっていた。思考は麻のように乱れ、状況を整理できずにいる。取り敢えず、最も落ち着く場所へと、逃げるように急いでいた。しかし、そこに思わぬ人物がいた。
「ディーン?」
 ミカエラは手摺の無い螺旋階段を降りながら、怪訝そうに呟く。
 オーギュストは大きな壷の前で、頬杖をつき、唇を尖らせて、ぼんやりとしている。
「何をしているの……?」
 ミカエラは静かに呟く。すぐに引き返そうかと思ったが、何か計り知れない力に引っ張られて、螺旋階段を一段一段とゆっくり降りていく。
 その足音に気付いて、オーギュストが目を向けた。
「ルブラン公が大作をご希望でね」
 オーギュストは上目使いで言った。
「……そう」
 ミカエラは答えると、日常{いつも}の涼しい顔をする。そして、力強く床を鳴らして歩き出した。
「そうモチーフは何かしら?」
「鳥」
 そう言って、頭の後ろで手を組んだ。
 その一言で、ミカエラの心臓は凍り付く。
「え?」
「冗談。花鳥風月じゃワ国風だよね。本当は女神」
 オーギュストの声は笑っている。だがミカエラはその顔を見る事が出来ない。
「そう、女神なら、いいモデルがいるのでは?」
「アフロディースのことか?」
 オーギュストは鼻を鳴らす。
「彼女はどうも俺の前だと緊張するらしい。そんなに尊敬することもないのに」
 そう言って、そっと腹部に手を当てる。
「うん?」
 ミカエラは、釦が一つない事に気付く。「それは」と聞こうとした時、オーギュストが座るテーブルの端に立っていた。もうオーギュストの周りの様子が全て観察する事ができる。人の腰ほどある大壷、テーブルにはクロッキー、数種類の鉛筆、そして、小皿。その小皿に乗る色を見て、右手が独りでに微動する。それを左手で押さえつけた。
――赤い顔料……
 この顔料で、このたった一色で、歴史が動き出そうとしている。いや、動かそうとしている男が目の前にいた。そう思った瞬間、背筋が震えた。
――時代が速くなっている……その風の中心を今私は見ている……
 思考の世界に耽っていると、オーギュストが声をかける。
「――だろ?」
「え?」
「工事うるさいだろ?」
 意外な言葉だったが、ミカエラはそつなく答えていく。
「もう慣れました。でも、頑丈に造ってあるから、壊すのも一苦労でしょう」
「苦労はしたが、それももう終わる。朝からマックスが、ファイアウォールの最終チェックをやっているから、そろそろ結果を持ってくるだろう」
「ファイアウォール?」
 見知らぬ言葉に、ミカエラのブルーグリーンの瞳に不安の影が濁る。
「元々火事とかの延焼を防ぐ意味だったのだろうが、魔術通信の世界では、通信妨害とか傍受の意味でも使う」
「そ、そう」
 オーギュストは頬杖をついて、じっとミカエラを見上げる。
「まっ、当然だろ。うちらも素人じゃないから。暗号文とかだけじゃなくて最近じゃ、しゃべる鳥さんとかもいるらしいよ。奥が深いよねェ~」
 そして、テーブルの上に放り出してあった鉛筆を手に取る。
「……そう」
 ほんの僅か、理知的な顔に驚愕の色が差す。だが、すぐブルーグリーンの瞳に、普段の静けさを取り戻した。
「いい顔をする」
 それまでのぼんやりとした表情から一転、オーギュストは真剣な表情をする。そして、クロッキーに鉛筆を走らせ始めた。
「君は強い女だ。どんな剣もはね返す、見事な鎧で身を固めている。一見、一分の隙もないようだが、微かに覗ける君の素顔は、とても魅力的だな」
「……」
 一瞬、ミカエラの左の眉が上がった。だが、今度も即座に涼やかな顔に戻す。
「私に如何しろと?」
 そして、このまま掌の上で踊り続ける気はない、とばかりに言い放つ。その言葉に、オーギュストは笑った。
「君は結論が早い。こういうのも、疲れなくて悪くないね。俺の近くに、感が悪いし、空気は読めんし、余計な事ほどよく喋るし、分かってんならさっさとやれよ、いつもいつも苛々させる男が……失敬。まぁ俺が言いたいのは、もし、『卑怯よ』なんて言われたら、興醒めして、即鎖で繋いだだろう」
「……」
「ただ覚えていた方がいい。人を裏切るという事は、生易しい事ではない。何しろ甘美だから癖にはなりやすい。そして、最後には必ずその身を返ってくる」
「覚えておきましょう」
 ミカエラは澄まして返す。それにオーギュストは微笑む。
「それで……私を、スピノザ家を如何する気かしら?」
「そうだな。今日だけは、調査に不具合があった事にしよう」
「……(何のつもり?)」
 ミカエラは真意を計りかねて、返事を躊躇した。
「心配しなくても、俺は裏切らないよ。そんな必要もないから」
 オーギュストの声は軽く、まるで冗談のようである。
「……そう」
 オーギュストは視線をクロッキーに落として、それっきりもうミカエラには戻さない。
――軽く見られている!
 ふつと閃光のような怒りが走った。常に他者より先を歩き、自他ともに認める才女である。プライドも人一倍高い。それが「お前など歯牙にもかけない」と言わんばかりに応対{あしら}われて、心の中で荒々しい風が疾風のように駆け巡る。
「そう、なら、こちらから条件を言うわ」
「どうぞ」
 紙の上をすべる鉛筆の音が、勢いを増していく。
「叔父をアーカスに戻し、領地の安堵、伯爵位の相続、家族の安全の確約、そして、今度の大戦で第一の功績は、弟のフリオにする」
「……」
 オーギュストは顔を上げず、益々鉛筆の動きを速くする。
「ナルセス・ディアンの代わりに、フリオを盛り上げなさい」
 急に鉛筆が止まる。それに、ミカエラは瞳をきっと開いて、息を飲んだ。
「……できた」
 オーギュストは満足げに呟くと、クロッキーをミカエラの方へ投げる。
「あっ!」
 一目見て、ミカエラの瞳は釘付けになる。
「これが私……」
 そこには、簡単に描かれた女性の顔がある。今にも動き出しそうな生き生きした表情を、白と黒だけの単純な色合いで表現している。いや、それだけでなく、その鮮やかな濃淡からは、怒り、焦り、そして、鋭い知性など複雑な感情を読み取ることができる。
――この男、絵に生命を吹き込んだの……
 緊張感にあふれた絵を、ミカエラは食い入るように見詰める。
「この下に赤いドレスを着たら、もっと美しくなる」
「そう……」
 ゾクリと鳥肌が立つ。全身が引き締まるような激しい感情が、胸の奥底で渦巻き、それが即座に全身へと広がっていく。頭は痺れ、指先は震えて、自分で自分を制御できない。
「ああー」
 と、無意識に感嘆の吐息をもらす。
――見てみたい。彼が描く女神を。きっと傑作になる……
 我を忘れるミカエラに、オーギュストは目を細くする。
「君の協力が必要だ。二人で世界を震撼させる作品を作ろう」
 オーギュストは甘く囁いた。

 その夜、オーギュストとミカエラは“瑠璃の間”で向かい合う。その細長い部屋の中で、ミカエラは赤い衣をまとい、紫がかった紺色の絨毯の上に立つ。
 オーギュストは小さな窓の下、椅子に座ってスケッチブックを抱える。
 薄暗い中で、しんと張り詰めた静寂が、二人の間を包んでいく。オーギュストの操る鉛筆の音だけが、妖しげに響き渡っていた。
 ミカエラは長い衣を身体に巻きつけるように着ている。月の光に照らし出されて、露出した白い肌が銀色に輝いている。その素肌に、オーギュストの視線が突き刺さる。
「はぁ……」
 と、無意識に薄く吐息をもらす。
 身動ぎもせず、ただじっと佇んでいると、感じるのは、満月の鈍い光と、鉛筆の小気味いい音だけである。それはまるで深い催眠状態に誘われたようで、ふわりとした浮遊感に満たされていく。
 そんな曖昧な感覚が支配する中、オーギュストの視線だけははっきりと分かる。胸を、腰を、尻を、足首を、オーギュストの瞳が射抜くたびに、身体の奥が熱く火照っていく。
――サリスの皇女と比べているのだろうか……
 頭の中で、『身体を張ったみたいね』というベアトリックスの言葉が渦巻く。
「はぁ……はぁ……ん」
 と、頬は紅潮し、呼吸は次第に荒くなっていく。不可思議な感情が胸を圧迫し、それを抑えようとすると、もがくような不快感に脳が支配されていく。
「休もう」
 その時、オーギュストの声がした。そして、指で二つのグラスを挟むと、立ち上がり、ゆっくりとミカエラに近付いてくる。
「もう出来たの?」
「まだ。次は座った姿勢で」
「……ええ、いいわ」
 素直に頷いている。オーギュストに対して、それまでとは違う妙な親近感があった。
 オーギュストはさり気無くミカエラの手を取り、ソファーへと導く。
 一瞬、頭の隅を、拒絶の意志が掠める。だが、二人の間で、それは無粋のような気がした。
――このくらい、普通よね。騒ぐ方が大人気ないわ……
 ソファーに身を沈めてから、ミカエラは大きく息を一つ吐く。軽い眩暈を感じるほど疲労していた。
 そんなミカエラに寄り添いながら、オーギュストはスケッチブックを見せる。
「御覧」
「素晴らしい」
 思わず感嘆の声がもれる。大胆な構図で描かれた女神は、神秘的な美しさを醸し出している。その白い肌に赤い衣が絡み、風に靡いて力強く舞い上がっているようだった。
「気に入った?」
「ええ、あなたは天才だわ」
 四半世紀に至ろうとする人生の中で、これほど胸が高鳴った事はない。今にも心臓が口から飛び出そうである。
 いつの間にか、オーギュストはミカエラの肩を抱いていた。そして、そっと耳元で囁く。
「ナルセスは大軍を組織し、指揮統率する能力に優れている」
「え?」
「そして、幾多の戦いで俺に忠誠を示してくれた。俺はそれに全身全霊をもって報いるつもりだ」
「……当然だわ」
「君の弟をナルセス以上の英雄にする事は簡単だ。だがナルセスのように、俺の手足として働けるかい?」
「……いいえ、無理ね……」
「リューフのように戦えるのかい?」
「……それも…いいえ」
「マックスのような専門知識があるのかい?」
「……いいえ」
「なら、君達姉弟は俺に何を与えてくれる?」
「……え?」
「俺はミカの何を信用すればいい?」
「……」
「俺はミカに栄光を約束するよ。伯爵家の名は天下に轟く。そして、ミカは俺の元で新時代の担い手となる。世界はミカの理想に期待している。その手で創り出されるのを、息を潜めて待っている。想像して御覧。百官がミカの前に平伏している風景を」
「光栄だわ……」
「だ、か、ら、ミカには俺が必要だ。だろ?」
「ええ」
 ミカエラは呆然と、誘導されるままに頷く。
「でも、僕達はまだ信じ合えていない。こんなにもお互いを必要としているのに」
「ええ……」
「二人で壮大な作品を残そうとするほど、親密だと言うのに」
「ええ……」
「それは不自然だよね?」
「ええ、そうね。理屈に合わないわ」
「僕達はパートナーとして、より深く結びつかなければならない。それが運命だろ?」
「運命?」
「そう、女神エリースによって導かれた運命{さだめ}」
「……運命{さだめ}」
「運命に導かれて、二人で時代を築き、動かそう」
「は、はい」
 ミカエラは、まるで夢の中を彷徨{さまよ}うような陶然した気分で頷いていた。
「二人の契約に」
「……」
 オーギュストはグラスを差し出す。
 ブルーグリーンの瞳が水面に写り、ミカエラの気持ちのように激しく揺れている。しばらく無言で見詰めた後、ミカエラは決断を下した。グラスを受け取ると、一気に飲み干す。

 月明かりだけの室内で、ミカエラは赤い衣を、震える指で滑り落としていく。呼吸は乱れ、肩はわなわなと震えていた。一度天井を見上げてから、大きく息を吐き、瞳を閉じる。
 少し汗ばむ胸の谷間も、甘美な腰のくびれも、無駄な贅肉の全くない腹部も、全てが露になっていく。
 オーギュストはそれをベッドの上に腰掛けて、グラスの中の氷を転がしながら、じっと見詰める。
 ミカエラはきゅっと口元に力を入る。羞恥を堪える姿が艶かしかった。
「はぁーぁ……」
 薔薇色の唇から溜め息が一つ零れた。それから、瞳を伏せると、下半身を覆っていた衣も、一気に剥ぎ落とした。
 淡い色の柔らかな茂みを隠す事もなく、ただ、唇を強く噛んで、横を向いた。
 体の線が全て露になっている。透き通るような白い肌、胸の膨らみ、腰のくびれ、ヒップの曲線どれもが美しかった。
 唇を震わせながら再び瞳を開く。
 ブルーグリーンの瞳には、立ち上がり、ミカエラの足先からゆっくりと視線を上げつつ、徐々に迫るオーギュストが写る。
 思わず一歩後退しそうになった。だが、逃げる腰にオーギュストの腕が廻り込む。そして、持っていたグラスを一気に飲み干すと、荒々しく唇を重ねて、ミカエラの口に流し込んでいく。
 グラスは床に投げ捨てられて、僅かに残った酒を絨毯の上に零しながら、弧を描くように転がっていく。
「む……う、うん
 二人の唇の間から、一筋の滴が漏れ落ちる。飲めないミカエラは、唇が離れるとすぐにむせた。
 オーギュストはそんなミカエラの仕草に胸を熱くしている。そして、勢いに任せて、膝の裏に右手を差し込むと一気に抱き上げる。
「え、あっ……」
 ミカエラは戸惑い、怯えたように瞳を震わせる。
 オーギュストはそれを覗き込みながら、彼女をベッドの上に優しく降ろした。そして、自分の服を手早く脱ぎ捨てていく。
「力を抜いて」
 膝の上に手を置いて、オーギュストは囁く。
 その声がミカエラの高鳴る心臓を貫いた。「無理よ」と抗議の視線を向ける。
「抜いて」
 だが、オーギュストはもう一度繰り返し、両膝の手に力を加えていく。
「こ、恐いわ……」
 ミカエラは恐怖心に、身体の自由を奪われる。そして、その身体は頑として脚を開く事を拒む。
「かわいいよ」
 オーギュストはそんな反応すらも楽しむようで、時間と労力を掛けて、徐々に脚を開かせていく。
 それに比例するかのように、ミカエラの顔の紅潮も増していく。
「ああ……どうして……」
 すらりと伸びた脚が、オーギュストの背中からはみ出す。と、雪の様に透き通る白い肌の上に髪と同じ色のふわりとした茂みが、その下にピンク色に輝く秘唇が、すべてがオーギュストの眼下に、無防備に晒されてしまう。
 ミカエラの手が、いつの間にか顔を覆っていた。激しい羞恥心がそうさせたのだろう。
「綺麗だ」
 オーギュストは笑った。
 知性に満ちた女性が、少女のようにように怯えて身体を震わせる姿に、男の本能が燃え上がる。『もっともっと乱れた姿が見たい。官能に悶える顔を見たい』、そう心が叫んだ。
 そして、情熱的にオーギュストはミカエラを攻め始める。大きく開かれた脚を高々と持ち上げると、腰が垂直に浮かび、秘唇が天井に向くようにする。それから、ミカエラの頭の横に両膝を落とす。
 乱暴な扱いに、ミカエラが思わず瞳を開けて、オーギュストを見上げる。と、自分の股間に顔を埋めるオーギュストの姿がはっきりと見えた。
「い、いや、……きたない……だめ、やめて……」
 瞳が潤み、弱々しい声が漏れる。手が自然とオーギュストの髪を掴む。
 だが、もうオーギュストは止まらない。舌を出すと、ミカエラと視線を交わしつつ、秘唇をゆっくりと舐め上げる。独特の甘美な香りが脳を焼き、その感覚に夢中になりながら、さらに深く深くと、抉り続ける。ピチャ、ピチャ、と卑猥な音が室内にこだまして、熱く蒸れていく。
 ミカエラは初めての感触に狂いそうになっていた。オーギュストの舌から電撃のような衝撃が伝わり、それに全身の神経が蝕まれていく。
「い、いあぁー!!」
 得体の知れない波動に、理性は崩れ、思考は全面的に停止する。瞳はただ、愛液と唾液でドロドロになる股間を、訳も分からず眺め続ける。
 オーギュストの手が滑らかな太腿を撫でまわす。そして、舌がクリトリスを捉え、そこを転がす。
「ひぃ、ひぃーっ!」
 さらに激しい官能の波が、ミカエラの身体を呑み込んでいく。手はシーツを握り締め、腰はもがくように捻れる。
 だが、オーギュストの圧倒的な力が、上から加わり、微塵も動かない。
 無垢な秘裂を弄られ続けると、次第に、心の奥底から、未知の快感が湧き上がってくる。ミカエラはそれに必死になって絶え続けた。一瞬でも気を抜くと、自分が処か見知らぬ世界に引きずり込まれるようで不安だったからだ。
「……あ、えっ?」
 突然、オーギュストの口が離れる。心の暗部で、不平の声がもれる。
――……もう終わり……なの?
 腰がすとんとシーツの上に落ちる。もはや肢体に力は入らず、白いシーツの上に、華奢な体を仰向けに投げ出す。そして、知性に満ちた瞳とは明らかに違う、虚ろな瞳でただ天井を見上げた。
 オーギュストは上から覆い被さり、左胸の突起を口に含む。
「うっ、んっ……」
 恥ずかしさに瞳を閉じる。暗闇の中で、乳首を這い回る、ざらり、とした舌の感触が、より一層敏感に伝わってくる。
「……す、すっごい……へんになりそう……」
 ミカエラは頭を激しく振り、ショートカットの髪をふしだらに乱していく。
 その初々しい乱れ方に、オーギュストの気分も昂ぶっていく。
 左手全体で執拗に乳ぶさを揉みたてながら、人差し指と親指とで乳首を挟んで、親指の腹でぐりぐりと撫でまわす。それから、右手の人差し指で、じゅっくりと濡れた秘唇を、丁寧にかきまぜる。
 グジョグジョと湿った音がミカエラの耳にも届く。
「ああっ、あっ……はずかしい……」
 新しい快感が次から次へと押し寄せ、また新しい蜜を溢れ出させる。
 オーギュストは口から乳首を離すと、胸元の汗を掬い取りながら、首筋を通って、耳元へ移動する。そして、真っ赤になった耳を噛むと、甘く囁いた。
「行くよ」
「え?」
 痺れた思考回路では、その意味をすぐに理解することが出来ず、気の抜けた声で聞き返した。
 その時、再び脚が高く持ち上げられ、秘唇にペニスが埋没して行く。
「ヒッ……」
 喉に絡まった、かすれた短い悲鳴が口をついて出る。
 軽い抵抗がペニスの進行を止めるが、オーギュストはさらに体重を掛けて一気に貫く。
「いやぁ、痛い……やめて!」
 ミカエラの悲痛な絶叫が響く中、ペニスは根元まで深深と突き刺さる。
 オーギュストは泣き叫ぶミカエラの顔を見下ろしていた。
 知性あふれる美女が、無残に貫かれ、処女を失って苦痛と屈辱に喘いでいる。眉間に刻まれた縦皺、噛み締めた歯、苦悶に崩れた貌が、オーギュストはさらに興奮させていく。
 激しく突き、そして、引き抜く。
 ピストンのスピードを増すと、ミカエラは必死に耐えながら、手でオーギュストの肩を叩く。それを封じるために、オーギュストはがっしりと手首を掴み、シーツに押し当てていく。しばらくして、反攻が和らぐと、今度は優しく指を絡ませていった。
 そして、ミカエラの体がピクッと跳ねた。その瞬間、ミカエラの奥深くで、熱い液体が吐き出された。半気絶状態の美女を見下しながら、オーギュストは征服感に酔い痴れる。

 夜明け前、ミカエラはベッドからそっと抜け出す。オーギュストはまだ静かな寝息をたてている。起き上がると股間から白濁した液体がすうーと零れ落ちる。その感触に彼女の動きが一旦止まる。その後、ゆっくりとした動作で、服を着ると部屋を出て行った。
 ドアが閉まる音と同時にオーギュストの目が開く。そして、空白になったベッドの左半分にそっと手を当ててみる。まだ温かい感触が掌に伝わってきた。


【8月23日、スピノザ城館】
 数日後、ルブラン、オルレランなどからの援軍が揃い、最初の軍議が開かれようとしていた。
 ナルセス、オーギュスト、マックス、リューフの4人は菱形になって廊下を進む。
「よく分からんなぁ……」
 ナルセスは報告書を捲り終わると、詰問するようにマックスを見た。
「ノイズが酷くて」
「感度の上げ過ぎじゃないのか?」
「偽装の技術も上がっているから」
「だが、これでは意味がない」
 ナルセスに責められて、マックスは縋るようにオーギュストを見る。
「魔術通信の技術は日進月歩だ。試行錯誤を繰り返す事は無意味じゃない」
 オーギュストは低い声で言う。
「そうか……じゃ仕方ないな」
 溜め息を落とすと、ナルセスは報告書をマックスにつき返す。
 その時、後ろにいたリューフが、この日初めて口を開いた。
「それじゃ、よくお姫様の内通が分かったな?」
 一斉に、視線がオーギュストの顔の上で重なる。
「そろそろ、かなぁ、と思って」
 劇的な答えを求める空気の中、オーギュストはあっさりと一言で済ませてしまう。
「要するに、鎌をかけた訳だ」
 ナルセスが抑えた声で言った。
「妙に表情が煮詰まっていたからね」
 悪ぶれずオーギュストが返すと、マックスが「恐いねぇ」と口笛を吹く。
「で、これから如何する?」
 リューフが二度目の発言をする。
「彼女のおかげで、ルブラン公を満足させるものができた。恩義には報いるべきだろ?」
「だが、貴族の女は、何かと信用できんぞ」
「釘は差しておいた」
 やや微笑んで、オーギュストが答えた。
「美人だからねぇ~」
 つい、マックスが口を滑らす。それに対するオーギュストの反応は、速かった。さり気無く足を出すと、体落とし格好で、マックスを転がす。
 その後も、三人は何事もなく歩き続ける。
「依存はないが、しかし、彼女は頭も切れる。万が一も想定するべきだろう」
 ナルセスが言う。
「その時は、弟を殺す」
 オーギュストの即答を、ナルセスは眼を鋭くして聞く。
「おお、こわっ」
 いつの間にか追いついたマックスが、他人事のように言った。
「何を言っている。殺すのはお前の仕事だ」
「げっ」
 ぶっきらぼうにナルセスが言うと、マックスは奇妙な声を上げた。
「そのために、お前の評判を吹き込んでいる」
 続けて、オーギュストも言う。
「当然だな」
 最後にリューフも言った。
「ま、マジ……」
 マックスはその場に立ち尽くす。
 そんなマックスを残して、三人は会議室の豪勢な二枚扉の前まで進む。そこでナルセスは歩みを止め、喉を震わせて唾を飲み込んだ。
「いよいよ。社交界デビューだな」
 オーギュストがにやけて言う。
「震えているぞ?」
 薄く笑ってリューフが言う。
「こ、これは武者震いだ」
「それじゃ、構わないな。行こうか」
 強くナルセスが言い返すと、オーギュストとリューフは眼を合わせて、二人同時に左右の扉を開く。眩い光に、ナルセスは目を瞑った。

 こうして軍議は始まった。
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Date:2011/01/16
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