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第六章 捲土重来

第六章 捲土重来


【ポーゼン】
「シュヴァリエ」
「ストロース」
「デュポン」
「ドゴール」
「トラヴァース」
「バルデュウィン」
「フレーザー」
「メルヴィル」
 …………
 次々と名乗りをあげる男達。仮の玉座に座るローズマリーの前に、彼らは恭しく跪いていた。彼らの鎧は傷付き薄汚れていたが、今も微かに白亜の輝きを放っている。それが、彼らが白亜聖騎士である事を示している。“ブルサの敗戦”以来、各地に落ち延びていた聖騎士たちが、ぞくぞくとローズマリーの挙兵に駆け参じていた。
「皆の変わらぬ忠誠を嬉しく思う。聖サリス復興に力を尽くせ」
 ローズマリーの威厳ある態度に、かつての栄光ある日々を思い出したのか、聖騎士たちの中には咽び泣く者もいた。
「湯で疲れを癒すように」
 謁見の最後に、ローズマリーが優しい笑顔でねぎらった。
 こうして、サリス軍はその陣容を固めていく。

 華やかな式典が続く中、ティルローズは裏方として、控え室にいた。
「いやはや見事な主従関係ですな」
 背後で声がする。振り向けば、かつての美男子がそこに立っていた。
「サンチェス准将か……何のようだ?」
「いえ、こんな所に似つかわしくない美のオーラを感じまして、来てみれば、ティルローズ様がいらっしゃるではないですか」
 サンチェスは少し酔っている風に、大仰に振る舞っている。
 ティルローズはやや面倒だという感情を双眸に過[よぎ]らせた。
「もっと明るい場所に出られると宜しかろう。サリスの皇女姉妹が並ばれるとなれば、聖騎士達の喜びも二倍になりましょう。ささ」
「私も家臣の一人だ。並ぶなどということはありえない」
 ティルローズは厳しい口調で言い切った。語尾には、会話の終わりを含めている。
「また、あのディーンとか言う奴が何か言いましたかな。あの小僧は、あなたに失礼過ぎます。一度処断されては?」
「オーギュストはナルセスの同士であり、お姉様の秘書だ。私が兎や角{とやかく}言う立場ではない」
「……そのナルセス殿も、あやつのローズマリー様への取り入り方を苦々しく思っているとか……」
 探るような言い方をして、サンチェスはティルローズの反応をじっくりと観察している。
「准将は、火のない所に煙を立てるのが、お好きなようで?」
「これは手厳しい」
 サンチェスは笑う。
「しかし、これだけは覚えていて頂きたい――」
 耳打ちするように、声を潜める。
「あなた様が、サリスの血を受け継ぐ者として、正当な配分を望まれるなら、協力する者がいる事を――」
 言いながら、サンチェスが冗談っぽくティルローズの肩を抱いた。
「!!」
 何も言わず、ティルローズは平手打ちし、強烈な怒りを内在する瞳で睨みつけた。ティルローズのプライドの高さを、垣間見せた瞬間だった。
「サンチェス准将、卿の今までの働きに免じて、今のは聞かなかった事にしておこう。だが、次はないと思え」
 毅然と言い残して、ティルローズは控え室を出ていく。
――私の周りには、こんな男ばかりだ!!
 小さくなっていく足音を聞きながら、サンチェスは細い目で閉め忘れられたドアを見詰める。
「お姫様にしては、随分なじゃじゃ馬だな。だが、次はどうかな?」
 呟くと、サンチェスが卑猥に笑い、自慢の口髭を擦った。

 その一部始終を、隣室からリューフが見ていた。
「さて……理由は見つかった…かぁ……」


 式典が終わると、ローズマリーは湖を一望できるテラスに直行する。
 テラスでは白く丸いテーブルに座り、オーギュストが奏でるフルートの切ない音色に、聞き入っていた。
「素晴らしいわ」
 一曲演奏し終えると、ローズマリーが無邪気な笑顔で手を叩く。それにオーギュストが音楽家らしく礼をすると、またいっそう楽しげに笑う。それから、ローズマリーは、「いらっしゃい」と手招きする。オーギュストは素直に応じて、その隣に座った。
「疲れた?」
「少し……」
 オーギュストの腕に手を添えながら、ローズマリーが甘えるように囁く。
「そう。ご苦労様」
 オーギュストはローズマリーの白い頬に垂れ下がった髪を、優しく指で掬い上げた。

 テラスの右手方向には、一段低くなって芝生の庭がある。そこでは、女官達が忙しく洗濯物を干していた。
「あれは誰だ?」
 黒髪を七三にきっちり分けて、黒い縁の眼鏡をかけた若い女官が訊いた。
「ああ、ナルセス様の所のディーン君よ」
 先輩格の女官が、シーツを叩きながら答える。
「それにしても、随分親しそうだね?」
「そうよね。ああやって毎日、音楽を演奏させたり、絵を画かせたりしているようよ」
 別の女官も、会話に加わってくる。
「かわいいのでしょ。ここは武骨な人ばかりだから」
「へーぇ」
 女官達の井戸端会議に花が咲き始めると、黒髪の地味な女官は一歩その輪から外れる。そして、眼鏡の影から鋭い視線で、オーギュストを見詰めた。
――ディーンね……

「新しい女官を雇ったのか?」
 オーギュストは、紅茶を注ぐ女官長のイザベル・ド・ポンピドゥに訊く。
「はい、人手不足ですから」
「そう」
 オーギュストは熱過ぎる紅茶を一口口に含むと、平静を保ったまま、さらに訊いた。
「あの黒髪も?」
「そうです。刀根さんが何か?」
 イザベルは冷淡な口調でオーギュストに答えている。彼女は元々ローズマリーの家庭教師だった。その後も、ローズマリーの相談相手として、傍近くに仕えてきた。そして、カナン半島に逃亡後は、身の回りの世話全般を独りで熟[こな]していた。だからこそ、オーギュストのローズマリーに対する態度が気に入らずに、あからさまに嫌っていた。
「刀根?」
「刀根留理子さんです。身元は確かですよ。念のため」
「へーぇ」
 オーギュストはヒリヒリする唇をそっと舐めながら呟く。
――足の運び方が普通じゃない……何だ…?

 その時、慌しくマックスがテラスに駆け込んで来る。すぐにローズマリーの存在を知り、そこで足と心臓の動きを止めた。
「待っていろ」
 オーギュストは立ち上がり、マックスに歩き寄る。
「ナ、ナルセスからだ……」
 マックスはローズマリーの方をおどおど気にしながら、オーギュストに暗号文を渡す。
「ナルセスがスピノザ男爵を調略した」
 オーギュストは振り返って、ローズマリーの背に立つと、耳元で囁く。
「また勝ったよ。心配した?」
「いいえ。最初から心配なんてしていなかったわよ」
 嬉しそうに微笑むローズマリーの頬に、オーギュストは口づけをする。

 数時間後、今後はティルローズがテラスに来た。その時、ローズマリーは白石屋の弥生を呼んで、商品を物色していた。
「これなんか如何でしょう。ガラスのバックです。青い色が素敵でしょ」
「そうねぇ、ティルはどう思う?」
 ローズマリーは顎に人差し指を当てて、ティルローズを見た。
「……」
「どうしたの?」
 ティルローズが緊張した顔で席につくと、ローズマリーが穏やかな笑顔で訊く。
「お姉様、アーカス王と本格的な戦闘になります」
「そう」
「そうって……」
 ローズマリーはまるで他人事のように、素っ気無く答える。それにティルローズは眉を顰めた。
「我々はアーカスの中心に近づいています。今までの敵とは、質も量も違うでしょう」
「ティルは心配性ね」
 ローズマリーは軽やかに笑った。
「お姉さまは悠長過ぎます」
「まぁ落ち着いて、ティルも紅茶でもいかが?」
 紅茶など飲んでいる場合ではない、と怒鳴りたかったが、それを如何にか押さえ込む。
「ギュスがリンゴを好きだから、アップルティーよ」
 ティーカップを口に運び、「おいしい」とささやく。そして、落ち着いた顔でティルローズを見た。
「大丈夫よ。心配しなくても、ギュスが勝つわ」
「……!!」
 その瞬間、ティルローズは呼吸する事も忘れた。
「私(わたくし)達には“最強の戦士”が付いているのですよ」
 ローズマリーは屈託のない笑顔を向ける。
「私(わたくし)達はここで、次の奇蹟を待ちましょう」
――私達……
 その言葉が棘のように突き刺さり、胸がちくりと痛んだ。


【サンクトアーク】
 アーカスの王都サンクトアークでは、カルロス2世が兵の召集を命じていた。
「父上、出陣されるのですか?」
 黄金の鎧を着込んでいるカルロス2世に、不安な面立ちで王女のクリスティー・マルシア・デ・オルテガが語り掛ける。
「私(わたくし)は、サリスの皇女を敵に回す事が、得策だとは思えません……」
 カルロス2世は、娘の両肩に手を置いて、重い口を開く。
「しかし、これ以上、サリスの残党を野放しにする訳にはいかん……」
「しかし……」
「西の広大な領土をカリハバールに奪われ、今度ナントを失えば、もはやアーカス王に従う諸侯はいなくなるだろう。余とて本意ではないが、これもアーカスを想えばこその戦いなのだ」
「しかし、風はサリスに吹いています。今もサリスにはぞくぞくと兵が集まっているとか。それにサリスの戦い方には……不吉なものを感じます」
「クリスは賢いなぁ」
 カルロス2世は笑いながらクリスティーの頭を撫でる。
 子供扱いされたようで、クリスティーは少し不服そうに眉を寄せた。
「男に生まれたならば、さぞや優秀な王となったことだろう……余と違って……」
 その言葉には、暗い感情が篭っていた。それを敏感に感じ取って、クリスティーの声が重く沈む。
「お父様……」
「所詮乱世、戦う以外に生き残る術はない」
 カルロス2世は表情を一変させた。そして、厳しさを増した目で、クリスティーを見詰める。
 クリスティーは父の言葉を不安げに聞いた。
「叔父殿(アルフォンソ・カルロス・デ・オルテガ公爵)が、独りナントで頑張っている。だが、フランコの残党が纏まらずに困っている。このままではナント失陥は時間の問題だろう。そうなれば……もはやサリス勢いを止められない。ここが正念場なのだ」
「王よ、準備はよろしいいか?」
 そこにアーカスが誇る最精鋭“緋炎騎馬軍団”を率いるレオナルド・セシル将軍が跪いた。全身を緋色の鎧で固めたレオナルド・セシルは、小柄で、赤い頭を丸く刈っている。『生まれた時から、馬と寝起きをともにしてきた』と公言する男で、その馬術はアーカスで一番と評されている。しかし、騎馬に対する専門知識と誇りは高かったが、それ以外には疎く、上官に対してお世辞の一つも言えなかった。言葉もぶっきらぼうで、宮廷内での政治力は皆無に等しい。もしカリハバールとの戦いで、多くの将官が戦死しなければ、将軍になる事もなかっただろう。
「将軍、兵はどのくらい用意できたか?」
「六千といったところです」
「……六千か」
 如何にも物足りないと言わんばかりに、カルロス2世は顔を歪ませる。
「しかし、どれも歴戦の勇者ばかり。さらに、現地でミーケ侯レオン・ホセ・デ・ガルシアとシュルタン伯リカルド・フアン・デ・エルナンデスと合流する事になっております。それぞれ千は率いてくるでしょう」
 アーカスは都市国家連合国である。王直参の兵力の他にも有力な諸侯は、それぞれに独自の兵力を有している。
「叔父殿の軍二千を合わせて一万か……勝てるか?」
「小官が約束して勝てるのなら、幾らでもいたしましょう。しかし、小官は一介の騎馬技術屋に過ぎません」
 カルロス2世は、落胆の溜息を落とす。
「お父様、やはり延期されては? もう一度講和の用意を、私(わたくし)がローズマリー様とお会いしましょう。歳の近い者どうし、分かり合えるかもしれません」
 一旦躊躇したが、やがてカルロス2世は首を振る。
「いやいや、ここは叔父殿の指示に従おう……。一度決まった事を独断で変更する事はよくない」
 今度はクリスティーが深く息を吐く。
「兵は仕方がない。このところ敗戦が続いているし。だが、叔父殿の報告では、敵の数は多くても五千、少なければ三千というところらしい。数的有利なうちに決着をつけよう」
 自分自身に言い聞かせるように言って、心に突き刺さる不安の棘を忘れようとする。
「まずはナントへ」
 カルロス2世は、サリス軍に遅れる事五時間で、王都を出陣していく。


【ポーゼン】
 7月1日、正午。ローズマリーは全軍にアーカス討伐の勅令を下す。
 討伐軍の総司令官にペルレスが任じられ、一本の剣が授与された。勿論、伝統や由緒あるものではないが、箔をつけるのに重要な儀式であった。
 儀礼に従い剣を受け取ると、ペルレスは謁見の間を出口へと歩き出す。後ろにはシド・ド・クレーザーとミッチェルが従っていた。
 シド・ド・クレーザーは聖騎士の中でも一二を争う知者である。波打った赤茶色の髪を長く伸ばし、派手な口髭を丁寧に手入れしている。詩文の才能にも優れ、セリア時代には、宮廷サロンで貴婦人にも人気が高かった。現在では、ペルレスの副長としてよく補佐している。
 ミッチェルはリューフ並みの巨漢の男である。厳つい顔には、歴戦の勇者である事を誇示する為に、大きな傷を残している。ペルレスが最も期待する戦力であった。
 眼前の扉が大きく開かれると、南国の乾燥した空気が心地良く肌を刺激する。照り付ける太陽の下に、真新しい鎧に身を包んだ軍勢が整然と列をなしている。
 聖騎士300、アーカスの諸侯200が眼前に剣を立て、ペルレスに敬意を表している。その後方に、歩兵3000ほどが居並ぶ。
 総勢力3500がペルレスの言葉を待ちわびていた。
「サリスの精鋭達よ、勅命が下った。エリーシアの秩序を乱す叛徒どもを討つ最初の一歩を踏み出そうぞ!」
「おお!」
 槍や剣が掲げられ、武具を叩いて囃し立てる。
「正義は我等にあり、臆する事は何もない」
「おお!! サリス万歳!」
 3500の兵士達の高鳴る気持ちを爆発させるように、あらん限り力で叫んだ。
 その歓声の中、ペルレスは恭しい視線をティルローズに向ける。
「留守を頼みます」
「分かった」
 沈んだ顔だったが、ティルローズは小さく頷く。
「出陣!!」
 と、右手が高々と掲げられる。この声に皆の顔が引き締まり、足並みを綺麗にそろえて、次々とポーゼンを出撃する。


【7月4日、フェニックス・ヒル】
 先にフェニックスに乗り込んだのはサリス軍だった。
 フェニックス到着後直ちに、スピノザ男爵の館に本陣が置かれる。そこに、先行していたナルセスとパスカルが合流して、軍議が開かれた。
 ナルセスが入手したフェニックス・ヒル近郊の地図を囲みながら、まずオーギュストが口火を切る。
「まず緒戦は征した。敵が先にフェニックス・ヒルの麓を通る街道を超えていたら、きつい戦いになっていただろう」
「だが、まだ向こうの方が有利。どうする?」
 クレーザーが生真面目な声で返した。
「基本方針は、この細い街道を抜けてくる部隊を各個撃破する事だ。だが、この作戦を成功させるには、このフェニックス・ヒルの頂きを、ここを抑える事が重要。ここからは、街道周辺が丸見えになる」
「なるほど」
 マックスが手を叩いて大きく頷く。この低音の声には不思議な力があり、聞く者を妙に納得させる。
 だが、それにクレーザーは惑わされず、先程より大きな声を出した。
「しかし、もしこの地を奪われれば、逆に敵はこちらの動きを完全に掌握できる」
「さらに逆を言うなら、ここを抑えすれば、敵はこちらの動きが分からない」
 オーギュストがクレーザーを見詰めながら、即座に返答する。
 クレーザーはオーギュストの能力を認めながらも、聖騎士でないものが、白亜聖騎士団を仕切る事に不快感を抱いていた。そして、今後の為にも、オーギュストに論争を挑み、言い伏せようとしている。
 二人は平静を装いながら、激しい鍔迫り合いを始めようとしていた。
「では、いっそ主力を山頂に配置すればよい」
 だが、ペルレスの何気ない声で、突然会話が止めた。
「高所に拠るのは、軍略の基本だ」
「正気か? この丘には井戸はないのだぞ。こんな所に布陣すれば、包囲されて飢えと渇きで犬死するだけだ」
 オーギュストが怒気を含んだ声で返す。
 クレーザーも上司の不甲斐ない言葉に、完全に気勢を削がれた。積み上げていた理論を放棄して、議論を終える。
 二人の冷戦の後には、嫌な沈黙だけ残った。
「それにしても、ここのスピノザ男爵はちょっと変わってんなぁ? な?」
 マックスが軽い口調で、話題と場の雰囲気を変えるようとしたが、険悪さだけが増すだけで、徒労に終わった。

 カルロス2世はナントで、叔父のアルフォンソの他、ミーケ侯ガルシア、シュルタン伯エルナンデスなどと合流を果たす。そして、全軍で東へ進んでいた。
 7月4日、深夜。アルフォンソもフェニックス・ヒルを重要と考えて、直ちに、ザブレス少佐の率いる一個大隊500をフェニックス・ヒルに先行させた。
 その頃、オーギュストはすでに動いていた。弓兵百とともに、フェニックス・ヒルを登り、予めパスカルが昼夜休まず建設した塹壕などの簡単な防御施設に拠った。
 ザブレスは不慣れな山道を、松明の灯りだけを頼りに、慎重に登ってくる。それに対して、オーギュストは、じっと息を潜めて待ち伏せした。
 そして深夜、オーギュストの足元に松明の火が揺らぐ。
「まだだ。もっと引き付ける。物音を立てるな」
 オーギュストの命令で、全員が息を殺し、静かに攻撃準備を整える。
「今だ、放て!」
 一斉に放たれた矢は松明の明かりに吸い込まれるように飛んでいく。そして、一瞬の静寂の後、無数の悲鳴が暗闇から鳴り響く。
「うろたえるな! 火を消せ!」
 ザブレス大隊の兵士は、見えぬ敵に怯えていた。即座にザブレスが叱咤し、一時取り乱した兵達も一定の安定を取り戻す。だが、全ての松明が消えようとする寸前、ザブレスは背後に熱い痛みを感じる。すぐにそこから、不気味な冷気が流れ込んできた。
 ザブレスの周囲を固めていた兵達が、ザブレスの苦痛に歪む顔を眼球に焼き付けると、闇が幕を降ろす。後には、ザブレスの無念の呻き声だけが残った。
 オーギュストの射た矢が、寸分の狂いもなく、ザブレスの急所を貫いていた。ザブレスは、剣を鞘から半分だけ抜いたところで、その役目を永遠に終える。ザブレスの部下達は、急激な状況の変化に思考が追いつかない。
 その一瞬だけで、オーギュストには十分だった。
 オーギュストは一閃、ニ閃と闇の中へと矢を放つ。白く輝く弾道が、次々にザブレスの周りにいた士官を射抜いていく。
「怯むな!」
 ラミレスが叫ぶ。
「打ち返せ!」
 ゴンザレスが部下を叱咤する。
「山頂はもうすぐぞ!」
 ロドリゲスが山頂を指差した。
 この3人は、アーカス最強の三騎士と評価される男達である。
 そこへ矢が飛んで来る。それを、咄嗟に気付いたロドリゲスが、剣で叩き落す。第2矢も、返す剣で弾いた。
 高所にあるサリス軍の方が有利であったが、三騎士の率いる部下は良く鍛えられていた。盾等で冷静に対処して、隙を見ては矢を打ち込む。そして、じりじりと山頂に迫っていた。
 その時、三騎士は岩陰から飛び出る人影を見た。
 オーギュストである。大型のボウガンを両手で持つと、落下しながら、眼下の敵兵へ連続で射掛けていく。着地してからは、大型のボウガンを投げ捨てて、背中から小型のボウガンを二つ取り出す。そして、それぞれ片手に持ち、左右の敵兵を射抜いていく。
 オーギュストの瞳が三騎士を捉えた。すかさず弓を捨て、剣に持ち変える。
 最初は、ラミレスが左から襲い掛かる。剣と剣が激突、激しい火花が散った。オーギュストは巧みに巻き付かせるようにして、ラミレスの剣を撥ね上げる。その後、ラミレスを袈裟斬りにした。
 その間、残りの二人はオーギュストの前後に廻り込む。そして、ラミレスの死体が後方へ倒れ込む中、前後から挟み込むように迫った。
「舐めるな!!」
 オーギュストの目が光った。一瞬、体を捻り、2本の剣がそれぞれオーギュストの胸と背を掠め通る。オーギュストの鎧が高い金属音を鳴らし、小さな火花を発する。そして、腰からもう一本の剣を抜くと、二本の剣を左右に持つ。右が手首を返して斬り降ろし、左が斬り上げる。それぞれの敵の喉元を正確に斬り裂いた。
「い、一撃で……」
 間近でオーギュストの神業を見て、アーカス兵は言葉を失う。
「よし、もう一度斉射三連!!」
 そこへ第二波、第三波の矢が降り注ぐ。この最後の攻撃を受けて、アーカス兵は、坂を転げ落ちるように退却していく。
「よくも、あの一瞬だけで……面白い男だ」
 パスカルが呆れ気味に言った。
 こうして、フェニックス・ヒルをサリス軍は制圧した。

 夜が明ける前、カルロス2世の前に、ザブレス軍の生き残りが舞い戻っていた。
「では、山頂にはかなりの数がいるのだな」
「はい、我々を遥かに上回る数いました。それで支えきれずに退いたのです」
「よく分かった。ご苦労」
「はっ」
 兵が天幕の外へと出ると、ガルシアが口を開いた。
「話しから推測すると、山頂には、噂のナルセス・ディアンがいるのでしょう」
 エルナンデスが頷き、続けて発言する。
「まさにそうだ。この手際の良さは、彼の者だろう」
 エルナンデスの同意を受けて、ガルシアはさらに勢い付く。
「そうなると考えられるのは、正面の敵は囮で、山頂から背後に廻り込む作戦かもしれない。警戒すべきだ」
自信たっぷりに、ガルシアは言い切る。
「我々二人は、それに備えて南に陣を移そう」
 再び、エルナンデスが同意の意志を示す。そして、軍の配置にまで口を挟んできた。
「待て!」
 それまで黙って聞いていたアルフォンソは、重圧的な眼を開くと、二人の独走気味な会話に鋭く切り込んでくる。
「そう決断するのは早計だ。大規模な別働隊を編成できるほどに、敵に戦力はない。山頂には少数の兵しかいないと考えるべきだ」
 アルフォンソの言葉に、ガルシアは果敢に反論する。
「将軍は、ナルセス・ディアンという男を過小評価されているようだが、我々の意見は異なります。あのリューフの武芸に、高度な魔術師も付いている、とか。そして、戦術眼はまさしく天才です。あれほど不利な状態から勝利を手中に収めるとは、信じ難いほどの力量です」
「そうです。今回も何らかの策を用意しているはず。ここは用心に用心を重ね、ここはもう一隊後方に配置して備えるべきです」
「待て、と言っている。わしの声を無視するのか?」
 低い声が見えない手をなって、二人の頭を押さえつける。二人は思わず、口を閉ざしてしまった。
「戦力の分散は愚の骨頂」
 鎮まった二人を見定めると、アルフォンソはカルロス2世を見た。
「将軍、奴らはあの名将フランコを破っている。我等の背後に回り、こことナントを分断する作戦ぐらい考えそうでは」
「王の意見は慎重を通り越して消極的過ぎますぞ。さっきも言いましたが、敵にそんな余分な戦力はない。不測の事態に備えるだけでなく、戦いには大胆さも必要だ」
「……しかし――」
 カルロス2世が何か言おうとした時、アルフォンソは立ち上がった。
「敵の影に怯えていては、勝つものも勝てなくなりますぞ」
 カルロス2世を一喝すると、全将を見渡した。
「我らは数に優り、地理にも詳しい。何を怯えるか。敵は正面に有り、ただ真っ直ぐに突き走れ!!」
 しかし、アルフォンソの檄は、空振りに終わった。その言葉は若者達の心を掴み事はなく、場には不思議な沈黙が広がっていく。
 結局この軍議で、意見が統一される事はなかった。若い将軍や諸侯は、威圧的なアルフォンソを煙たがり、アルフォンソも彼らを軽く扱った。かつて個性のある諸将をまとめていた柔軟な感性は、すでに残っていないようだった。
 そして、カルロス2世も、多彩な意見に振り回されていた。何とか舐められないようにしようと、思えば思うほど、迷いは深くなっていく。信頼するアルフォンソの言葉すら、素直に聞き入れる事ができなかった。
 結果として、ガルシアとエルナンデスは、アルフォンソを無視して、南へ陣を移した。そればかりか、船で背後に廻られる心配もあるとして、カルロス2世も直参部隊から千を後方へ待機させた。
 街道を攻める戦力は、実質六千強となった。これが夜明け前までのアーカス軍の動きである。

 7月5日、早朝。フェニックス・ヒル山頂部のポツリと佇む岩の上で、オーギュストは仮眠を取っていた。そこへ朝日が差し込み、オーギュストの体を照らしていく。
「おい、起きろ、朝だ」
 ナルセスの声が頭の上でする。彼は服のあちこちに緑色の擦ったようなシミを作り、頭髪にも草の切れ端が混じっていた。
「ここに登って来るのに、いったい何度こけたんだ?」
 オーギュストが薄目を開けると、すぐに薄く笑う。
「うるさい。もう夜も開けた、早く仕事の話をしよう」
 イライラした感じで、頭の草を払い落としながら言う。それがまたオーギュストにはおかしくて堪らなかった。
「笑うな!」
 ナルセスはオーギュストに背を向けると、一人先に歩き出す。
 オーギュストが、悪い悪い、と謝りながら立ち上がる。眼下に美しいエリース湖が広がり、その光景だけで、心が清められるような気分になる。そして、一度大きく伸びると、緩慢な動作でナルセスを追いかけた。
 ナルセスは西側の崖の上で足を止める。その眼下にはフェニックス・ヒルの西に布陣するアーカス軍の姿があった。
「一万と言うところか……」
「倍以上だな……」
「だが、布陣に斑がある」
 オーギュストが欠伸をしながら言う。
「……なるほど、カルロスの直参部隊が突出しているなぁ」
 ナルセスはいつもの冷静な表情に戻っている。
「それに対して、ミーケ侯ガルシアとシュルタン伯エルナンデスの両軍勢は南により過ぎている」
 オーギュストが指で、それぞれの陣を指しながら説明をする。
「このフェニックス・ヒルを攻撃するつもりか?」
「いや、それにしては厳重に陣を敷いている。あるいはこちらを過大評価しているのかもしれん」
「昨夜大暴れしたそうじゃないか?」
 ナルセスが片眉を上げて、茶化すように言った。
「そう決め付けるのは危険だが、これはつけ込む好機かもしれん」
 オーギュストもやや苦笑いして答える。
「これでだいたい敵の正体も分かったな」
 ナルセスは簡単な図を画き終えると、納得した顔で歩き出す。オーギュストも並んで歩く。
「例の件は進んでいるのか?」
「ああ、男爵は乗り気だ」
「そうか」
 呟くように返事して、オーギュストは再び岩の上に座る。
「後は、俺が上から指示を出す。ちゃんと言う通りに動けよ」
「お前こそ、上手く伝えろよ」
 振り返らずそう言って、ナルセスはパスカルの所へ向かい、軽く挨拶を交わした。そして、もたもたと山を下りていく。

 リューフの視界に、赤毛の馬に跨り、赤い鎧に統一された軍勢が現れる。アーカス最強の緋炎騎馬軍団である。全員が赤毛の名馬に跨り、軽装の鎧をまとっている。速攻の速さだけで言うならエリーシア一だろう。ほとんどの者が草原育ちで、皆鮮やかな手綱さばきをする。
『アーカス騎士団は所定の位置に付いたぞ』
 魔術通信で、オーギュストの声がする。
「よし、始めるぞ!」
 ナルセスが剣を抜いた。自然と鼓動が高まり、目が剥き出しになっている。
 アーカスの騎士団も槍を掲げ始めた。
「突撃!!」
 剣を振り下ろすと同時に、ナルセスは馬の腹に蹴りを入れて駆け出す。それに遅れてリューフも駆け出す。そして同様に、アーカス軍も駆け出し始めた。
 両軍は真正面から激突した。
 リューフは先頭を駆ける。そして、同じように敵の先頭を走る騎兵に、斬りかかっていく。
 敵騎兵も槍を突き出す。
 朱槍と青竜偃月刀がぶつかった時、激しい火花が巻き起こった。アーカス騎兵はたじろぎ、バランスを崩す。その隙をリューフが狙った。鮮やかに青竜偃月刀を旋回させると、騎兵の腹を斬り払う。
『お見事。やっぱり一番槍はリューフだったな。賭けとけばよかった』
 オーギュストが岩の上で、下界を見下ろしながら呟く。
 リューフはさらに突き進む。そして新たに2騎とすれ違い、瞬く間に斬り落とした。
「槍隊、前へ!! リューフを援護しろ!! なにボーとしている」
 ナルセスは槍隊を前面に押し出す。
「槍隊、構え! 進め!!」
 号令の元、一斉に槍兵が駆け出す。長い槍を持った兵は、三人掛かりで、一騎の騎士に向かっていった。槍捌きの腕では騎士の方が一枚も二枚も上だったが、槍兵達は槍で突くことを目的とせず、槍を叩きつけて落馬させることを目標とした。その成果はなかなかのもので、互角以上の戦いを繰り広げる。
『そこまでだ。ナルセス、すぐに退け』
 リューフが戦場の中心で暴れて、アーカス軍の出鼻を挫く。だが、すぐに技量で優る緋炎騎馬軍団が、巻き返し始めた。
 ナルセスは手際良く兵をまとめて、後退し始める。
 それを、レオナルド・セシルが追撃した。

「あれがリューフか、あっぱれな戦い振りよ。……だが」
 後方に控えるアルフォンソは、リューフの戦いに眼を見張る。だが、彼の関心はすぐに別な所へ向かった。
「どうやら、こちらの動きを読まれているようだ」

 ナルセスはフェニックス・ヒルの東側へと退く。それを追ったセシルは思わず唸る。
「しまった! 罠か!」
 いつの間にか、待ち伏せていた白亜聖騎団に、ぐるりと半包囲されていた。この時、白亜聖騎団を指揮していたのは、クレーザーである。

「やはり」
 緋炎騎馬軍団が白亜聖騎士に押されていると報告が入り、アルフォンソはうめく。
「これらの動きを、上から見ているのだろう」
 アルフォンソはフェックス・ヒルを見上げる。そして、最前線のセシルに伝騎を出す。
「敵に先先を取られている。ここは一旦退いて態勢を立て直せ!」
 アルフォンソは、槍兵を援護として出す。

『よし、聖騎士を退かせろ』
「おお」
 魔術通信機から発するオーギュストの声に、ペルレスが頷く。
 アーカス軍の槍兵が最前線に出てきた時、そこには聖騎士の後ろ姿しか残ってなかった。徒歩で追いつく事は不可能であり、槍兵の出撃は空振りに終わった。
 そして、無防備な槍兵に、サリス軍の矢が集中していく。これに成す術もなくアーカス軍は崩れて、退却していく。
 それをペルレスは追撃する。今度はミッチェルが先頭を走った。
「聖騎士隊、前へ! 突撃!!」
 再び聖騎士隊が突撃を行い、生き残った槍兵を蹴散らして、街道の最狭部を超えて西側へ雪崩れ込んでいく。

「あれがミッチェルか、さて見せてもらおう」
 オーギュストが先頭を走る巨体の男を指差して言う。だが、次の瞬間意外な事が起きる。
「オイ!! こけたぞ」
「オイ?! 踏まれているぞ」
「オイ?? 痛がっているぞ」
「……オイ、戻って行くぞ」
「……」
「……終わりか?」
 オーギュストがきょとんとした声で言った。
「終わりのようだな」
 並んで見ていたパスカルが言った。
「ペルレスの腹心も大した事はない。人を見る眼がないのかな」
「そうかもしれん。だが、クレーザーはどうだ?」
 軽く頷いて、パスカルが逆に訊く。
「理屈っぽ過ぎる。俺としては、地形に合わせて素早く図面を書き換える臨機さ、突貫工事を無難にこなす指導力、こっちの方が好きだな」
「……」
 パスカルは黙った。
 二人は一度も視線を合わせることなく、そのまましばらく黙り込む。
「風が出てきた」
 オーギュストは空を見上げながら、木の葉が西に流れるのを見た。
 この段階になっても動かないガルシア、エルナンデスの両陣営を見て、勝ちを確信した。
 オーギュストはその後も的確な指示を山頂から伝えていく。
 フェニックス・ヒルの西側に進撃した白亜聖騎士は、オーギュストの誘導で、アーカス軍の手薄な場所へ突き進んだ。そして、楔のように突き刺さる分断、一気に背面展開する。
 聖騎士に遅れて、ナルセスの歩兵が到着した。騎兵と歩兵の時間差で、アーカス軍を挟撃する。
 戦いは急激に状況を変えてく。いつの間にか、アーカス軍は包囲下に置かれていた。

 次々とアーカスの兵士達が逃亡し始める。その中には緋炎騎馬軍団を指揮するレオナルド・セシルの姿もあった。
「逃げるな、戦え!」
 アルフォンソは叫ぶ。だが、崩れ行く味方を支える事ができない。
「ガルシアとエルナンデスはどうした?」
「まだ陣を動いていません」
「裏切るつもりか?」
 呆然と呟くカルロス2世に、アルフォンソは駆け寄る。
「このままでは危険だ」
「も、持ち堪えて見せる。叔父殿はガルシアとエルナンデスの説得を!」
「……ここはわしに任せてお前は落ち延びろ。今なら後方に千の部隊が控えている。これと合流するのだ」
「……しかし」
 カルロスの目から涙が流れていた。そして、腰がくだけたように地に伏せる。
「お前は偉大な我が兄、先王の子ぞ」
 アルフォンソは肩を抱きかかえる様にして、何とかカルロス2世を立たせようとする。
「急げ、お前を死なせては、わしは兄貴に何と言って詫びればよい」
 その時、本陣にサリス軍が乗り込んできた。
「さあ、速く!」
 カルロス2世は、警護に守られながら、陣を抜け出していく。
 アルフォンソは剣を抜いて、侵入者達に立ち向かう。
「偉大なるカルロス1世の弟、アルフォンソ・カルロス・デ・オルテガだ。死にたい奴は出て来い」
 そして、槍兵が叫びながら突撃するのを、剣で払い、止まった槍を握ると、兵の胸を突き刺した。
 次に聖騎士が現れた。
 渾身の力で剣を振る。生涯最高の速さだったろう。剣は一寸の狂いなく、サリスの聖騎士を捉える、その筈だった。だが、聖騎士の翳した剣の前に、脆くも剣は折れてしまう。
「う~がぁ!」
 無念のうめきを洩らすと、腕は痺れ、剣を地に落としてしまった。
 死が刃先に姿を変えて、アルフォンソの体に流れ込んでくる。
「ぐはぁ」
 口から血が溢れ出た。もはや何もしゃべる事もできない。視界も霞んでいった。その白い世界に、信愛する兄王の影が見えた。不思議と笑みが零れる。そして、すべてを観念したように、静かに眼を閉じていく。

「勝鬨だ」
 サリス軍から沸き起こる勝鬨の声を聞いて、ガルシア、エルナンデスの両将軍は戦うどころか一兵の兵も動かすことなく陣を引き払って領国へ引き上げていく。
 こうして、フェニックス・ヒルの戦いは終結した。


【ポーゼン】
 その夜、ティルローズは眠れずにいた。フェニックス・ヒルからの第一報は勝利を伝えたが、詳細はまだ分かっていない。夜が更けるとともに、不安は募っていく。今にも敵兵がこのドアを蹴破ってくるのではないか、と恐怖が頭を過[よぎ]る。
 ふと子供の頃を思い出す。
「あの頃と同じだ……」
 侍女の話してくれた恐いおとぎ話に、ベッドに入ってからも心の震えが止まらなかった。そして、侍女達の目を盗んで、姉のベッドにもぐり込むと、朝まで語り明かした事があった。
 ティルローズは懐かしさに小さな笑いを零す。
 そして、今再び姉妹で語り合いたいと部屋を出た。姉の部屋の前に立つと、中から人の声が聞こえてきた。夜更けに先客かと疑問に思い、そっとドアを少しだけ開けてみる。次の瞬間、彼女は絶句した。
 よく知った男と、そして、ローズマリーがいた。
「ああっ、あああーーー!! いいっ、気持ちイイーーーッ!!」
 ローズマリーの声が脳を直撃する。思わず食い入るように見てしまった。
 ベッドに横たわるオーギュストの上に跨って、激しく腰を振る姉。腰を上下させる度にペニスが見え隠れして、その呑み込むの瞬間までもがはっきりと見えている。
 信じられなかった。あの信心深く、慎み深い姉が、自ら快楽を貪っている。淫乱と言う言葉が脳裏をかすめ、初めて姉を軽蔑した。恥知らずだと思った。得体の知れない不快感がこみ上げて来る。
 目の前では、その腰の動きに合わせて、ローズマリーの乳ぶさが揺れ、髪を振り乱して汗を飛び散らせている。
 すぐに立ち去ろうと理性が警鐘を鳴らす。だが、足が動かない、目が視線を外せない。
 感極まる女の喘ぎ声が、男を知らないティルローズの心に好奇心の芽を植え付けた。ポーゼン奪取以来、戦士としての自覚が薄れ、女性としての感性が蘇りつつあった事が、彼女の強靭な精神力を蝕んだ要因だったのかもしれない。
「アッアン、アアッン……」
 漏れ聞こえる官能的な音色、ぞくりとする色香を漂わさせる、見知らぬ姉。汗で張り付いた髪の毛をかき上げる仕草が淫靡であり、端正な横顔はうっとりと瞼を閉じて妖美に輝いている。
 ティルローズは完全に周りが見えなくなってしまった。ここが何処かも忘れ、独りだけの世界に迷い込んでしまう。指が誘われるままに股間へと伸びる。薄い夜着の上からゆっくりと敏感な箇所をなぞった。指が濡れた、すでにそこは熱い水分を含み、じっとりと濡れている。
――これっ……が……濡れると言うことなの?
 秘裂を前後する白く長い指の動きは、まだまだ稚拙だったが、処女のティルローズには十分な刺激となった。
――身体が……熱い……指がとまんない!
 益々身体が火照り、さらに自分の世界にのめり込んで行く。すでにもう一方の手が胸を揉んでいる。頭の中が痺れるような快感が背筋を何度も突き抜けた。
「もうダメ、イキそうなの、一緒に、お願い来てぇ!!」
 そして、ローズマリーの身体が数度痙攣して、白くすらりとした足をくねらせた。
――だっ、だめっ……身体が飛んじゃいそう……
「イッ、イクぅー、いちゃうゥ!!」
 嗚咽を搾り出して、ローズマリーはオーギュストの上にがくりと倒れる。一方ティルローズも全身に力が入り、グッと仰け反る。そして、頭の中が真白になった。
――アッ……あ、あぁーーっ!!
 そして、ティルローズも初めてエクスタシーに達した。
――あたし……イッちゃっ……たの? 初めてなのに……
 激しい虚脱感がティルローズを襲った。
「ああ……あたしだけの勇者様……」
 ローズマリーが虚ろな瞳で、朦朧と呟く。
「あたしのためだけに戦って…! そして…また…奇蹟を起こして…T…!」
――あたしだけ……!
 ティルローズは姉の言葉に驚愕する。
 今まで姉に嫉妬した事はない。姉の物を欲しいと言った事もない。それは、父親が男子の誕生を諦めた時、
『お前達は姉妹だが、これからはお前をローズマリーの家臣として扱う。辛いだろうが、お姉さんの助けになって欲しい……』
 と、諭した日に捨て去った感情だったから……
 父親の眼は悲しげであったが、強い意志を感じられた。それがサリスのためだと、訓[おし]えてくれた。その時はよく分からなかったが、今では良く理解できる。父親は姉妹が合い争う事を危惧していたのだろう。だから、姉の物を欲しいと思ってはいけないと、自分に言い聞かせてきた。これからもそれは変わる筈がなかった……永遠の誓いの筈だった……
――か、彼は…初めに……私が……

「ねえ、ずっと居てくれるの?」
「それは無理――」
 ローズマリーはオーギュストの胸に顔を埋めている。そして、片脚を上げて、オーギュストの足に絡ませている。そのために、秘唇から垂れ落ちる白い液がよく見えていた。
 カルロス2世は、後方控えていた部隊が殿となって、何とかナントへ逃げ果せた。一方、勝利を収めたサリス軍は深追いせず、フェニックスに留まる。そして、フェニックス・ヒルの城砦化を急ぐ一方で、ガルシア、エルナンデスなどに使者を送り、投降を呼びかける。そんな中、オーギュストは一騎でポーゼンへと戻ってきた。
「これからサイトへ向かう。そのために戻ってきた」
「どうして!?」
 慌てて、ローズマリーが顔を上げる。
「白石屋で連弩の打ち合わせをしないといけないから」
「そんなの何日{いつ}でもいいじゃない」
「ダメ。ナントやサンクトアーク攻めに必要になるから」
「そんな……」
 ローズマリーは急に不安げな表情に変わる。
「あなたが居ないと心配だわ……何か起きるかもしれない……」
「大丈夫。当分何も起きないよ」
「でも、あたし……」
「マリーは心配性だな」
 オーギュストは軽く笑った。そして、ローズマリーを抱き締めると、反転、ベッドに押さえ込んで覆い被さる。

 月明かりが、誰もいない筈の部屋に、くっきりとした影を描き出す。
「誰です?」
 ローズマリーの執務室で、黒い影が書類棚から手紙の束を漁[あさ]っている。そこに、イザベルが見回りのために入ってきた。
「刀根さん?」
 刀根留理子が、ゆっくりと眼鏡を取る。その眼は鋭く冷たい。思わずイザベルはたじろいでしまった。その一瞬の躊躇の間に、まるで豹を思わせるしなやかな動きで、音も立てずに固い床の上を走り、イザベルの背後に回り込んだ。そして、両腕を背中に重ねさせて、手首を括り上げる。
「少し静かにしてね」
 刀根はイザベルの口を左手で塞ぐ。
「ん……! ぐぅ……!」
 自由を封じられたイザベルは、ただ震える事しかできなかった。
 その時、首筋に息が吹きかけられた。
「むぅう~ッ!」
 刀根は自分の2倍ほどはある胸を揉む。そして、長いスカートを手繰り上げて、無防備な股間へと手を伸ばした。
「あうっ! んぁああ~っ!」
 黒い尖った爪が、ショーツの上から秘裂をなぞる。
 それだけで、ショーツが濡れ始めた。
「これ癖になるでしょ?」
 刀根が妖美に笑う。
 イザベルは焦点の合わない瞳をさまよわせ、くぐもった声がもらす。
「んぅっ! むぅう~っ!」
 すっかり蕩けた表情を浮かべて、股間からは熱い液を滴らせていた。
「さぁ、色々話して貰いましょうか? 皇女様とディーンの関係を」
 刀根が口調は優しく、口は微笑んでいる。しかし、その瞳は獲物を見詰めて研ぎ澄まされていた。
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Date:2011/01/16
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