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第四章 矛盾撞着

第四章 矛盾撞着


【神聖紀1223年5月中頃、カナン半島オーディン大神殿】
 ティルローズは火災の後の戦艦ラヴィアンローズ号にいた。水夫から被害報告を聞くたびに、暗い気分になる。4本あったマストはなくなり、甲板も至る所に穴があき、さらに、船底には水がたまって傾いている。
「走る事はできるのか?」
「無理言わないで下さい。浮かんでいるがやっとです」
「そうか……」
 ティルローズは唇を噛んだ。
「これで移動手段を失ってしまいましたな」
 ペルレスの問いに、ティルローズは固く唇を結ぶ。
「ああ、もう一度攻撃を受ければ……」
 それ以上言う事ができず、言葉を呑み込む。そして、無意識に気分を直そうと、遠くへ視線を向ける。深い緑と、白い砂浜、そして、光る湖面、全てが美しかった。だが、嫌でも身近の動くものが目に入ってくる。海岸では、部下が流れ着いたカリハバール艦隊の漂流物を、網を使って拾い上げていた。
「情けない……」
 すぐに表情が曇った。
「しかし、現実に武器は不足しております。ここはご辛抱を」
「ああ」
 浮かぬ顔で答えて、波に打たれるゴーレムを見遣った。
「アイツらはまだ居るのか?」
「はい、何やら、水道橋に付属する風車やら水槽やらを、修理しているとか」
「そんな事をして何になるのだ……」
 ティルローズはあの夜のオーギュストの振る舞いを思い出す度に、眉間に深い皺を刻んでいた。
「目障りだな」
「はい。しかし……戦力にはなります。特にあの魔術師は、あれほどの者はセリアにも居りますまい。これからは人材が重要になりましょう」
「だが厚く遇する訳にもいかないだろう。それでは、ここまで一緒に行動してくれた者達に、申し訳がない」
「何もあの魔術師を召抱える必要はありますまい。リューフ・クワントを聖騎士に戻せばよいのです。その従者として扱えば――」
 ペルレスは喋りつづけるが、途中から遠くに感じ始めていた。
 召抱えるか……
 この状況を考えると、何だか笑えた。


「俺達なんで、こんな事してるの?」
 マックスが、たっぷりと油の入った桶を風車小屋の中に運んできて、梁に逆さまにぶら下がりながら、歯車に油を差すオーギュストに訊いた。油は、オーギュストが大森林の中から採取した木の葉から作ったものである。
「この風車が生き返れば、水槽に水が汲める。そうすれば、水圧の差を利用して、船を水道橋の上に持ち上げる事ができる。そうすれば――」
「そうすれば?」
「葬式ができる」
「……」
 マックスは冗談なのか本気なのか判断できずに、ただ黙り込んでしまった。そして、乱雑に床に桶を置く。
「おい、気をつけろよ。燃え易いんだから」
 苛々した感じで、オーギュストが言った。
 マックスは膨れると、隅のリューフを見る。リューフはハンマーを使って、曲がった金具を真っ直ぐに伸ばしていたが、その手を休めて、顔を上げた。
「梃子摺っているんだよ」
「あ~ぁ、なるほど」
 リューフが苦笑しながら言うと、マックスは北叟笑{ほくそえ}んで、オーギュストを見る。
「……んな事はない!」
 オーギュストが吼えた。
「お~い、休憩にしようぜ」
 その時、ナルセスが食料を持って入ってくる。
 オーギュストは梁に架かっている足を外して、まるで舞うように、ふわりと床に着地した。
 その一連の動作をリューフはじっと見ていた。
――やはり、強い!
 一瞬、オーギュストとリューフの眼が合う。オーギュストはにこやかに笑い、リューフは慌てて顔を逸らした。
「建白書は受け取って貰えそうか?」
 マックスがパンを受け取りながら訊く。
「結構頑固だね、あのお姫様。だが、交渉は相手に断れてからが本番だ」
 ナルセスはパンを配りながら、自信ありげに答えた。
「ああいう奴等は、気位だけは高いからな。俺達を虫けらだと思っている」
 言って、マックスはパンを頬張る。
「それはお前だけだ!」
 その時、3人が同時にマックスを指差す。
「……なっんで!」
 パンを咥えたまま、マックスは器用に口を尖らせた。
 だが、三人はそれをもう見ていない。
「それより、直るんだろうな。こいつが直らないと、建白書そのものの意味がなくなる」
「分かっている。でもね、いい女ほど口説くのが難しいものなんだよ」
 オーギュストはパンを啄ばんで、上を見上げると、大きく息を吐いた。
「知っている事と実行する事は違うぞ、ギュス」
「そう言う事は、実績を見てから言ってもらいたいね」


【アルテブルク、ノイエ・シェーンブルン宮殿】
 アルティガルド王国は、エリース湖北部の雄である。その歴史は220年ほど遡る。
 神聖紀1001年、聖サリス帝国4代皇帝フィリップ1世が病に倒れた。幼少の頃から病弱だったフィリップ1世には実子がなく、5代皇帝の座を巡る宮廷の争いは、大規模な内乱へと発展していく。
 当事者の一方は、アルテブルク公フェルディナントである。彼は3代皇帝シャルル1世の妹カロリーヌの子で、シャルル1世の甥になる。
 もう一方が、聖サイア王国王太子アレクサンドルである。彼は皇帝フィリップ1世の姉ジョセフィーヌの子で、シャルル1世の孫となる。
 二人の戦いは激しく続いたが、神聖紀1003年にアレクサンドルが、帝都セリアを制圧すると、ついに5代皇帝に即位した。だが、北の本拠地に一旦退いたフェルディナントは、これを認めず、自らも皇帝を名乗った。そして、神聖紀1005年には国名を聖アルティガルド帝国とし、最盛期にはゲルマニア、ガノム海岸までの広大な地域を支配した。こうしてエリーシア世界は南北に分裂する。以後約40年間を南北朝時代と呼ぶ事になる。
 神聖紀1041年、『カヤの戦い』で、サリスがアルティガルドを撃破する。この敗戦を機に、ロードレス神国、ウェーデリア公国などが、アルティガルドから独立、さらに、北方でも叛乱が続いた。こうして、アルティガルドは急激に衰退へと向かっていく。
 神聖紀1045年、この状況下で、アルティガルドの3代皇帝レオポルド1世が、サリスの7代皇帝フィリップ2世に臣下の礼を行い、廃位すると以後王に封じられた。
 こうして、南北朝時代は終わり、1062年にはエリース湖とドネール湾を結ぶ大運河(グランカナル)が完成し、サリスは絶頂期を迎える。しかし、1151年にカリハバールに侵攻したサリス軍が、『アンゴラの戦い』で敗北すると、エリーシア中原は激しく揺れていく。超インフレ、農村の崩壊、都市治安の悪化など、サリスは弱体化へと向かい始めた。
 この頃、アルティガルド王国では、5代王レオポルド3世で直系が途絶え、3代レオポルド1世の弟カールを祖とするホーエンルーウェ系の王が、3代続いていた。しかし、『アンゴラの敗戦』という激震に巻き込まれて、社会秩序は乱れて、王の権威は失墜した。
 この激動の世界を、ルイ(第9代皇帝カール3世の弟)と、カタリナ(5代王レオポルド3世の娘)の夫婦と、その子供達が協力し合って安定へと導いていく。
 第一子のルイーザは男勝りで、気弱な第10代皇帝カール4世と結婚すると、皇帝に代わってサリスの政務一切を担った。そして、セリアを最悪の混乱期から救い出す。また、地方の叛乱には、弟の第二子アンリーを派遣して鎮圧していった。
 アンリーは豪傑であったが、姉のルイーザだけには頭が上がらず、常に従順だった。後にサイア王国に入って、第9代サイア王アンリー6世となったが、姉との関係はその後も継続され、サリス・サイアの絆をより強固なものにしていく。
 しかし、ルイーザの改革は、有力者に爵位を与えて傘下に組み込み、婚姻関係を結ぶ事で関わりを深くしていくなど、旧来の封建体制の秩序回復に留まり、新時代への躍進には至らなかった。これが後のサリスの低迷へと繋がっていく。
 新時代を切り開いたのが、第三子のフェルディナントだった。彼は、父親ルイにして、天才と言わしめた男である。初めシュタウフェン地方を根城にして、アルティガルド国内を武力で制圧していく。それは徹底したもので、一族皆殺しなど当然{あたりまえ}だった。その強引で残忍なやり方は反発を招き、度々裏切りによる大敗北を喫したが、その度に再起を果たしている。その粘りと悪運の強さは恐怖の対象ですらあり、鬼神と呼ばれるようになった。こうして、有力な大貴族を次々に滅ぼして、絶大な権力を握ると、第9代アルティガルド王フェルディナント2世となる。後に院政を敷き、子の第10代王オトフリート2世、孫の第11代王フェルディナント3世の時代に、その強力な権力と指導力で、古い農地と街道を再整備して商農工を盛んにすると、富国強兵を推し進めた。最晩年には、中央集権と絶対王政を確立し、国力は充実させた。そして、低迷の続くサリスとの立場を逆転させていく。
 最後に、第四子は兄弟達とは違う人生を選ぶ。家族のような争いの中の人生を嫌い、北辺の開拓に生涯を捧げた。そして、北辺の名門カイマルク公国を興す。カーン公爵家は北辺の人々の精神的支柱となり、人々の尊敬を集めたが、当主の人材には恵まれず、ついには歴史の中に埋もれていく。
 アルティガルド隆盛の中、王都アルテブルグは、繁栄の極みを迎えていた。湖に面した美しい街は、壮大な建築物が並び、繊細な装飾で飾られている。その最高傑作は、東部の光ヶ丘と呼ばれている一帯に、オトフリート2世によって建設されたノイエ・シェーンブルン宮殿である。ノイエ・シェーンブルン宮殿はエリーシア宮殿建築の傑作とまで呼ばれ、広大な敷地には人工の森、山、川までも造られている。だが、何よりも有名なのが神話をモチーフにした噴水と彫刻であろう。
 この美しい宮殿とエリーシア最大の常備軍を受け継いだのが、第12代王ヴィルヘルム1世である。彼は広い見識と高い決断力を有し、賢君に分類される長身の美丈夫である。この時30歳を迎え、心身ともに充実期にあった。ただ、やや過剰と思えるほど、自信と覇気に溢れ、人を見下す傾向が強かった。

 ヴィルヘルム1世が黄金で装飾された部屋の中で、優雅に朝食をとっていると、宰相が入室してくる。ニーダーベルゲン公レオポルド・ヘルマン・デューク・フォン・ベレンホルストという長い名前が、この老宰相の本名である。ベレンホルストはフェルディナント2世に見出され、オトフリート2世、フェルディナント3世、そして、ヴィルヘルム1世と三代に仕えた老獪な宮廷政治家である。鷲鼻が特徴的な顔立ちで、すでにかなりの高齢であったが、その眼光は些かも衰えていない。
「大儀」
「はっ」
 ベレンホルストは書類をテーブルの端に置く。それを手に取り、ヴィルヘルム1世は、ページを捲って、さらりと目を通していく。
「カリハバールはサイア城を陥落{お}としたところが、行動の限界点だったようだな」
「はい、ご賢察の通りです」
「うむ」
 この書類には、エリーシア中原の現状がまとめられていた。

 カリハバール軍は大運河のほぼ中間点にあるランスという村に拠点を定めている。そこから北へ兵を進めて、サイア城を陥落させた。これで側面を衝かれる心配はなくなったが、広大な中原に軍を散開させる事になる。カリハバールのセリム1世は、これを嫌い、水上からセリアに迫る事にした。そして、大運河を利用して、艦隊をエリース湖に送り込んでいる。
 そのセリアでは、主人{あるじ}が頻繁に変わっていた。留守を預かっていたガスパール・ファン・デルロース伯爵が、姪である皇女メルローズを推し立て、セリアを治めようとした。だが、流入してくる周辺勢力を抑える事ができず、さらに、カリハバールの圧力が増すと、“スタールビーの王冠”、“グングニルの槍”、“玉璽”の三つの伝国の秘宝を持ち出して、北部サイアの中心都市ホーランドへと退去した。この後は、サリスの三人の将軍、グザヴィエ、ラマディエ、ガンベッタが連合体制をとる。各地に放置されたままの守備兵を集めて、数は5万ほどに達したが、内が一つになる訳もなく、絶えず、小競り合いを続けていた。
 だが、セレーネ半島の有力貴族たちは、このセリアの状況を静観していた。セレーネ半島は文明発祥の地で、半島全域に渡って道路、水道などの公共設備が行き渡っている。この当時でも人口密度は群を抜いて高く、経済規模も一桁多い。エリーシアで最も裕福な地域と云われ、この地に領地を持つことが、貴族としてのステータスとさえ考えられている。
 サリス皇帝に匹敵するほどの有力者と言えば、すぐに三人の名が上がる。メルキオルレ・ド・オルレラン公爵とバルタザール・ド・ルブラン公爵、そして、レオン・ド・ナバール男爵である。彼らは領土を固めて、その周辺を取り込みながら、じっと情勢を見詰めていた。
「混乱したセリアを手に入れて、治安回復に苦労し、カリハバールと正面からぶつかっても、他人を喜ばすだけだ」
 これはルブラン公爵の言葉であるが、ヴィルヘルム1世を含めてほぼ全員の意志だったろう。彼らはカリハバールとの戦いの後を見据え、最後の勝者たらんと欲していた。
 また、南のアーカスでは、王のカルロス2世が、自国の引き締めに躍起になっていた。敗戦によってアーカス王の求心力は失われ、地方では独立の動きが見え始めている。この情勢下で、カルロス2世は王都サンクトアークから一歩も動く事ができずにいる。その一方で、先王の末弟で戦死したニードス公の嫡男アレックス・フェリペ・デ・オルテガが、独りシュテポルト付近でカリハバール軍と戦っていた。
 その他では、バイパール半島のパルディア王国はドネール湾の制海権を完全にカリハバールに握られ、身動きができずにいる。グランガノムグラードは連邦を構成する各国が分裂して互いに覇権を争っているために、中原への関心が薄い。その上、占領地であるゲルマニア地方(旧カイマルク公国領)で独立運動が激化していた。バラム公国は国の存続だけで手一杯という状況で、ロードレス神国はアルティガルドの動向に敏感になって、国を閉ざしている。

 その時、突然ヴィルヘルム1世の指が止まる。
「カリハバール艦隊が……10隻も」
「はい、サリスの小娘どももなかなかやるものです」
 ベルンホルストの言葉に、ヴィルヘルムは一度鼻を鳴らした。
「このナルセス・ディアンという者は、オルレランと繋がっているのか?」
「最近まで雇われていたようですが、詳細は分かりません」
 ヴィルヘルム1世は、テーブルの端を人差し指で、とんとんと叩く。それが、彼が考えている時の癖である。
「すぐに確認しろ」
「はっ」
「折角、カリハバールの蛮徒どもが、綺麗に掃除してくれたのだ。焦る必要はないが、手を抜く訳にもいかん。徹底的に不安要素を潰しておけ」
「はい」
「しかし、こんなにも早く好機が訪れるようとはな」
 ヴィルヘルム1世が不敵に笑うと、「御意」とベルンホルストも片頬を上げた。
「まずは北だ。ロードレスとウェーデリアを完全に押さえ込め。そして、全軍を持って、ゆっくりと威風堂々と南下するのだ。そうなれば、自ら天下が転がり込んで来るだろう。我が一族の悲願、エリーシアの覇者の椅子がすぐそこに見えているぞ」
 ベルンホルストが静かに頷く。
「慎重に、ベルンホルスト。くれぐれも」
「はい、心得ております」
 ヴィルヘルム1世は視線を窓の外へ向ける。青い湖の前を最精鋭の軍勢が、行進していく。


【カナン半島、カルボナーラ号船内】
 夜明け前、表情を曇らせたローズマリーが、ベッドをそっと抜け出していく。銀色の光に、陶磁器のような白い肌が照らされている。
 ここはカルボナーラ号の船尾。船尾には二つの船室があり、右舷側は老人の遺体のあった船長室で、左舷側は元々応接室だった。ラヴィアンローズ号がカリハバール艦隊の攻撃を受けたために、ローズマリーはベッドとともに、ここに移ってきていた。
 室内は、船尾側と左舷側には大きな窓があり、その窓枠は植物をモチーフにした彫刻で飾られている。船尾の窓の下に大きなベッドがあり、右舷の壁際にはチェンバロが置いてあって、隣の部屋とのドアを隠している。
 ローズマリーは、裸のまま、左手前方にある洗面室に入っていく。そして、洗顔を終えると、大きな楕円形の鏡にその美しい顔を写した。やや疲れている白い顔に、赤い目が目立っていた。
「そうよね。寝てないもの……」
 大きくフーッと深い溜息を洩らした。以前と何も変わらない、頼りない顔だと思う。だが、確実に中身は変わっていた。あの夜、黒髪の少年にこの身体を捧げたのだ。
 本当にあれでよかったの……
 相手はまだ少年なのだ。冷静になって、我にかえってみれば、罪悪感と不安感が心を覆う。
「あ……」
 形の整った乳ぶさに、キスマークを見つけた。一歩下がってみた。狭い船内の洗面所だから、すぐに背が壁にぶつかる。それでも、裸体を鏡に写してみる。白く肌理細[きめこま]かい肌に、キラキラと鈍く光っているのは、汗と唾液であろう。そして、下半身の恥毛は、べったりと股間に張り付き、太股では乾いた白い液体が、乾いてこびり付いている。
 なんと、卑猥なのだろうか……
 どんなに後悔しても、もう戻れないのだ。そう痛感して、両手を洗面台についた。
 あの夜以来、オーギュストは毎晩ローズマリーの元に訪れて、身体を求めてきた。初め拒絶しようとした。年上の女性として、優しく諭そうとした。年下の少年との関係は背徳的であり、何よりも彼女には愛する男性がいた。
 サイアの王太子アベールは、紳士的で教養があり頼りがいがあった。ここに居て欲しいと心から望み、あの優しい声で詩を読んで欲しいと思った。だが一方で、所詮文学青年のアベールが居ても、どうにもならない、という想いがあるのも確かだ。
 だが、強引に重ねられた少年の唇は、恋人のそれよりも柔らかく、そして、締め付けてくる腕の力は遥かに強かった。
 ズキンと胸が傷んだ。
 誘われるがまま顔を上げると、暗闇の中で、眼と眼が合った。その黒い瞳はあまりに情熱的であり、その周りの白さは、あまりにも純粋だった。
 頭がぐらりと痺れる。愛[いと]おしく、そして、かわいく思えた。
 少年のまるで炎のような肉体の温かさが、蒼さの残る香りをとともなって、じわりと肌に染み込んでくる。それらはローズマリーを倒錯されて、淫蕩の世界へ誘っていった。
 これは一種の逃避なのだろうと思う。これほど残忍な日々なのだ、快楽に耽る事で刹那でも現実を忘れる事ができるのなら、それを誰が責めるだろうか。そう心に言い聞かせて、言い逃れてようとする。と、目覚めたばかりの原色の官能の炎が、解き放たれて、ローズマリーの身体を駆け巡っていく。もはや胸の高鳴りを抑える事ができない。

 オーギュストはゆっくりと彼女を抱きしめて、細い肩に口付けをした。そして、膝をついて、ローズマリーのすらりとした脚からショーツを脱がせていく。
 ローズマリーは、ああっ、と甘い吐息を洩らして、両手をオーギュストの肩に置き、片足づつショーツから脚を抜いた。
 オーギュストは甘い香りに誘われるままに、腰を抱きローズマリーの下腹部に顔を埋めた。ローズマリーは反射的にオーギュストの髪を掴んだ。それでも、オーギュストは舌を出すと恥毛の淡い茂みを舐め始める。
「うう……」
 ローズマリーが低い声を漏らす。
「あっ」
 さらに舌が奥に差し込まれると、熱い喘ぎ声を上げて、思わず腰を引く。そして、オーギュストの髪を掻き毟った。
 だが、逃げる腰をオーギュストの舌が執拗に追う。
 ついに、バランスを崩したローズマリーの膝が折れ、腰が落ちる。
「ああ……ぁ」
 オーギュストは透かさず腰に手を回して、ローズマリーの脱力した身体を支え、ベッドにそっと倒していく。そして、その上に覆い被せると、整った胸に舌を這わせた。
「あっ、う……うん」
 強く乳首を吸い、右手で乳ぶさを弄くる。さらに、左手でローズマリーの背中を這い回り、次第に尻へと流れていく。
「あっ、ダメ、そこ……うっ」
 ローズマリーの体が小刻みに揺れた。そして、オーギュストの口が、濡れ光る線を曳きながらゆっくりと移動していく。脇を舐め、首を吸い、耳朶を噛み、頬を啄ばみ、最後に、唇を塞いだ。
 オーギュストの舌は、それ自体が生き物のように妖しくうねり、ローズマリーの舌を絡み取ると、激しく吸う。
「ふふぅ……」
 唇が離れた時、ローズマリーは濡れた瞳で微笑んでいた。
 オーギュストは口の端を上げると、ローズマリーの両脚を持ち上げて広げる。オーギュストの目に秘裂が入ると、割れ目の奥にひっそりと佇む蕾を、貪るように唇で捉えた。
「あっ、そこ、そこ……あっ!!」
 オーギュストが眼を上げると、すらりとした太腿の間に茂みがあり、その向こうに豊かな二つの乳ぶさが、舌の動きに合わせて、左右に激しく揺れている。さらにその奥には、綺麗な顎の線が突き上げられ、赤い唇が半開きになっている。オーギュストの視線に気がついて、ローズマリーが視線を絡めてきた。
「は……恥ずかしい……」
 そして、小さな声で呟く。
 オーギュストはクリトリスを激しく吸っていた。そして、指で、すでにじゅっくりと蒸れた秘唇を掻き回すと、べっとりとした液体がさらに溢れ出し、手首までも濡らしていった。指は熱いくぼみに吸いこまれるように浅く沈む。
「あ、あ、あ、あ……」
 ローズマリーは震えるような声を出した。そして、悶えるように身体を左右にくねらせて、ついには苦しげに反り返ると、首だけで身体を支えていて激しく喘ぐ。
 オーギュストは、そんなローズマリーの反応を楽しむように、さらに速く指を出し入れし続けて、無情に攻め立てていく。
「あっ、ひぃッ!」
 高い声が赤い唇から発せられた。
 オーギュストは一旦唇を離す。その口の回りは自分の唾液とローズマリーの愛液とで、ドロドロに穢れていた。
 美しい皇女は、半開きの唇から、愛らしい吐息を洩らして、痙攣のように身悶え続けた。
………
……

 その時、外で不気味な鳴き声がした。
 慌ててローズマリーが洗面所のドアを開けると、すでにオーギュストの姿はベッドになく、窓が風に揺られて動いていた。


【オーディン大神殿】
「どうなっている?」
 ティルローズが円形の本殿から出てくると、すぐに数人の聖騎士が駆け寄ってきた。
「ゴブリンの群れのようです」
 答えたのは、ペルレスだった。ゴブリンは子供ほどの大きさの妖魔であるが、背骨が曲がるなど醜悪な外観をし、凶暴な事で知られていた。
「どのくらいいる?」
「分かりません。とにかく、囲まれています……」
 ティルローズは息を飲んだ。
「できるだけ、火を焚け。それから、常に複数で行動するのだ」
「はっ」
 どうして、こう難題が降りかかってくるのだろう……
 どうすればいいのか、見当もつかない……
 代わってくれるのなら、誰でもいい代わって貰いたい……
 ティルローズは強く唇を噛んだ。

「生臭い匂いが広がっている……」
 ティルローズ達聖騎士とは少し離れた場所で、リューフが言った。
「ああ……森がざわついているようだ」
 ナルセスが答えた。
 二人は聖騎士達の輪には入れず、獅子の像の前で、その動きを目で追っていた。情報が乏しい中、不安を隠す事ができず佇んでいる。
「どうしたお二人さん。顔が蒼いぜ」
 そこに、オーギュストがローブの釦をとめながら、悠々と歩み寄る。
「マックスは?」
「船を沖に出させた」
 ナルセスに答えて、オーギュストは周囲を一度見渡す。そして、聖騎士達の慌しさを見て笑った。
「大丈夫なのか? カリハバールの艦隊がいるかもしれんぞ」
「魔術の波動に、人工甘味料のようなどぎつさがない。魔獣人じゃなく、天然の妖魔だろう」
「天然か……そいつは安心した」
 顔を歪ませて、ナルセスが嫌味っぽく言った。
「くだらない事を言っていると喰われるぞ。森に逃げたカリハバール兵が小物に喰われ、その血の臭いに、他の妖魔も集まってきている。密度が高くなって、緊張感が昂ぶったのだろう。それに、火の使い過ぎだな。森の妖魔は火を嫌う。警戒心が攻撃心へと変わりだしたのだろう。すぐにも動くぞ」
 急にオーギュストの口調が険しくなる。
「……」
 ナルセスは返す事が浮かばず、口を開けたまま、リューフを見た。
「敵はゴブリンだけか?」
 ナルセスの視線を受けて、ようやく順番が回ってきたと、リューフが口を開いた。
「おそらく大物もいる」
 答えて、オーギュストはナルセスの肩に手を置いた。
「魔は俺の担当だ。任せてもらおう」
「……ま、任せる」
 ナルセスは如何にかそれだけ口に出すことができた。
 オーギュストはそれに微笑むと、リューフを見る。
「背中を頼めるか?」
「愚問だ」
 リューフは鼻で笑い、オーギュストは再び相好を崩す。
「行こうか、お嬢ちゃんが困っているようだし」

 ティルローズは神殿中央の広場に、廃材を利用して、大きな焚火を作っていた。その炎を目掛けて、たくさんのゴブリンが飛び掛かってくる。
 暗闇を背景に、闇よりも深い漆黒の小さな点が蠢き、不快な甲高い声で吼えている。それは教会で見た事のある地獄絵そのものだった。すぐに震えが立ち上がってくる。悲鳴を上げそうになったが、ティルローズは辛うじてそれを堪える事ができた。だが、周りの声が全く聞こえず、目の前の光景も見えている筈なのに、何も見えなかった。
 その時、背後から一陣の風が吹いた。ティルローズの肩までの髪が解けて、風に舞い上げる。と、目の前のゴブリンが切り刻まれていく。
「なっ……!」
 全身が麻痺したようで動かない。ただ胸だけが止まることなく痙攣し続けていた。

「フェーンファントム!」
 オーギュストが眼を開くと同時に叫ぶ。そして、内から外へ両手を払い出した。と、風が無数の鋭い刃となり、四方に散開して、ゴブリンを一撃で切断していく。

「ティルローズ様!」
 ペルレスに呼ばれて、やっとティルローズは我にかえった。
「今のうちに、退いてください」
「……あ、ああ……た、戦うぞ」
 思い出したように、腰の剣に手をつける。と、ガタガタと金属が鳴った。
「さぁ早く」
 ペルレスが促す。本音では今直ぐにも逃げ出したかった。だが、どうしても膝が言う事を聞かず、その場を一歩も動けない。
 そして、再び、森の奥で、おぞましい雄叫びがした。
「ひぃ」
 噛み締めた奥歯から音がする。
「あれはシュエンだな」
 気がつけば、オーギュストが横に立っていた。シュエンは赤毛の猿に似た大型の妖魔で、白い首、赤い足が特徴だった。よく尖った牙、猛禽のような爪を持ち、ゴブリンなどとは比べ物にならない程、知能が高かった。
「下がれ」
 オーギュストが腕を横に伸ばし、ティルローズの胸の前に出す。
 私も戦える、とティルローズは抗議の言葉を並べようと思った。だが、それよりも何よりも、言い尽くせない安堵の感情が、心を覆い尽くしていた。
「……あ」
「来る!」
 短く言い終わると、オーギュストの眼光がさらに厳しくなる。
 闇が分けると、巨大な猿に似た影が、真っ直ぐに迫って来る。
 風の刃がそれに向かっていくが、鋼を思わせる赤い毛がそれらは弾き返す。
「……ッ」
 ティルローズは呼吸も忘れて、ただオーギュストの顔を見た。
 その時、オーギュストの赤い瞳が眼帯の奥で光り、そして、鋭く右腕を突き出す。
「サンダーブレイク!」
 風の刃で切り裂いた空気の隙間に、稲妻が駆け抜けた。雷光は一瞬でシュエンを包み、闇の中に眩く発光する。
 どさりと、シュエンが大理石の石畳に落ちる。雷は消えて、再び闇が戻って来た。そして、周囲には焼け焦げた臭いが広がっていく。
――二種類の精霊を同時に使った……
 ティルローズが唖然と見詰める。
「上位格のシュエンが死んだ。ゴブリンも一旦退くだろう。今のうちに火を消して、沖に退避しろ」
 オーギュストはそう言い残すと、さっさと歩き出す。
「わ……わ、私に命令するな!」
 ティルローズは喉を振り絞って、そう叫んでいた。
 それにオーギュストは立ち止まり、ゆっくり振り返る。
「私は皇女だ。聖騎士だ。姉上より全権を預かっている。ここに居たいのなら、私に従え……!」
「俺もウェーデリアの騎士の息子。サリス皇帝の前なら膝も折ろう」
 オーギュストは口の端を上げ、やや横目でティルローズを見ていた。
「だから、スタールビーの輝く、至尊の冠を頭に頂いてもらいたい。それこそ我が主君の証。その時は、この命すら捧げましょう」
 余裕のある笑みを向けて、オーギュストは一度眉を上げて見せ、おどけた態度をとる。
 それに、ティルローズは眉を吊り上げて睨む。
 その時、ナルセスが間に入った。
「うちのルーキーが失礼致しました。何しろ、まだルーキーなもので……」
 そう言って、オーギュストの前で深々と頭を下げた。
 オーギュストは黙って背を向けると、湖に向けて歩き出す。
 それをちらりと見て、ナルセスはもう一度と頭を下げて、それから、その後を追った。『益々えぐくなっているな、お前』『偶にはね……』と言う会話がもれ聞こえてくる。
「何と無礼な」
 ペルレスが呟く。
「クワント殿!」
 そして、リューフを呼び止めて、怒りをぶつけた。
「何なのだ。あの若者は!?」
「……私にも分かりませんよ。あいつが何者なのか、あの時聞いた天啓が本物かどうか、私は確かめている最中です。失礼します」
 淡々と言って、リューフはその場を離れていった。
「何を訳の分からん……」
 ペルレスは顔を顰めて呟く。
「……」
 ティルローズは黙って唇を震わせていた。


【5月20日、オーディン大神殿】
 ティルローズは、本殿の脇に建つ建物の中で、シャワーを浴びていた。シャワーと言っても、お湯の入った樽を天上付近に吊るして、そこから少しずつ垂らしているだけの物である。もとは神官などが身を清めた場所だったのだろう、無駄な装飾はなく質素な石造りだった。だが、素材は大理石の巨石が使われ、天窓と壁の上部に設けられた小さな窓から光が差し込み、明るく清潔な雰囲気がある。
 ティルローズが首元に幾つもの細い水の糸を絡ませて、気持ちよさそうに上を向いている。濡れた髪がシミ一つない純白の背中に張り付いていた。
 瑞々しい肌に弾かれた水滴が、僅かに上を向いたピンク色の小さな突起から零れ落ちる。小振りの膨らみの稜線を下り、細く鍛え上げられた腰のくびれから、引き締まった尻のカーブを楽しむように進んでいった。そして、すらりとした細く長い足を経て、名残惜しそうに足元に水溜りに吸収されていく。
「覗きとは悪趣味だな」
 ティルローズはシャワーを止めると、ストレートの黄金の髪を一振りして振り返る。その視線の先では、オーギュストが壁にもたれるように立っていた。
「何のようかしら?」
 ティルローズは前を隠すことなく、腰に右手を当てると、首をちょっと傾けて、威厳のある顔を真っ直ぐにオーギュストに向けた。
「そろそろ約束を果たしてもらいたい」
「約束……?」
 ティルローズは必死で平静を装いながら、訊き返した。
――戦う力が欲しいと願い、この少年が現れ、一生つかえると誓い立てた……
「風車が直った。これで無人島に渡れる。葬儀をやるぞ」
 オーギュストが左手を差し出す。
 ティルローズはきつく睨んでその手を払った。
「……何が言いたい」
「老人の葬儀をするんだ。約束したろ」
「……断る」
 オーギュストの真意を量りかねて、ティルローズは咄嗟に拒絶の反応をしてしまう。
「そう、ならいい。他をあたる」
 ぶつぶつ言葉を切りながら、オーギュストは言う。そして、壁にもたれていた体を起こした。
「ああそうだ。建白書受け取ってくれてありがとう。ナルセスが喜んでいたよ」
「何故我々のために戦う?」
 オーギュストの言葉を無視して、ティルローズは逆に恐々と訊いた。それはオーギュストにとって予想の範疇の事だったのだろう、笑って軽く答える。
「俺が戦うにはお前が必要だと言う事だ。あの夏の日、そう決まった。因みに、決めたのは俺じゃないぜ、念のため」
「つまり、お互いの利益が合致しているのだな。ならば遠慮なくお前を利用させてもらう」
「ああ、好きにしろ。お前に使いこなせれば、の話しだ」
 オーギュストは、『れば』を強調した。そして、素っ気無く背中を向ける。
「……さ、昨夜は…感謝する。……あ、ありがとう」
 ティルローズは顔を伏せて、震える声で言った。
「別に」
 オーギュストは振り向きもせず手を上げる。
 足音が遠ざかっていくのを聞きながら、一つ深く息を吐いた。そして、バスタオルを頭から被る。
「……止まらない……」
 しばらく、髪から滴り落ちる水滴が足元に作る波紋を見詰めて、鼓動の高鳴りを鎮めようと努力した。


【カナン半島沖の無人島】
 カリハバール船の白い救命艇が、水道橋の上をゆっくりと流れて、無人島の中に吸い込まれていく。初めは天然の洞窟のようで、自然の岩が剥き出しになっている。
 ちょっとした冒険のようで、ローズマリーは心が浮かれていた。だが、すぐに無数の白骨を、水中に見つけて、口を押さえた。
「盗掘団、冒険家、考古学者、最近ではカリハバール兵かな」
 オーギュストは抑揚なく解説する。
「このボートには神装障壁、グラビトン・シールドが張ってあるから大丈夫だが、ここの空気は汚染されている」
「……女神エリースよ」
 ローズマリーは両手を組んでエリースの名をささやく。だが、次に空間が開け光が降り注ぐと、顔を驚きに染めた。無人島の内部は、正確な四角錐で綺麗に整形された石が積み上げられている。壁は白く光り、底辺の水面は蒼く輝いていた。
「光が……」
「上の祠から光を取り込んでいる。見ろ」
 オーギュストが周囲の壁を指差す。そこには一つの村の風景が、ぐるりと一周並んでいた。
「多眼人は、死後も生前と変わらない生活を求めた。だから、村をそっくりそのままここに再現した」
 オーギュストは説明する。そして、ボートがほぼ中央に来たところで、徐にロープを切切る。と、滑車に吊るされていた棺桶が、船首から水の中に滑り落ちていく。
「長い人生だったなぁ……」
 蒼い水中に没していく棺桶に、オーギュストはそっと言葉を送った。
 ローズマリーは静かに消えていく棺桶に祈りを捧げた。その時無意識に水中を覗き込む。そして、水深は思ったよりも深く、何か巨大なものが横たわっている事に気付く。
「あれは……?」
「神話に出てくる光の巨人。世界を焼き尽したオーディンの僕[しもべ]さ。多眼人はオーディンの元、巨人群を操っていた。極論、そのために産み出された種でもある。子は親の元へ帰ろうとする。多眼人たちもオーディンとの繋がりを残すこの地へと、最後は戻っていく。ダークエルフやドラゴンが破壊神シヴァを、崇めるのと何処か似ているのかもしれないな……」
 オーギュストはまるで独り言のように、低く冷たく語る。
 ローズマリーにはよく分からない話だった。だが、底知れぬ恐怖が、身体の芯までも凍り付かせていく。それを察したのか、オーギュストの声色に、優しさが加わる。
「大丈夫、外部の甲冑だけが残っている。もう中身は何もない。すっかりこの水に溶け出して、ここを死の島にした。見ろ」
「……きれい」
 オーギュストは入口から見て一番奥を指差した。指の先には、巨人の額らしいものが、僅かに水面から出ていた。そして、そこに鮮やかな蒼い薔薇が咲いている。
「でも、蒼い薔薇は……」
「そう、自然界では決してありえない。そして、絶対に在ってはならないものだ。神々の穢れと罪、その象徴とも言えるだろう……。ここは何もかもが狂った世界だ……」
 オーギュストの声は寂しげである。
「なんだか……こわいわ」
 ローズマリーは肩を震わす。
 その白く細い肩を、オーギュストは背後から抱き締めた。
「お前は何も心配する事はない。貸して」
 そう言って、ローズマリーの指を取って、指輪を嵌めた。そして、足元に転がっていた黒い球体を船先に蹴り出す。球体は半透明のレンズに捉えられて、宙に浮いて留まった。
「なに?」
 困惑するローズマリーの腕を操って、指輪を球体へ向けた。指輪の青い石から光が走り、球体を貫くと、球体は細かく分解しながら渦を撒く。
「ごらん」
 オーギュストはローズマリーの耳元で囁いた。
「あれは胚……。人工頭脳の“ブレイン”の胚だ」
「ブレイン?」
「ブレインはお利口な奴でね。二つの口を持ち、喰った二種類の生物を合体させる事ができた。所謂、生体融合だな」
 オーギュストは瞳を閉じる。古(いにしえ)の過ちが鮮やかに甦り、眩暈とともに、胸が今にも張り裂けそうになる。
「神々は一度滅んだこの世界を再建した。激変した環境の中で、適合できる生物を作り出すために、これは創られた。だが、エリースは大反対し、議論の末、計画は破棄されたのだが……」
 苦しげに声が途切れる。
「どうして、そんなこと話すの?」
「ブレインを復活させようとしたのは、これが最初じゃない。以前ダークエルフのルシフォンがやった。目的は破壊神との融合。この世界の多くの生物には、破壊神への絶対服従の縛りがある。結局これが、エリースとシヴァを決定的に訣別させたんだが。その曰く付きの力を手に入れたいのだろうね。下種な考えだな。シヴァはそんなに甘くはないのに……」
「……」
「分かるか? これを止めるのが俺達だ」
「そんな……」
 オーギュストは、いっそう強くローズマリーを抱く。
「お前の中に眠る多眼人の血と、俺が受け継いだ知と力で戦う」
 指輪を下げさせる。と、黒い微粒子の渦は消え散り、中心にあったブレインの胚は、水面へと落ちていく。
「これでいい……存在してはならないもの……だから……」
 オーギュストの手が、ローズマリーの胸元へ滑り込んでいく。
「あっ!」
 思わず声を上げたが、不思議と迷いが消えていた。今はこうするのが、正しい事のように思えた。
「……うふぅ、ん……あっ」
 オーギュストはローズマリーの首筋に口付けをする。そして、指で胸の突起を弄ぶと、ローズマリーの半開きの口から喘ぎ声がもれる。
 抱かれるだけで、言い知れぬ安堵感に包まれていく。2度見た奇蹟のような戦い、そして、漂う神秘性が、安らぎを与えてくれる。このまま何も考えず、ただ守られていたかった。
「あなたの戦いに私が必要なのね」
「ああ」
「私はこのボートのようなもの……」
「うん?」
「あなたがいなければ、すぐに沈んでしまう……私にはあなたが必要なの」
 そう言って、ローズマリーは首を捻って、オーギュストの唇に唇を重ねる。
「私達はもう離れられない……」
「そうだな」
 もう一度二人は唇を重ねる。


【カナン半島沖】
 それとほぼ同時刻、エリース湖を東進するアルティガルド艦隊では、ルーカス・フォン・ブルーメンガルテン司令官が、作戦の説明を行っていた。
「目標の遺跡は、正確に南北に走る古代の水道橋を一辺とした直角三角形をしている。北側の斜辺はエリース湖に面し、南側は湖と直結した堀を巡らしている。水道橋は高く、陸からこれを攻めるには南側しかない。守備は南の一辺を守ればよい事になる。これは陸からの攻撃を想定した場合、合理的な縄張りであろう。だから我々は、陸ではなく湖から攻める。ここは全面石垣で固められているので、そのまま接岸する事が可能だ」
 ブルーメンガルテンは良将である。正面の敵をただ叩けば良いと考える男ではない。敵の内情を探り、敵の選択技を検討する。その上で、明確な目的を持ち、その遂行に全力を尽くす。
「だが、上陸の瞬間が、大きな隙となる。特に背後には島があり、ここから挟撃される心配もある。敵の戦艦が健在かどうかも分からない。故に、我々はまずこの無人島に上陸部隊を送る。そして、艦隊は正面から遺跡に迫り、敵艦隊を撃破しつつ、敵の注意を引き付ける。その隙に、島に上陸した部隊は、この水道橋を進軍する」
 この時、サリス軍残党の正確な数は分かっていなかったが、数百程度だろうと予測されていた。対してアルティガルド艦隊には六千の戦力がある。だが、サリス軍残党はカリハバール艦隊を破った実績もあり、侮る事はできない。正攻法で攻めれば、上陸時に隙ができる。おそらくカリハバール艦隊は、油断して、この隙を衝かれたのだろう。とブルーメンガルテンは考えていた。
「目的は敵を敗走させる事ではない。あくまでもローズマリー皇女を捕える事にある。各員にはそれを肝に銘じて欲しい」
「はっ」
 ブルーメンガルテンは慎重な方法を選択した。

 日が昇ると、無人島の北側に、アルティガルド艦隊の海兵隊約千が上陸を開始した。そして、艦隊は西側に回って、神殿に迫った。
「全艦隊、マルチ隊形」
 ブルーメンガルテンの声で、艦隊から一斉に魔矢が放たれ、全弾神殿に吸い込まれていく。
「第一波攻撃開始!」

 一方、無人島に上陸した部隊は、島を半周すると、水道橋に梯子をかけて昇った。水道橋の上は、その名の通り水路があった。その幅と割と広く、大型の船ほどはあった。
 アルティガルドの海兵隊は、水道橋に昇る、水路に膝まで浸かりながら整然と並んでいく。
「第一小隊前へ!」
 指揮官が叫んだ。
 それらをじっと見つめる目が合った。
「射よ!」
 声が真っ青な湖に鳴り響く。
 水道橋の上には、サリスの聖騎士が柵を作っていた。その柵から、矢が放たれた。
 前進するアルティガルド海兵隊は、次々に射抜かれて倒れる。最初の戦死者は第一小隊の隊長だった。一瞬指揮系統が乱れたが、すぐに決められた順番で指揮権が受け継がれて、立て直していく。
「第二小隊前へ」
 第一小隊に代わって、第二小隊が前へ出た。こうして、アルティガルド軍は波状攻撃を繰り返す。それはさすがと言うべき破壊力だった。鍛え抜かれ、計算し尽くさせた、見事な組織的連携である。生真面目なアルティガルド人ならばこそできる神業と言ってよかった。
 聖騎士に矢を番える時間を与えず、アルティガルド海兵隊は柵に取り付いた。そして、力任せに、引き倒そうとする。
 だがその時、柵に一閃、光の断層ができた。
「斬!」
 リューフの青竜偃月刀が、唸りを上げて振り回される。
 柵ともども3人の兵が斬られた。
「我が名はリューフ・クワント! 覚えておけ!!」
 叫ぶと同時に、また二人を斬り裂く。その姿に、兵達はたじろいだ。

「第六波放て!」
 ブルーメンガルテンは命令を下しながら、水道橋の動きを監察していた。
「どうも、進みが遅いな……」
 一度唸ると、副官を見た。
「三隻、水道橋の下に潜り込ませろ。そこからよじ登って、敵陣の背後を襲え」
「はっ」
 すぐに副官は身軽な兵を招集させた。

 しばらくして、艦隊から三隻の戦艦が離れた。そして、水道橋のアーチの下に入り込む。
 その時、水道橋の上から樽が落ちてきた。樽は甲板を転がると、中から液体を零れ出す。それと同時に、水道橋の柱の影から、無人のボートが流れ出し、アルティガルドの戦艦にまとわり付く。中にはたくさんの乾燥した葉が積まれていた。
 そして、火矢が水道橋の上から、落とされた。
 船上は一瞬で火の海と化す。さらに、ボートに積まれた葉は、油分を豊富に含み、あっと言う間に燃え広がった。真上と真下から、火攻めを受けて、為す術なく戦艦は戦闘不能となった。

「うぉおおお!!」
 リューフが雄叫びを上げる。
 右を見ても、左を見ても敵である。リューフは戦士の魂が赴くまま、ただ青竜偃月刀を旋回させる。一回転で、首が一つ二つと飛ぶ。怯え、逃げた兵が湖面へと落ちていった。まさに独壇場と言ってよかった。
 さすがに打ち掛ける者はいなくなり、敵兵は後退りして、遠巻きにリューフを囲んだ。
 一旦、リューフはちらりと背後の火を見る。
 面白い男だと思った。戦闘能力だけでなく、戦術眼もあるらしい。
――当分は退屈しないようだな!
 自然と笑みが零れていた。
 と、敵兵が網を投げてきた。リューフはかっと眼を見開いて、天に青竜偃月刀を振って、振り落とす。だが次がすぐに来た。それを避けても、また次が来る。ついに体が追いつかなくなった。
 思わず、歯軋りする。その時、頭上で網が凍り付いた。そして、リューフの体に触れると、ガラス細工が砕けるように、粉々に飛び散っていく。
「魔術師だ!」
 アルティガルド兵が叫び、再び後退する。
 リューフは一度息を吐く。急に青竜偃月刀が重く感じられた。
「派手な活躍で」
「いやいや、肩慣らしにもならない」
 横に人が立つ気配を感じた。それが誰かは見ずとも分かった。この世に、リューフと並び対等に戦える者は一人しか知らない。
「いい戦いになりそうだ」
 リューフは笑った。
 それとほぼ同時に、敵陣から、大きな三角帽を被った者が出てくる。その衣装から、魔術師である事はすぐに分かった。
「ジャコ、召喚!」
 魔術師が火の精霊から、ネズミのような物体を作り出す。それが水面を駆ける。
 オーギュストは一歩前に出ると、水面を蹴った。水飛沫が舞い上がると、それは水の矢に変わり、ジャコを貫通する。そして、背後の魔術師の体に突き刺さった。
「しまった……名前聞いてなかった」
 真顔で言ったので、リューフは苦笑する。
「手抜きか?」
「戦争で浮かれるほど悪趣味じゃない」
 オーギュストは言って、リューフの横に戻る。
「敵艦隊がそろそろ上陸してくる頃だろう。俺は行く。もう少し支えてくれるか?」
「愚問だな!」
「あいよ」
 オーギュストはもう一度水面を蹴って、アルティガルド兵を牽制すると、後方へ走り去った。
 リューフは気迫の篭った眼をすると、もう一度青竜偃月刀を両手で握り締める。
「もう一戦するぞ!」
「おお!」
 いつの間にか、聖騎士はリューフに従っていた。

「総員白兵戦用意」
 ブルーメンガルテンは行動に移っていた。まず、旗艦を前進させる。それに次々に従って、各戦艦も接岸していく。
「よし、上陸作戦開始、敵を一網打尽にせよ」
 命が下り、各戦艦から兵士達が次々に上陸を果たす。そして、神殿の中央へと雪崩れ込んで行った。
 だが、そこで異常に気付く。
「誰もいない。……聖騎士はどうした?」
 ブルーメンガルテンは静まりかえる神殿に立ち尽くす。
「しまった!! 罠か」
 そう彼が叫んだ瞬間。突然神殿を構成する石畳が割れ、陥没して行く。
「わぁああーーー!!」
 悲痛な叫びが一斉に起こった。そして、崩れた石材に挟まれる者、倒れた柱の下敷きになる者、多数の犠牲者が出た。そこに、さらにエリース湖の水が流れ込んでくる。
 オーディン神殿の地下には、神殿全体とほぼ同規模の地下空間が存在していた。地上を支える地下の列柱を、一度に破壊したために、瞬く間に、石畳は音を立てて崩壊した。また、神殿には随所にサイフォン式の噴水があり、そこへ湖から水を引いていた。それも時間差を置いて破壊したため、水が勢いよく引き込まれた。
 あっ、という間の出来事だった。
 ブルーメンガルテンは運良く濁流から突き出た石の上に這い上がると、すでに原型をとどめない神殿を見渡す。
「狂っている……」
 彼の両肩に敗北感がのしかかってくる。だが、絶望はしていなかった。というよりも怒りがふつふつと湧き上がっていた。
「ここまでして勝ちたいか。それがお前達の流儀か」
 そして、騎士としての誇りは何処へ失せた、と続けていた。その問いに答えるように、遠くから矢が飛んで来る。
「うぁあああ! 騎士の誇りのある者は出て来い。アルティガルド軍に、ブルーメンガルテンあり! 一騎討ちを所望する。出て来い! 勝負しろ!!」
 その矢を簡単に叩き落すと、髪を振り乱して、ブルーメンガルテンは叫んだ。それを嘲笑うような声と共にオーギュストが姿を現す。
「お前達の負けだ」
「黙れ、小僧!」
 ブルーメンガルテンは、オーギュストを睨みつける。だが、すぐに視線をオーギュストの肩越しにその背後へ向けた。
「子供の影に隠れる卑怯者よ、聞け! 雨風をしのぐ場所さえも失い、あははは、野良犬のように死ぬつもりか!!」
 ブルーメンガルテンは水面に落ちていた槍を拾う。
「それが嫌なら、俺と戦え!!」
 と、水面に出た石を飛び、オーギュスト目掛けて突進する。
「まずは小僧の首を貰う! でぇ、やぁーー!!」
 オーギュストの眼前で一段と高く舞い上がり、槍を突き下ろす。
 間一髪でオーギュストは後ろに飛びそれをかわした。
 だが、ブルーメンガルテンは止まらず、槍を繰り返し繰り返し突き出す。その一つ一つが的確にオーギュストの急所を狙っていた。
 だが、オーギュストもひたすら防御に専念する。剣を立てて、右に左に、あるいは下へと槍先をいなす。
 一分が過ぎただろうか、オーギュストの剣は、かなり刃こぼれが目立つようになっていた。だが、オーギュストは顔色一つ、息一つ乱れていない。
 それに対して、ブルーメンガルテンはこれまで息を止めて、無酸素状態の中、絶え間なく攻撃し続けていた。その攻勢の限界が、すぐそこに迫っていた。
「はぁーーっ!」
 ついにブルーメンガルテンが大きく息を吸った。
 その瞬間、一瞬消えたと思えるほど鋭く踏み出ると、体が固まったブルーメンガルテンの左胸を一刺しした。
「ぐはっ、……アルティガルドに……え、栄光あれ……ぇ」
 ブルーメンガルテンは口から血を吹き出すと、最後の言葉を残して、濁流に崩れ落ちていく。
「強い」
「……強い」
 その光景を水道橋の上に上がった船の中から、二人の女性が眺めていた。一人はローズマリー。何処なく恍惚の表情が浮かんで、見惚れているようだった。もう一人はティルローズ。姉とは対照的に、強すぎる力に対して危惧を抱き、厳しい表情をしていた。


【夜半、カナン半島水道橋の上】
 雲一つない満天の星空の下を、船がゆっくりと進んでいく。深緑の森林を裂くように白い石の道が、真直ぐとカナン半島を縦断して、紺色に輝く夜の湖へと向かっていた。あの無人島の真南、カナン半島の南岸には、今は廃墟となった多眼人の集落がある。水道橋は、その集落と無人島を直線で繋いでいた。
 サリスの聖騎士達は小さなボートに分乗していた。
 先頭を走るカルボナーラ号には、ローズマリーとティルローズ、そして、彼女達の女官が乗っている。この他に、オーギュスト達が船の操作の為に乗っていた。
 ナルセスとリューフは船首にいた。
「おい、久々の快勝だな」
「ああ」
 ナルセスとリューフがグラスをぶつけ合う。リューフは一気に酒を飲み干すと、夜空を仰ぎ見て、酒の匂いの強い息を吐き出す。一方、ナルセスはじっくりと酒の味を確かめるように飲んでいく。
「これでディアン義勇軍も有名になるだろうな」
 リューフが空に向かって呟く。
「たぶんな」
「お前も英雄の仲間入りか?」
 そして、眼だけを横に向けて、ナルセスを見た。
 ナルセスは相変わらず、少しずつ酒を飲んでいる。
「まだまだ。俺の夢には程遠い」
「そうか」
 二人の男は、見上げる星のように心が澄んでいた。その感覚に自分が酔っている事を再認識する。
「面白い男だな」
 ナルセスが呟く。
「そうだな。俺は益々強くなる」
 リューフは言った。
「俺も使い勝手がある。当分忙しくなるぞ」
「ああ、だが退屈はしそうにないな」
 リューフは言って、声を上げて笑った。それにつられるようにナルセスも笑った。一頻り笑い合うと、二人は頬の筋肉に痙攣を感じる。それに苦笑しつつ、頬を軽く叩いた。
「で、今は?」
「下で皇女様の相手だ。チェンバロを聞かせている」
 ナルセスは顎で足元を差す。
「お前がしなくていいのか?」
「気位が高くてね……疲れるから」
「で、ギュスに?」
「そう。皇女はギュスの担当だ」
 ナルセスの言葉に、リューフが吹き出した。
「結局、全部ギュスが担当じゃないのか」
「なっ!」
 ナルセスが驚き、眼を剥く。それに、リューフは爆笑した。
「……ふん、違いないな」
 しばらしくて、ナルセスは一度鼻を鳴らすと微笑んだ。

 船尾ではマックスが、行儀悪く椅子に座り、足を操舵輪に乗せて、チェンバロの音色に合わせて口笛を吹いていた。
「おい、あの男は?」
 そこにティルローズが現れ、声をかけてくる。
 それに驚き、マックスはそのまま後ろに転げた。そして、慌てて起き上がると、頭を掻いて、どうしていいのか分からず、狼狽[うろた]えながら頭を下げた。
「そのままでいい。で、あの男は?」
「ああ……ああ……」
 緊張のあまり声が出ず、視線だけで魔術通信の器具を指す。
「これは?」
 魔術通信の器具からは、チェンバロの演奏が聞こえている。
「あの男が演奏しているのか? 姉上も一緒か?」
 マックスは何度も何度もまるで痙攣しているように頷く。
「……」
 無言で表情が厳しくなる。
 それにマックスの顔が引き攣った。
「お姉様の御心が、癒されればよいが……(まぁ、演奏しているなら、何かある筈がないか。それにお姉様にはあの方が……)」
 ティルローズは一度息を吐き、表情を和らげた。
「どうしてお前はあの男と一緒に入る?」
「はっ……!!」
「もういい。悪かったな」
 そう言い残して、戻っていく。

 マックスとティルローズが話していた下の船室では、オーギュストとローズマリーが一緒にいた。二人はベッドの上で縺れ合い、一方、部屋の隅のチェンバロは、無人で自動演奏を続けている。
 オーギュストは仰向けに寝ていた。ローズマリーはその上に跨り、背筋を真っ直ぐに立てている。
 ローズマリーは年下のオーギュストを、まるでリードするように腰を振り、快楽を貪っている。
「んっ、んっ、んっ……」
 小鼻を膨らまし、顔を赤く染めると、甘い吐息を可憐な唇から溢れさせている。
 体内に、少年のペニスが突き入っている。深く咥え込むと、ゾクっと背筋に快楽の衝撃が駆け抜けていく。ローズマリーは魔性の悦楽に、身震いしていた。
「あっ、イィ、イィ、イィ、イィ……」
 ローズマリーの手は胸の上に添えられていた。その手にオーギュストが手を添えた。ローズマリーは汗の滲む貌に微笑みを加えて、その手を掴む。二人は掌を合わせて、指を絡み合わせていく。
「んっあぁ! んぁっ、あっ、あっ……」
 ローズマリーの首筋から流れ落ちた大粒の汗が、胸の谷間に溜まり、そして、揺れに合わせて飛び散る。二人の手が、揺れに合わせて妖しくくねり、捻れた。
「あ…ああ……止まらない……!」
 そして、オーギュストの黒い瞳を見詰めた。
――この少年[こ]が喜ぶなら、なんでもしてあげる!
「ねえ、気持ちいい?」
「ああ」
 黒い瞳が笑う。
「ああん、嬉しい」
 そして、上半身を倒すと、オーギュストの唇を重ねる。濡れた唇を割って、口内に舌を挿し込むと、ねっとりと舌に絡みつく。
 二人の唾液が混ざり合った。オーギュストはそれを吸い取り、巧みにしゃぶった。
「うっ、あぁーっ、気持ちいいぃーーっ……」
 ローズマリーは蕩けそうに喘いだ。この少年のキスは本当に上手い、と切実に感じる。キスの経験は幾らかあったが、その全て忘れ去らせていく。その中には最愛の恋人との行為もあった。不思議と罪悪感はなかった。あるのは、ただこの少年が欲しい、という劣情だけだった。
「いい、あーーんっ、いいのぉ……」
 自分がこんなに卑しい人間だとは思ってもいなかった。だが、こうして繋がっているだけで、愛液をしたたらせてしまう。もう自分は皇女ではなく、単なる発情した牝なのだ。この少年の為なら、どんな恥ずかしい事もできてしまう……
 ローズマリーはオーギュストの首筋、そして、胸へと唇を動かし、啄ばむようにキスを繰り返した。
 その時、オーギュストが下から、乳ぶさを揉む。
「あ……ンンン」
 それまで、ローズマリーが与えてくる快楽に、酔い痴れていたオーギュストが、ローズマリーの昂ぶりに合わせて、下から腰を突き上げ始める。
「ひゃあっ……あ…あぁあ……」
 さらなる快感の高まりに、ローズマリーは天を仰いで喘いだ。
 そして、縦に大きく腰を上下させると、感極まって絶叫する。
「あっ、あああぁーーーッ!!」
 ローズマリーは糸の切れた人形のように、オーギュストに覆い被さる。快感が徐々に引き始めると、オーギュストの胸の上で、至高の余韻に浸る。
「速い……」
 心臓の早い鼓動を、感じる事ができた。
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